アベンチュリン・タクティックス 後編1 匿名のプレゼント「デートに行かないかい?」
それは突然の命令だった。いつものように休み時間に星のところへやってきたアベンチュリン。彼は星に甘えるように提案してきた。
(なぜまたデートなどと………)
1週間ぐらいで飽きるだろうと思っていたのだが、一向に飽きてくれず………むしろどんどん星に構ってくるようになった。人目を気にせず休み時間に星の所に来ては話し、授業中にはうざったい視線を送ってくる。
しかし、星自身も慣れてしまい、アベンチュリンをあしらうのが一段と上手くなっていた。
(でも、デートの話題なんて今まで全く出てこなかったのに。そんなことをする前に飽きられると思っていたのに………)
「………いいよ」
アベンチュリンのお願いに星の拒否権は存在しない。拒否したところで脅されるに決まっている。そう考え、星は端的に答えたのだが。
「え、いいのかい?」
珍しく驚きの色を見せるアベンチュリン。半円を描く若紫と水色の瞳を丸くさせている。自分から提案しておいて、なぜ驚くのだろう。
「どうせ断っても、別の要求が来るだけだし……デートぐらいならいいかなって」
「……………ふーん」
デートならちょっと遊ぶぐらいで大したことはない。辺りの障りのない返答をしたつもりなのだが、なぜかアベンチュリンの顔は途端に冷たくなり、「危ないな」とかよく分からないことを呟いていた。言いたいことがあるのなら、はっきりと言ってほしい。
「星、僕以外の男に誘われても、デートには行かないと約束してくれ」
「え………なんで?」
「なんででもだよ。絶対に行かないでくれるかい?」
「うん、分かった………?」
疑問形で返答する星。アベンチュリンは笑顔の割には妙に圧があった。
(誰かにデートに誘われることなんて、そうそうないと思う。高校に入って、ろくに男子を話したことないし………)
星が男子と話す時といえば、家かケンカの時ぐらいで、ケンカであれば怒号が飛び交うような物騒な会話しかできていない。
男にデートに誘われることなんてまずないから、アベンチュリンのお願いは無視してもいいのだが、ここは頷いておく。頷いていないと、説教が始まりそう予感がするから。
「それでハニーはどこに行きたい場所はあるかい?」
「面白いところなら、どこでも」
「了解、とっておきの場所へ案内しよう」
デート内容は全てアベンチュリンに任せることにした星。彼との話が一段落してもう一度眠りにつくため、机の上で突っ伏そうとしたのだが、前の席に座ってスマホをポチポチし始めるアベンチュリンの横顔が目に入った。
「……………なんだか楽しそうね」
彼はいつもの営業スマイルとは違って、今にも花が散りそうな優しい微笑みが漏れている。普段から営業スマイルであることが多いアベンチュリンの表情として珍しかった。
「――――」
指摘されたアベンチュリンの瞳が一瞬見開く。自分が気の緩んだ顔をしていたことに気づいていなかったのか驚いていた。
「………やっぱり君は違うな」
ふにゃりと弧を描く微笑みはどこか心酔しているようで、アベンチュリンは星へ手を伸ばすと、頭をそっと撫でていた。
「楽しいのは当たり前さ。ようやく君とデートができるのだから」
「………………そ」
笑顔のアベンチュリンに対し、星はそっぽに顔を向ける。でも、それは彼がウザかったから、面倒くさくなったからではない。
(なんで私、楽しみにしてるんだろ………)
どこかワクワクしている自分がいた。アベンチュリンとのデートなんて全然期待していない。興味だってそこまで湧かない。むしろ面倒くさいと思っていたのに。
だけど、自分の意思とは逆に脳内に再生される遊園地とアベンチュリンの笑顔。
(………)
星はそんな光景を振り払うように頭を振り、机に突っ伏して夢の中へと落ちていった。
★★★★★★★★
そして、迎えたデートの日。
ファッションに関して無頓着な星。彼女は平日と同じように学生服を着て行こうとしていたのだが、親友のなのかに「学生服はないよ!」と怒られ、なすがままに彼女にコーディネートしてもらった。
(私、こういう服持ってたんだ………)
なのかがクローゼットの中を探り出してきたのは淡いオレンジ色のフリルトリムのドレス。自分のクローゼットにも関わらず、星は可愛さ100%の服があったことは知らなかった。
(この箱………)
ドレスが入っていた箱には見覚えがあった。確か中2の頃の誕生日パーティーで送られてきたものだったはずだ。確か組長が直々に受け取ったらしいのだが、送り主の名前は教えてくれなかった。ただ、送り主は自分に感謝していたらしい。
箱の中を見ると、『星へ。14歳の誕生日おめでとう。いつか君に会える日を楽しみにしているよ』というメッセージカードが入っていた。
相手は顔を見たことのない親戚か、もしくは照れて自分で渡せなくなった丹恒兄だろうか。いや、丹恒なら毎日会っているから彼のプレゼントではない。では、一体誰だったのだろう?
髪も後ろで1つの三つ編みにしてもらい、砂金石のネックレスとピアスをつけらされる。なのかのコーディネートが終わると、星は試しにと鏡の前でくるりと回った。
(わぁ………)
ふわりと揺れる杏子色のワンピース。自分がお姫様になったかのようで、眠っていた乙女心がくすぐられる。後ろから「きゃー!」と黄色いなのかの悲鳴と拍手が聞こえる。かなり似合っているらしい。
自信満々で約束の場所へと向かう。待ち合わせ場所にしていた広場にはアベンチュリンの姿があった。彼のイメージにあった青碧のハイネックシャツに、百入茶色のコート。そして、シンプルながらも気品が溢れていた。
(黙っているとただの美男子だよね)
服だけでなく、顔も整っている彼は当然周りの人からの視線を集めていた。「モデルの人?」「めっちゃイケメン! 話しかけてみる?」なんていう声が聞こえてくる。
しかし、注目されている本人に気にしている様子はない。ただただ無表情にスマホをつついていた。
「おはよう、アベンチュリン」
「おはよう、愛しいマイハニー」
駆け寄る星を見つけると、ぱぁと顔を明るくさせるアベンチュリン。星以外見えていないようで、彼を気にしていた女子たちは彼女がいると分かるとすぐに退散していった。
「君、その服………」
アベンチュリンは星を見るなり、じっと見つめて黙り込んでしまう。
(もしかして、似合っていなかった?)
あんなになのかに褒められて、鏡でも見たことない自分がいて、自信が天井突破していたのだが………彼の反応的にどうも微妙らしい。あっという間に星の自信は急降下していた。
「変、だよね……」
「………変? いや、全然変じゃないよ。似合い過ぎて見とれてしまったんだ」
「えっ」
「本当に綺麗だよ、マイハニー」
あまりにもストレートな感想に、星の頬はポッとリンゴのように赤く染まる。
(似合っていないって言われると思ったのに………)
顔を見られまいと星は俯くが、常時彼女を見ている彼がそれに気づかないということはない。耳まで真っ赤にさせる星に、アベンチュリンは笑みを漏らしていた。
「そ、そう……それはよかった。自分でもそんな服を持っているとはおもっていなかったんだけど、なのか……友達に見つけてもらったの………」
「なら、その友人に感謝しなくてはね」
アベンチュリンは星のピアスに触れると、満足げに笑って、その後も不思議にもご機嫌で――まぁいつもご機嫌であることには変わりないが――裏がありそうな笑顔ではなく、屈託のない笑みを浮かべていた。星もつられて口角が上がっていたのが、それを自覚することはなく………。
「じゃ、行こうか」
アベンチュリンは自然に星の手を取り、指を絡める。急な接触に星はビクッと体を震わせた。
「なんで手? 私、方向音痴じゃないけど」
「そこは心配してないさ。ただ………君に触れたいんだ。恋人なら、手を繋ぐぐらい普通だろう」
「そういうもの?」
「ああ、そういうものさ」
遊園地に着くと、アベンチュリンは丁寧に案内してくれた。彼の案内は完璧で、彼がVIPであるおかげで待ち時間はなし、休む時は静かな場所に移動させてくれて、ご飯もゆっくり食べれた。思っていた以上に楽しかった。
恐らくアベンチュリンがこれまでに何人の女の子と遊んだから、相手を楽しませるデートができるのだろう。そう勝手に納得して、星は先ほどから感じる胸の高鳴りを誤魔化す。
(これは自分にデートの経験がないから、勝手にドキドキしているだけ………ええ、それだけ………)
「君、これが好きだったよね?」
アベンチュリンが店で何か買ってきたかと思えば、抱えていたのはケースから溢れそうなポップコーンの箱。苺の香りが漂ってくる。
「………なんで知ってるの」
「そりゃあ毎日一緒に過ごしていれば分かるさ。ほら、口を開けて? あーん」
アベンチュリンにいいようにされているが、意味のない拒否はやめた。素直に口を開け、食べさせてもらう。苺ミルクポップコーンに罪はない。
星は少し照れながらも口を開ける。苺ミルクポップコーンは思った以上に甘かった。
「美味しいでしょ?」
「………………うん」
なんだかアベンチュリンの手のひらで遊ばれている気がする。案内してくれるアトラクションは星好みの激しめのジェットコースターで、ご飯だって全部星が気に入っているもの。星が楽しんでその後屈辱そうにする度に、アベンチュリンは愉悦の笑みを浮かべていた。
(こ、このままアベンチュリンのいいようにされるのはいや………)
「アベンチュリン」
「ん? なんだい?」
「あそこに行ってみない?」
アベンチュリンの抵抗として、星はお化け屋敷の建物へ指さす。今まで見たお化け屋敷は他のものとは違い、ジャパニーズホラー感を感じる。そこは遊園地の名物アトラクションであり、お化け屋敷好きは人生に10回は行くとされる人気な場所だった。
(あそこ、結構怖そうだし、アベンチュリンの余裕さを壊したい)
遊び慣れているとはいえ、お化け屋敷にはあまり行ったことがなさそうと勝手にアベンチュリンの経験を考えた星はドS心を燃やす。
「もちろん。星が行きたいところならどこまででもついて行くさ」
アベンチュリンが怖がるその様子を思い浮かべながら、星は最怖お化け屋敷へと向かった。
★★★★★★★★
(あれ、お化け屋敷ってこんなに怖かったかな……)
いざ2人でお化け屋敷に入ってみたものの、思った以上に怖い。暗闇は全然苦手じゃないし、ホラー映画はよく見てる。星はホラー慣れしている方だった。
中学の修学旅行では1人でジェットコースターとお化け屋敷のループ。夕方にはスタッフも星を覚えて顔パスで通っていた。
だから、まずお化け屋敷で恐怖を感じることはないはずなのだが………。
「ひゃっ!」
背中を何かに触れられ、悲鳴を上げる星。逃げるように隣にいた彼に抱き着く。
「………………」
アベンチュリンに怖いものは基本的にない。むしろお化け屋敷は得意中の得意で、まず恐怖を感じることはない。むしろ他の客の悲鳴を聞いて愉悦するほどだ。
「うぅ………」
「………………」
だが、彼の鼓動は激しくなっていた。主に抱き着いてきた彼女のせいで。幸い、暗闇のおかげで頬の赤みはバレていない。
「ご、ごめん………アベンチュリン」
「………謝ることなんてないさ。怖いのなら、いくらでも僕の腕を貸してあげよう」
星としてはアベンチュリンを頼ることなんてしたくなった。本当は怖がってほしいのはアベンチュリンだった。しかし、恐怖は収まらない。彼の提案に甘えて、星は腕に体を寄せる。
触れた場所から感じる温かさは恐怖を和らげていく。結局星はアベンチュリンの腕にしがみついたままお化け屋敷を探検したのだった。
★★★★★★★★
遊園地を十分堪能し、お化け屋敷で疲れも見え始めていたため、最後の目的地に向かうことになった。
「綺麗な場所ね」
「君のお気に入りの場所になりそうかい?」
「ええ」
次にアベンチュリンに案内された場所は展望台。街を一望できる見晴らしのいい丘の上だった。遠くには海が見え、沈んでいく夕日が空をオレンジに染めている。写真を撮りたくなるほど美しい場所だった。
「楽しかったかい?」
「うん」
「それは良かった」
短く答えると、アベンチュリンは幸せそうに笑みを漏らす。夕日のせいもあるのだろう、若草色と水色の瞳はどこか妖艶に見えた。
途中お化け屋敷でのハプニングがあったものの、楽しい1日だった。彼とのデートなんてろくなものじゃないと考えていたのだが、認識は改め直した方がよさそうだ。
「またデートしてくれるかい?」
「………………うん」
(次があれば、だけど………)
星は次はないと確信していた。たとえ自分が楽しかったとしても、今はアベンチュリンの興味が自分に向いていたとしても、次のデートはない。
きっとその頃には自分に飽きているだろうから――。
★★★★★★★★
「ただいま、丹恒」
「おかえりなさい、お嬢」
日も暮れ、存分に楽しんだ星は家までアベンチュリンに送ってもらっていた。もちろんリムジンで。
出迎えてくれた丹恒に荷物を渡すと、星はアベンチュリンに向き直る。
「今日はありがとう、アベンチュリン」
「こちらこそ。それじゃあ、また学校で」
「うん、ばいばい」
星は門をくぐり、玄関へと向かう。途中で名残惜しくなり、振り向いてアベンチュリンに手を振る。笑顔で返してくれる彼に嬉しくなった星は上機嫌で家に入った。
★★★★★★★★
少し照れながら手を振って帰っていく星。その様子を動画に収めたいなと思いつつ、彼女が家の中に入ったことを確認すると、アベンチュリンは丹恒に向き直った。
丹恒はアベンチュリンの体に穴が開きそうなほど睨みつけている。随分と分かりやすい男だ。
「………あんた、お嬢に何かしていないだろうな?」
「もちろん。僕は君たちのようにそんな野蛮な人間ではないからね。星は僕の大切な恋人。彼女の思いは何よりも大切しているよ」
「………………」
余裕たっぷりの笑みを見せるアベンチュリン。丹恒が静かにキレている様子を見て、彼はさらに口角を上げる。丹恒が星への思いをこじらせていることを分かっている上で煽っていた。
「ああ、遅くなってしまったけど、組長にお礼を言っておいてくれないかい? 『僕からのプレゼントを星に渡してくれてありがとう』って」
「プレゼント?」
「星が中学生の頃の誕生日に渡したプレゼントのことさ」
「そんなものはないだろう」
「組長直々に渡してもらったんだ。ちなみに今日星が来ていたドレス、それが僕のプレゼントなんだけども………」
「………………」
この男が星にプレゼントを贈っていた………しかも中学生の頃に。
丹恒は振り返ってみるが、自分の記憶に星とアベンチュリンが接点を持つような事件があった覚えがない。
しかし、男は渡したと言う。「数年前に贈ったものだけど、サイズも丁度よさそうでよかったよ」と呟いている。丹恒は組長に後で確認することにした。
「ああ、それと君………星をちゃんと守ってくれないかい? 以前も電話で伝えたと思うけど、監視が緩んでいるよ。この前は星が1人で100人以上の不良を相手に戦っていたじゃないか………いいかい。いくら彼女が戦いを望むとはいえ、怪我はさせないでくれ。もし、次彼女が傷ついていたら――――――――君を潰すから」
強い口調で忠告するアベンチュリン。暗闇の中、鷹のように鋭い彼の瞳は怪しく光る。カタギとは思えないような瞳で、丹恒は思わず後ずさりしていた。
「僕が見れない間は彼女を――星を頼むよ。警護の丹恒くん」
すぐにアベンチュリンの笑みは戻り、ひらひらと手を振ってリムジンの中へと戻っていった。