ルート1 第18話:ただいま、マイダーリン バットを振るい、敵のお腹に向かってヒット。星は敵たちの頭上をくるくると飛び越えていく。手下たちは結構な数を奇絶、戦闘不能へと追いやっていた。
このまま脱出できる。街の方へと駆けだした途中で、星の前に一人の男が立ちふさがった。
「それ以上動くな、星穹組の娘」
「………」
「要求は知っているだろう。あの坊ちゃまと別れろ」
「嫌。なんで私があんたたちの言うことを聞かないといけないの?」
パンっ————星の耳元を弾丸がかすめる。しかし、彼女は微動だにしない。冷酷な瞳で男を見据えていた。
男は拳銃を持っていた。やはりカタギではないようだ。
「さすがヤクザの娘………撃たれても動揺しないとは。でも、次はないぞ」
「早く撃てばよかったのに、あえて外したの? それとも射撃下手? この距離で当たらないの?」
ふっと小馬鹿にするような笑みを浮かべ、男を煽る星。この状況で煽れば、敵から発砲されかねないが、星も無計画に挑発したわけではない。
倒したチンピラたちからパクってきた拳銃。腰に隠していたそれを素早く取り出し、男に向ける。
「今のタイミングで撃てたのに」
「このクソガキがっ————」
星の動きにも追い付かない男は大した敵ではないだろう。星はボスの周りにいた部下たちに視線を向けた。
「あんたたちが動いたら、この男撃つから」
嘘。人殺しなんてする気などない。だが、警告しておかないと暴走した部下が発砲するかもしれない。念のため脅しておいた。部下たちは苦しそうな声を漏らしながらも、銃口を下げる。
このボスらしい男がもし捨て石扱いであれば、部下たちは銃を下ろさなかっただろう。星がボス男を撃っても、他の部下が星を殺してしまえば対応できてしまうからだ。
だが、男はそれなりにお偉いさんだったらしい。星には好都合だった。
このまま時間稼ぎをしているわけにもいかない。どうしようか………。
パリンっ———その瞬間、ガラスが割れた綺麗な音が響く。空からぱらぱらと破片が落ちてくる。
「え?」
頭上にあった天窓が割れ、月光とともに一人の男が舞い降りる。青白い月明かりに照らされた黄金の髪はさらさらとなびく。
逆光で顔は見えないが細くも鍛えられた体のシルエットが星の瞳に映っていた。
「僕のマイハニーに手を出すとは———あまりにも調子に乗り過ぎじゃないか?」
彼はボスの男へと落ちていき、発砲してくる前に彼の銃を蹴り飛ばす。銃は地面をからからと滑って、星の前で止まった。
星は素早く回収し、アベンチュリンに投げる。ぐっと抱き寄せられる。
「アベンチュリン」
「ごめんね、星。早く待ち合わせ場所に行けなくって」
「ううん、大丈夫………それよりも」
「ああ」
星とアベンチュリンはボスらしい男に向き直る。ボスの男は蹴りを入れられた痛みがあるのか、苦しそうな声を漏らして腕を押さえていた。
「お、お前、スターピースカンパニーの………なぜここに………」
「なんでって僕は彼女の恋人だからね。どこへでも駆けつけるのさ。彼女のスマホを置いて行っても、場所なんて特定できるから」
パチン————と指を鳴らすアベンチュリン。途端ボスの後ろで待機していた手下たちがどだどだっと一斉に倒れる。
「あと先に君たちの部下にはご挨拶しておいたよ」
「お、おのれぇ———!!」
武器無し負傷ありの男は愚かにも無防備な状態で、アベンチュリンに襲いかかる。しかし、アベンチュリンは星を抱き寄せたままさらりと避け、首裏に一発手刀を入れる。親分男はあっという間に気絶、手下たちとともに眠りについた。
そうして、アベンチュリンは後からやってきた自分の部下たちに指示を出し、眠ってしまった男たちを運ばせる。
倉庫の隅の木箱の上に座って、アベンチュリンの迅速な対応に見惚れつつ、星は息をつく。数分後、仕事が終わったのかくるりと振り返ったアベンチュリンと目が合った。
「君、また無茶したね」
「うん。でも、女の子を放ってはおけなくって。私のメモに一応メッセージを残しておいたんだけど見た?」
「メモ?」
「うん、もしかして見ていない?」
「ごめん。見てなかった。今見るよ」
アベンチュリンは星のスマホを取り出すとパスワードを素早く入れ込む。なぜ私のスマホのパスワードをしているのだろうか。
自分のプライバシーはどこに行ったと思いつつ、アベンチュリンに見られても平気なので星はそのまま放っておいた。
あのまま女の子が連れ去られていたらどうなっていたか分からない。まだ戦える自分の方が逃げられる可能性は高いと判断し、星はあえて人質となった。
でも、またアベンチュリンには心配をかけてしまった。星が謝ろうとした瞬間。
「謝らなくていい。君のことだ、誰かを助けるためにしたことなんだろう」
スルーするよりもそっちの方が君らしい————アベンチュリンはにこりと微笑む。
「困っている人がいたら手を伸ばす。自分から敵地に踏み込む、それが星の良さであることは分かっていたのに………謝るべきだったのは僕だった。この前は僕を庇ってくれてありがとう」
「私も……心配してくれてありがとう」
両手を広げるアベンチュリン。星は走り出し、勢いよく彼の胸の中へと飛び込み、アベンチュリンにぎゅっときつく抱きしめられる。
「ただいま、マイダーリン」
「おかえり、マイハニー」
★★★★★★★★
「恋人の可愛い所って誰も知られたくない。一人占めしたい————」
誘拐未遂事件の数日後。アベンチュリンはとある海辺の倉庫へと訪れていた。隅には使わなくなったであろう、机や椅子、壊れたテレビ。廃虚に近い倉庫。波の音しか聞こえてこない人気のない場所だった。
そんな静かな空間にコツコツと足音が響く。
「って、君もそうは思わないかい?」
アベンチュリンは椅子に座る女の子の周りをクルクルと歩く。椅子に拘束され、涙目を浮かべる女の子の周りを。
彼女は文化祭準備でよくアベンチュリンのお客役になっていた子であり、アベンチュリンが娘との婚約を進めてきた男の娘であった。手首足首全てロープで縛られ、涙を浮かべる彼女は、学校の人気者である時とはまるで違う哀れな姿だった。
「星は確かに可愛い。みんなが惚れてしまう気持ちも分かる。だけど、君がしたことは大罪に等しい。星の可愛い姿を見ていいのは僕だけなんだ。なのに、君は見た」
「ひっ」
星の可愛いところもえっちなところも見ていいのは自分だけ。見た者は全員消す。
「ご、ごめんなさい……」
「『ごめんなさい』? アハハッ、あの動画をバラまいて今更謝ってくるなんて遅すぎるよ」
アベンチュリンは呆れを含んだような高笑いを上げる。彼の不気味さに女の子は体を震わせ、目に涙をにじませる。
「君のお父さん、随分やりたい放題していたみたいだね」
と言って、アベンチュリンはタブレット端末を見せた。そこにはニュースが報道され、女の子の父親が映し出されていた。テロップには父親の名前、その隣に『容疑者』と書かれていた。
「えっ、えっ……?」
「あーあ、これで君の家も家族もどん底落ちだ。可愛そうに……一緒に仕事ができないなんて、これほど悲しいことはないよ。残念だ」
「あっ……うぅ………」
皮肉めいた口調のアベンチュリンに、女の子は涙を零す。全部お終いだ。
地獄落ちが確定した彼女に背を向け、アベンチュリンはスマホを取り出し愛しい恋人へと電話を掛ける。数秒して彼女は出てくれた。
「星、今から帰るよ。何か欲しい物は……え? 黙ってどこに行ってたかって? ………ああ、確かに仕事じゃないけど、星には秘密かな? ……あ、待って。浮気とかじゃないから! あ、え、ちょ、待って! 電話切らないでくれ!」
休日で仕事もないと聞いていたのに、黙って出ていったアベンチュリンが浮気をしたと疑ったのか、星から『家の鍵は一生開けてやらない』と言われ、アベンチュリンは慌てて走り出す。
そうして、すっかり恋人に落ちてしまった幸せな男は、急いで家に帰っていた。