闇世界に輝く救い星 スウィート・ドリームシロップがほしい。オーロラ色のあのシロップを爆買いして、かき氷にかけたい。そう思い、星が夢境ショップを訪れた時のことだった。
「これをあなたに」
「え…………?」
突然Dr.エドワードから差し出されたのは翠色の憶泡。以前パムにプレゼントした憶泡は清水のような水色だったが、貰ったそれはをしていた。
黄泉に切られ、あの世に行った彼を彷彿とさせる、その淡い緑色の泡。イメージカラーが緑の人なんて他の人がいるはずなのに、最初に星の頭に浮かんだのは金髪のギャンブラーだった。
「なんで私に?」
星は別に夢を買いに来たわけじゃない。至高の幸福感を味わえるあのシロップがないか確認しに来ただけ。Dr.エドワードに、夢が欲しいだなんて一言も言っていなかった。
「どうか受け取ってください」
奇妙な色合いの大きな瞳からは、有無を言わさぬ圧を感じ、受け取らないと他の商品は売らないと言われているように思えた。
「とある方々に頼まれまして」
「…………誰に頼まれたの?」
「申し訳ございません。それにはお答えできません」
「ふーん、お金を詰まれたんだね」
「まぁ、そんな所です………またこちらは依頼主様から伝言です。『星穹列車の娘よ、せいぜい活用するんだな』とのことでした」
どこか覚えのある口調。だが、依頼主が誰だが星は分からないまま、夢境ショップを立ち去る。
憶泡を貰えば、すぐに夢へと飛び込もうと思うものだが、星はすぐには触れなかった。夢に浸らないまま、どうしようか悩んだ。
匿名ということは十中八九いたずらで、星に変な夢か嫌な夢を見せようとしている。だからといって、見ずに捨てるのは勿体ない気がする。
だが、このまま持ち歩くのも邪魔になるため、さっさと触れてしまえばいいのだが…………。
「………………なんか、ね」
その憶泡はただの夢装置には思えなくって、触れられずにいた。理由は特にないが、直感的に警戒していた。
そうして、星は夢の泡を見つめたまま、無意識のうちにドリームボーダーに移動、ホタルが教えてくれた秘密基地に来ていた。
秘密基地の景色は変わらず美しい。空の端で輝く太陽は、星をそっと包み込む。ここで過ごしたのは寸刻だが、不思議と郷愁にかられていた。
「綺麗だよね…………これも」
星は階段に座り込み、透明な箱に入られた泡を見つめる。コバルトグリーンの煌めきを放つそれは、星を魅了していた。
………………どうしてだろうか。この憶泡はどこか懐かしい。寂しさを感じる。今、目の前に広がっている景色のように。
所詮ただの夢。たとえいたずらでも、死ぬことはない…………大丈夫だ。
迷いに迷い、星はついにその憶泡に伸ばす。指先が優しく触れた瞬間、パッと弾け。
「わっ、綺麗………」
星は夢の中へと落ちていった。
★★★★★★★★
「アベンチュリン………?」
知っている彼とは身長は半分以下だが、金髪の少年はどこか彼に似ている。純粋そうで愛らしい。彼の近くには姉らしき、同じブロンド髪の少女がいた。
星は、少年が姉から呼ばれいる所を目撃し、彼が『カカワーシャ』であること、また、ツガンニヤという星に住む、エヴィキン人だと知った。
2人に両親はいない。2人だけの家族だった。
『あの人たちのところに行ってたの? ………危ないじゃないっ!?』
『もう二度とカティカ人には近づかないって約束して、いい?』
カカワーシャが奪われた母の形見を取り返しに行った時のこと。帰ると、彼は姉から忠告を受けた。その中で、姉はカティカ人について話してくれた。
だが、形見を奪ったカティカ人を残虐だの、強欲だの酷い言われよう。そんな物騒な地域なのだろうかと、星は首を傾げる。
後で知ったことだが、彼らは迫害を受けていた。腹黒で狡猾―――事実とは全く異なる事を言われ、中傷されていた。彼らの生活を覗く限り、優しい人々なのは間違いないのに。
人間はあまりにも残酷。彼らは能力を持つエヴィキン人を妬み、陥れようとしていた。小さな争いが徐々に増え、地獄が始まり、カカワーシャたちも虐殺に巻き込まれていく。
『お姉ちゃんっ………お姉ちゃんっ………!!』
涙をこぼしながらも、姉に言われた通り、振り返らず走り続けるカカワーシャ。背後からは邪悪な笑い声と姉の悲鳴が聞こえる。
星は彼の姉を助けに行こうとするが、バッドは持っていなかった。
「っ………」
助けられないまま、カカワーシャを追いかける。数分後にはもう姉の声は聞こえなくなっていた。
「………………あれ?」
気づけば、場面は変わり、星は牢屋へと来ていた。無機質な牢屋にはボロボロの布切れを着た金髪の少年カカワーシャ。彼は顔を伏せたままで、ピクリともしない。生きているのかと不安になった。
『今後、お前とお前の運は俺の財産だ。わかったか?』
『あははっ!! お前はただのチップ、他人に握られて投げられるだけの命だ』
最愛の家族を全員失った彼は、人間からただの商品に落ちた。大虐殺に巻き込まれ、大切な家族を殺され、黒スーツの男に捕まり奴隷にされた。
カカワーシャの体は少し触っただけでも折れそうなほど細く、栄養失調なのは明確。たった60タガンバで買われ、強制的に残酷なゲームへ参加させられ、逃げようにも逃げる場所はなくって。
『はぁ………はぁ………』
そして、限界がきた彼は散々自分をこき使った主人を殺した。
「っ…………」
衝撃的な惨状に、星は思わず口を手で隠す。悪夢に出てきそうな惨い殺し方だった。
カカワーシャは自分を守るために必死だった。恐らく、星も同じことをしていただろう。命懸けのゲームにかけられて、その上自分の体まで弄ぼうとする………そんな地獄なんて耐えられない。
「くっ………」
目の前に倒れた血だらけの死体に、呆然とする彼の姿が痛ましい。
守ってあげたい。だが、目の前にある景色は全て過去。何も変えることはできない。ただ見ることしかできない星を襲うのは、どうしようもない無力感。
せめて抱きしめてあげたいと血だらけの彼に近づいたが、自分の手は彼の体を通り抜けてしまう。世界には干渉できなかった。
そうして、自分を買った主人を殺し、カンパニーと博識学会に対して大規模な詐欺事件を起こし、犯罪者となった彼はカンパニーに送られた。
その後、菫色髪の女性に見いだされ、カンパニーの一員となり、『アベンチュリン』と名乗り始めた。
野心に燃えていた彼は、難易度の高い案件が来る度に大成功へと導き、キャリアを上げていく。
『なるほど………これも幸運のおかげか』
彼の努力があってこその成功にも関わらず、自己評価は低いまま。アベンチュリンは自分が幸運の持ち主であったからこそだと思い込んでいた。
それは違う、と伝えたい。ルーティーンを保ち、調査に調査を重ね、準備をした自分がいるからこそ成功できた。驚異的な幸運の持ち主というのも影響しているとは思うが、決して運だけじゃない。
「っ………」
だが、星は伝えられない。もどかしくって下唇を噛む。唇から血がたらりと流れた。
そうして、アベンチュリンは高級幹部『十の石心』へと上り詰めた。基石の授与の際に、彼は、上司ジェイドにとある質問をした。
『ツガンニヤのエヴィキン人は………あの後どうなった?』
『残念だけど、もうツガンニヤにエヴィキン人はいないわ。あなたが唯一の生き残りよ』
………………。
『じ、じゃあ、僕を助けてくれた人たちは? 今なら、彼らに恩返しできると思うんだ』
『彼らはもういないわ』
――――――。
家族は殺された。同士もいない。恩人も死んだ―――本当の孤独。上司に告げられた事実に呆然としながらも、自分のオフィスに戻った彼。ふと机上の砂金石が目に入った。
『あはっ………本当に僕って幸運なのかな?』
笑っているが、小さく呟くその声は今にも泣きだしそうで、箱に触れる手は震えている。
ようやく誰かを助けられる力を得たというのに、助けたかった相手はもういない。アベンチュリンの胸にぽっかりと穴が空いたような、空虚感があった。
大博打で成功できるような幸運を持っていても、助けられる人は1人もいなかった。
自分は何のために生きているのだろうか?
救いたかった人がみんな死んで逝くのなら、自分が生きている意味は? 何だ?
――――――いや、何にもない。
『みんなの所に行きたいな…………………あははっ、なーんてね』
「………………っ」
窓から差し込む静かな夕日。オレンジ色の光に照らされる彼の背中が、星には小さく寂しく見えた。
――――――そうして、時は過ぎ。
彼は腕を上げ、不可能に近い案件も大成功させていった。ついにはファンクラブまで作られるほどの人気ぶりに。当然彼を妬む人間はいたが、アベンチュリンは笑顔で潰していた。
そして、案件を任された彼はついにピノコニーへと到着。ホテルロビーで出会った時から最後の戦いの直前まで、星はそっと見守る。
なぜ自分と敵対するように誘導したのか。
なぜ彼はピノコニーを壊そうとしたのか。
以前彼が話してくれた回答には、星はどうしても腑に落ちなかった。
だが、ようやく納得のいく答えを見つけた。
「全部カンパニーのため、だったんだ………」
世界を滅ぼしたいなんて嘘。彼は偽りの敵で、星の敵ではなかった。自分の犠牲も計画の内で、ピノコニー所有権の奪還のため。
幕が開き、最後のステージに立とうと歩き出す彼。砕けた砂金石を握りしめるその手は震えていた。
「っ………」
怖かったのだろうか。それとも苦しみから解放される緊張から震えていたのだろうか。
いや、怖かったのだろう――――今までの賭けでも震えていた。
だが、アベンチュリンは覚悟を決めた一歩を踏み出す。その先の出来事はよく知っている。彼がどうなるかも知っている。
でも………でも………こんなのっ……………。
「っ………あんたを助けるからっ!! だから、待ってて!!」
届かないと分かっていても星は叫ぶ。叫ばずにはいられなかった。
「絶対に迎えに行くから――――」
彼の背中が離れていく。視界が暗くなっていく。夢が終わる。
それでも、星は遠くなる彼に手を伸ばして――――。
★★★★★★★★
「――――はっ」
目覚めると広がっていたのは青い空に、なのかとヴェルトの顔。
「星!? 大丈夫!?」
「随分とうなされていたようだが………」
2人は地面に寝っ転がっていた星を覗き込んでいた。いつまでも帰ってこない星を心配して、探してくれていたようだ。
とてつもない情報量の夢だったため、一休みした方がいい。そう思い、星は階段に座り、深呼吸していると、スマホが震えた。
取り出し確認すると、メッセージが入っており『アベンチュリン』という文字。生きていたのだろうか、と星は急いでチャットを開く。
『やあ、星核ちゃん』
彼のいつもの挨拶だ。星はふぅと息をつき胸を撫でおろす。
現実世界にいるのなら、それでいい。星は心配させるなと嫌味ったらしく「まだ生きてたの?」と返した。
『残念だけど、君からの返事は見られないんだ』
『これは、時間を予約して送っているメッセージだからね』
「えっ………」
つまり、彼は現実世界にはいない。メッセージを返せる状況じゃない。返事ができないと分かった上での予約メッセージ。
『先にさよならを言っておくよ、マイフレンド。君に感謝と最高の敬意を捧げる』
………………。
『楽しい旅を』
そこで彼のメッセージは止まる。その後星が返信しても、メッセージが返ってくることはなし。『メッセージの送信の失敗しました』と出てくるだけ。
「………………なんで、あんたっ………」
わざわざ予約なんかして。こっちを気にかけて、挨拶なんかしてきて。そんな中途半端な優しさなんて………。
「っ………うぅ………」
「えっ、星? 大丈夫?」
「大丈夫か、星」
「っ………こんなの………」
無理だ。もうじっとしていられない。休憩してる場合じゃない。今すぐ彼の所に行かなければ。これ以上、彼に苦しんでほしくない。
溢れ出す涙を拭いて、星はよろけながらも立ち上がる。
「ちょっ、星っ!? どこに行くのっ!?」
「黄泉の所に行く」
「えっ?! なんで急に? って、星!? ちょっと待っ――――」
なのかの声を無視して、ドリームボーダーを離れ、星は無我夢中で喧騒の街を駆け抜ける。また涙が零れそうになり、すれ違う人々が必死に走る星に視線を向けてくる。
だが、そんなことは気にしていられない。どうでもよかった。早く彼の元へ行かないと、自分がどうかしてしまいそうだった。
そうして、黄金の刻を走り回り、紫紺の髪を揺らす女性を見つけ、引き留めた。
「…………星、どうした」
「黄泉、私を殺して」
「………なぜ、急にそんなことを言い出す」
「お願い、殺して………」
消え入るような声で懇願する星。彼女が殺してくれないのなら、記憶域ミームの所に行って、死ぬつもりだった。
「お願いだから………私を、本当のピノコニーに連れていって」
「――――」
星のお願いに見開くアメジストの瞳。思わず黄泉は瞠目していた。
一体どこでそれを知ったのだろうか。本当のピノコニーの行き方など、彼女は知らないはずだ。
石像のように表情を失っている黄泉だが、その時だけは珍しく眉を顰めた。
「なぜだ……なぜ行きたいんだ?」
「私はカカワ……アベンチュリンを助けたい。なんであいつがあんなことをしたのか、今分かったの…………このままは嫌だ」
「…………君はあそこに行く意味を知っているのか?」
「知ってる。それでも行きたい………行かないと」
琥珀の瞳で虚無の彼女を見つめる星。その瞳に涙はあっても迷いはない。揺るぎない意思があった。
黙ったままの黄泉はそっと瞳を閉じる。そして、小さく笑みを零した。
「…………分かった。君を彼の元へ送ろう」
「!!」
「安心してくれ、君たちの体に傷一つつくことがないよう、守護しよう。君たちの帰りを、私は待っている」
「っ、ありがとう………黄泉」
紫紺の髪が白に染まり、黒から真紅へと変化した右腕で、カチャリと鞘から長い得物を抜く。
「いってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
黄泉の穏やかな微笑みに見送られ、緋色の刃を受ける。
そうして、星の意識は暗闇へと落ちて行った。
★★★★★★★★
………ああ、一体どのくらい歩いただろうか?
目を覚ました場所から結構進んだと思うのだが、景色は一向に変わらない。遠くにブラックホールが見えるだけ。穏やかな風が置き、足元の水辺には小さな波があった。
「本当に何もないな………」
アベンチュリンは歩きながら、溜息を零す。
カンパニーの縛りからも、犯罪者を見る鋭い視線も、何もかもなくなった。ずっと上がっていた肩の荷が下りる。久しぶりの解放だった。
これで任務も果たせた。あとはジェイドが処理してくれることだろう。
永遠にも等しい現実世界までの道。ブラックホールははるか遠くに見えている。ならば、ここで朽ちてしまうのもありかもしれない。
心配している人間なんて自分にはもういない。死んでしまったところで、何も問題はない。
「ただ、ね………」
唯一気掛かりなのは、星核を持つ少女。彼女は自分のメッセージを見てくれただろうか。どう思ってくれただろうか。
あんな酷いことをして会いたいと思ってくれたのなら、嬉しいけれど………。
「ごめんね、メッセージには返信できそうにないよ………」
スマホを開くが、新着メッセージはなし。星とのチャット欄は変わらないまま。分かっていたことだった。
「ふぅ………」
アベンチュリンは足を止め、空を見上げる。常闇の空には蛍のように儚い流れ星。現実の夜空とは似ても似つかないもの。一時、太陽は見れないようだ。
「ア――チュ―――!!」
静寂の世界で遠くから聞こえた声。アベンチュリンは反応し、即座に声の方へ視線を向けた。
「………………?」
遠くに見えたのは1人の人間の影。こちらに向かって走ってきているようで、徐々に影が大きくなっていく。
「アベ―チュリ―っ!!」
「なっ……」
闇の世界では絶対に聞くことのできない彼女の声。あの灰色髪に、琥珀のような月光の瞳。見覚えしかなかった。
――――――なぜ彼女がここにいる?
夢なのかと疑い、アベンチュリンは目を擦るも、走ってくる灰色髪の少女が消えることはなかった。ちゃぷちゃぷと水辺を駆ける足音も近くなり。
「アベンチュリンっ!!」
「!!」
少女に正面から抱きしめられる。勢いのあまりアベンチュリンはふらつきそうになるも、彼女を受け止めた。
「よかった………見つけられてよかった………」
安堵した表情を浮かべる星。全力で走ってきたのだろう、息が上がっていた。抱擁する彼女の腕は強く、太陽のように温かい。小さな体なのに、穏やかな包容力を感じた。
「なんで………君………」
ここには誰も来ないと思っていた。自力の脱出以外に救いはないと思っていた。
「ここにいるってことは君―――」
「うん、黄泉に殺してもらった」
こちらを見上げて、ふふっと笑みを零す彼女は、どこか晴れやかで、今いる暗闇の世界には合わない眩しい笑顔。アベンチュリンも嬉しくなり、ほんの少しだけ口角が上がっていた。
人に会えた………しかも彼女に会えた。戻れたら、一番初めに会いたかった彼女に。
「それでなぜここに君が?」
「アベンチュリンを迎えに来た。それ以外に理由はないよ」
「………………」
なぜ………なぜ、自分なんかのために?
ここに来るということは、植物状態となるということで、いくら夢の中の死とはいえ、ほぼ自殺行為としてもおかしくはない。
彼女は仲間がいる。家族のような大切な人たちが。一方、自分は捨て駒同然。今回の作戦は自分の犠牲があってこそのもの。彼女が自分を助けて得られるメリットなんてない。
なのに、なぜ彼女は――――。
「あんたの過去見た」
「!? そんなのどこで………」
「あんたの憶泡をDr.エドワードから貰ったんだけど………私に渡すよう頼んだの、あんたじゃなかったの?」
自分の過去の憶泡? いいや、Dr.エドワードに頼んだ覚えはない。アベンチュリンは横に首を振った。
「ふーん。エドワードから聞いたんだけど、依頼主が『星穹列車の娘よ、せいぜい活用するんだな』とか言ってたみたい」
「………なるほど」
…………はっ、レイシオめ。メモキーパーと手を組んだな。余計なことをしてくれる。
2人にふんと鼻で笑われているような気がして、一層苛立ちが募る。アベンチュリンは大きなため息を零した。
不快ではあるが、他の人に見られた場合は、仕方ないと受け入れただろう。しかし、彼女はダメだ。彼女だけには見せたくなかった。何も教えたくなかった。
自分の過去なんて汚くって、いつも見せている自分とは程遠い。手は血で汚れているし、犯罪者であったことには間違いない。
彼女とは真逆の醜い過去。彼女が見る世界は美しいままであってほしかったからこそ、知られたくなかった。
ぽたっ――――一雫が水面に落ちる。広がる円の波。
「………っ」
「星核ちゃんっ!?」
「私、あんたをっ……見て見ぬふりなんてできなかった………」
「………」
「ずっと辛かったんでしょ………?」
本音を言えば、辛かった。なんでもいいから、楽になりたかった。
「お父さん、お母さん……それに、お姉ちゃんがいなくなって………辛かったよね」
「………………」
星はアベンチュリンの片手を取り、自分の手の平を合わせる。それは故郷でのおまじない。彼女は確かに自分の過去を見たのだろう。見ていなければ、知るはずもない。
彼女の手はアベンチュリンよりもずっと小さいが、彼の心を溶かしていた。
「誰もあんたを助けないのなら…………私が助ける」
「………」
「自分を犠牲になんてしないし、ずっとあんたの隣にいる。何があってもあんたの傍にいる………だから、『死にたい』だなんて思わないで」
………………。
困ったような、でも、嬉しそうな、今にも泣き出しそうな顔を浮かべるアベンチュリン。今まで、守りたかった人や隣にいてほしかった人は消えていった。大切だと思った人は殺されていく。
『ずっと隣に』…………その言葉が何もかも失ってきた彼の胸に強く響く。
「2人で元の世界に戻ろう――――カカワーシャ」
ああ………いつぶりだろうか。その名前で呼ばれたのは。
決して『アベンチュリン』でいる自分が嫌だったわけじゃない。でも、本当の自分を失いたかったわけじゃない。
“カカワーシャ”―――――大切な家族から貰った名前。本当の名前を呼んでくれる彼女の声は、心地がいい。故郷を思い出すような穏やかさだった。
「………………」
死ねたら、この苦しみから解放されるのだろうか。死ねたら、先に逝った家族に会えるのだろうか―――何度も楽な道がちらついた。
でも、姉さん……違うんだね。僕はまだ生きなくちゃいけないんだね。
自分を救い出そうと来てくれた彼女を守るために、僕は生きる。
逃げ出すものか、離れるものか………次こそは自分の手で守る、絶対に。
「………一緒に戻ろう、星」
震えた声で答えるカカワーシャ。恐怖はある。怖い。でも、それ以上に彼女といたい。自分を守ると言ってくれた彼女とともに“明日”に向かって歩きたい。
カカワーシャは星の手を取り、強く強く握り返す。
「ねぇ、星」
「なに?」
「帰ったらさ、君に見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
「ああ、僕の故郷で見られる―――カカワのオーロラ。ドリームボーダーよりもずっと綺麗な空なんだ」
「へぇ、それは見てみたい……案内してくれる?」
「もちろんだとも」
ハイライトを失っていたカカワーシャの瞳は、希望に満ちている。星も眩しい笑顔になっていた。
現実世界までどのくらい距離があるのだろうか。もしかしたら、永遠に近いのかもしれない。それでも2人は並んで歩いていく。闇の世界を進んでいく。
たとえ世界が闇に包まれても、2人が迷うことはない。いつだって隣に、自分の道を照らしてくれる“救い星”がいるから。
「行こう、カカワーシャ」
「ああ」
大切な人を二度と失わない。
繋いだこの手はもう離さない。
互いに固く手を繋ぎ、2人は現実世界へと走り出した─────。