聲「どうしたのじゃ、少年」
零が初めてその少年に声をかけたのは、一人でただしくしくと泣いてる姿を見るようになって三度目の時。
街外れの、恐らく一人で行ってはだめだと大人に言われていそうなその場所に。
先々週初めてその少年は現れた。
時々しゃくりあげるように泣くものの、ひとしきり泣いたあとはぐいっと涙を拭って立ち上がる。
その姿がなんだかとても美しくて。
なんとなく見守ってはみるものの特に声を掛けるつもりも無かった零がつい声をかけたのは、その声も聞いてみたいと思ってしまったから。
零の存在には全く気付いていなかったのだろう。
びっくりしたように目を見開いた少年が、ぽつりと『かみさま?』と零す。
「どうかしたのかえ?」
そのまま固まったようにじっと零を見つめ続ける少年にもう一度声をかけると、はっとしたように首をふるふると振った。
「だいじょうぶ」
「大丈夫には見えぬのじゃが?先週も泣いておったじゃろ」
「みてたの?」
恥ずかしそうに言って、顔を赤らめてから、うんと一つ頷く。
「ちょっとだけ、かなしいことがあったの」
「うん」
「あのね、おかあさんがね、」
「うん」
隣に腰を下ろし、ただ頷いて聞いてくれる零に、次第に少年の口も軽くなっていく。
言葉に伴うようにぽろぽろと涙を零しながらひとしきり話して、少年はぎゅっと拳を握った。
「でも、だから、だいじょうぶなの」
言い聞かせるように眉根を寄せて見上げる少年を、何も言わす軽く抱きしめてぽんぽんと軽く背中を叩く。
するとまた少し胸元が湿るのを感じ、零はその背を撫で続けた。
「どうしたのかえ」
薫と名乗る少年と初めて会話をしてから一ヶ月。
どうやら薫は近くの病院に、毎週その曜日にやってきているらしい。
いつも静かに泣いている薫が、今日は零を見つけた途端、堪えきれずに駆け寄ってきてぎゅっと抱き着き泣き始めた。
いやだいやだと繰り返すばかりの薫が落ち着くまで、ただただその背を撫でてやる。
「すまぬのう、我輩は聞いてやることしか出来ぬ。だが、聞くことは出来る」
少し落ち着いたタイミングを見計らって声を掛ければ、うん、あのね、と言いながら薫が零を見上げ。
ちょっとだけ困ったように眉をハの字にしたあと、そっとその手が零の両耳に添えられた。
「少年……?」
意図が分からず目を見開く零に、薫は笑って言った。
「いい」
「え?」
「たくさん、たくさんきいてきたんでしょう?
だから、かおるのは、いい」
そう言って、耳に添えられていた手が背に回される。
その体温がとても温かくて。
零も薫の背に手を回しながら、ぎゅっとその手に力を込めた。
自分にただ聞くだけじゃなく、薫の憂いを払ってやる力があればよかったのにと思いながら。