月の光(ドビュッシー)「おにいちゃん」
「どうしたの?眠れない?」
「うん」
ソファに座る零の隣にすとんと腰を落とし、ぎゅうっと抱き着いてくる凛月の背をぽんぽんと叩く。
かく言う零もちっとも眠くならないから応接間のソファで本を読んでいたのだが、凛月の場合は『眠くない』というわけでもないようで。
「怖い夢でも見たの?」
目は眠そうなのに頭が覚めてしまったような表情を見て、零の眉が少し下がる。無言のままかすかに頷く凛月をぎゅっと抱きしめ返して頬を寄せた。
「大丈夫、お化けが来てもお兄ちゃんがいるから」
「おにいちゃんがいないときは?」
「お兄ちゃんがいない時なんて無いよ」
小学校に通い始めた零が不在の時は既にあって、そんなの嘘だと凛月にもわかったけれど、その言葉に少し心のざわめきが落ち着いてくる。
「おにいちゃんピアノひいて」
「いいよ」
おねだりすればすぐに笑顔で応えてくれる零に安心して、いつもの曲とリクエストする。ぽろぽろと月の光が零れてくるようなその曲は、兄が弾くと優しくて暖かくて大事に包まれているような心地になって。
その曲が流れている間は兄がすぐそばにいるのだという安心感に、次第に瞼が重くなってくる。
「りっちゃん、おにいちゃん、だいすき……」
お兄ちゃんさえいてくれれば何も怖くないと呟く声は音にはならず。
すよすよと眠り始めた凛月を見て、零も穏やかに笑いながらピアノを弾き続けていた。