【薫零】ロミジュリ2それ以来、二人で練習することが増えた。
いや元々行先も一緒、帰る場所も一緒、稽古時間もだいたい一緒だからほぼずっと行動を共にしていたのだが役に関する話をすることが増えた。
「二人、仲いいよね」
朝はまだ眠った状態のまま歩いているような零の荷物を持ってやりながら稽古場のドアを開ければ開口一番そんな言葉がかけられる。
「まぁ高校生の時から同じユニットなんで」
「荷物まで持ってあげて優し!」
「帰りは逆にへばってる俺の分まで持ってくれるんでお互い様です」
ほらやっぱり仲がいいと笑って共演者は去っていく。
そんなに仲いいかなぁと呟きながらほら着いたよとまだぼーっとした顔をしている零の背を叩いた。
「悔しいけど上手いんだよなぁ」
零のペアが稽古してるのを端に寄って見守りながらぼそりと呟く。零の芝居は繊細で細かいところまで神経が行き届いている。それでいて計算だけではない、感情を乗せていくのがとても上手いのだ。
「でも意外」
暴走する若者の象徴のようなこの役は、零には似合わないのではないかと思っていた。だってあの朔間零だ。何があったってなんとかしてしまいそうではないか。自分の感情に従って突き進み、自身の破滅によって平和をもたらすなんて。
……後半は零はやりそうだけれども。けれど零がやるならばそれは零が意図してのことで運命に飲み込まれたりはしないくらい強い存在だと思っていた。
なのに零の演じるロミオはコントロール出来ない感情を爆発させ、終わりへと突き進んでいく。
数日前から零の芝居をよく見るようになって、同じ役をやるからこそ、わかる。いま零が何を考えどう思ってその台詞を発しているのか。
マーキューシオたちとの会話では自分とはずいぶん考えや接し方が違うのだなと思うのに、ジュリエットに対する一途な愛の台詞はとても、とても自分と似た感情を抱いている。
同じように想っても表に出る言葉は違うから人から見たらきっと違うものなのだろうけれど、でも薫にはわかった。自分たちが似ていること。
他人を演じている今の方が零のことを理解できる、そんな気がする。
「うあぁ……」
ダメ出しを受けてその日のうちに解決出来なかった帰り道、呻きながらとぼとぼと歩く薫の隣で零が鞄を持ち直す。
「足りないのはわかってるんだよ自分でも」
薫自身に考えさせるためなのだろう、決定的な答えはくれない演出家のヒントを必死に思い返すがどうしても思うように心が動かない。経験したことしか演じられないとは思っていないけれどそれに近しいものを手繰り寄せようとしているのに。
「命かけるほどの恋なんてしたことないし」
恋愛経験は豊富な方だと思っているけれど、どれも遊びのような恋ばかり。それがいけないのかな、でも零くんだって無いよね、と問いかけながら隣を向いて。一瞬たじろいだ零に薫は思わず声を上げた。
「あるの!?」
零は困ったように笑ってその先を口にしないがそれは肯定してるも同然で。
そして気づいた。零の演じるロミオが見せる『零らしくない』と思っていた激情は、零の隠している心なのだと。
外面を取り繕うのに長けた零が隠している心を、ロミオを通してさらけ出しているのだと。
「え、誰、っていうか、いつ」
「いや別にそんな大層なものではないんじゃよ」
「だってここ数年はずっと一緒にいるじゃん、最近じゃないってこと?初恋とかそういう話?」
「まぁそんな感じじゃ」
そう言って零は話を終わらせようとするが、薫の頭の中はいつの間にかダメ出しよりも零の相手のことでいっぱいになっていた。