【薫零】ロミジュリ4しばらく別行動でよかったなんて口走って零に寂しそうな顔をさせてしまったくせに。
「あぁぁぁもう一週間くらい挨拶しか出来てない……!!」
部屋は違っても稽古場の建物は一緒なのだから一緒に来ればいいのに、毎日零が一人で先に行ってしまう。あの零が、自分よりも早く起きて寮を出るのだ。薫の言葉を意識しての事としか思えない。あんなに"仲がいい"と言われていたのに。
「絶対気にしてるよな……」
自分が薫に悪影響だと思って、薫がそう思っていると思って、距離を取っているのは明らか。
「いやまぁそれはほんとにそうなんだけど……」
でも零が思っているのとは違う。芝居に悪影響なのではなく個人としての薫の混乱に拍車がかかってしまうのだ。
でもそうして薫の思惑通り距離を取ってもらったら途端に寂しくなって。
「だめだ!散歩してこよ!」
帰ったのも遅かったし明日も稽古なのだから本当はさっさと寝て明日に備えるべきなのだがこのままでは寝られない。同室者を起こさないようそっとベッドを抜け出して薫は外へ出た。
ちょっと外の空気を吸おうと思っていただけなのに、いつの間にか脚は海へと向かっていた。夜の海は全てを吸い込んでしまいそうで、心の靄も吸い込んでくれそうで。
もうなんとなく、わかってはいるのだ。
自分は零のことが好きなのだと。
自覚が無かっただけでたぶん結構前から。こういう機会が無かったら一生気付くことも無かったのかもしれない。
「いや無理かな……たぶん違うキッカケでもどっかでは気づいちゃってたかも」
自覚した気持ち自体には驚くほど抵抗が無かった。女の子が好きなはずなのに、男なんてゲロゲロなはずなのに、相手が零だったら『だって零くんだしな』と納得してしまう。
けれどどうしたらいいのか、自分がどうしたいのかが、わからない。自分の物にしたい気持ちはもちろんあるけれど恋愛にはいつか終わりが来る、それが怖い。だったらせめて誰の物にもならないで欲しい、そんな欲望だけがあって。
ぼんやりと結婚式のシーンでの歌を口ずさんだところで、腰かけていた階段の上の方から歌声が降ってきた。
びっくりして振り返った視線の先で、零がじっと薫を見つめている。
見つめあって歌いながら階段を下りてきて、薫の隣に腰かけて、『愛を誓っちゃったのう』なんて笑うから。
「びっっっくりした……」
薫もへにゃりと笑った。
「なんでこんな時間にこんなとこにいるの、危ないでしょ」
「こんな時間にこんなとこにいる薫くんに言われたくないんじゃが」
「……俺はいいの」
「じゃあ我輩もいいんじゃよ」
久しぶりにする会話に自然と心が躍って、あぁやっぱり好きだなぁと再確認する。楽しいのは会話だけじゃなくて。
「零くんと歌うのやっぱり好きだなぁ」
「ん?」
「さっきの。なんだろ合わせようと思ってないのに自然と呼吸が合う感じ」
最後に二人で歌うところ、ブレスの位置を合わせようとか、ここはこのくらい伸ばそうとか、そんなことを考えていなかったのにぴったりと合っていた。当然、この歌を一緒に歌うのは初めてなのに。
「ってゆか零くん、なんでジュリエットパート歌えるの」
「自分の出るシーンの台詞と歌はだいたいわかるぞい」
「嘘だ、出ないシーンもわかるでしょ」
「まぁだいたいは」
「じゃあさ」
そう言って薫がロミオの台詞を言えば、零がジュリエットの台詞で返してくれる。
薫がロミオの歌を歌いだせばそれに合わせて零が歌ってくれる。
そんな遊びのような、稽古の延長のようなことをしばらくやって。
「さっきね、零くんが来た時。天使の歌が響いた」
ぽろりと薫が零せば、零の目が見開かれた。
それはロミオとジュリエットが仮面舞踏会で初めて出会って、互いに一瞬で恋に落ちた時の歌。
あぁ言っちゃったなぁと思いながらも不思議と後悔はしていなくて。意味を図りかねて珍しく戸惑う零の瞳を見つめる。
本当に珍しく、おろおろと視線が彷徨って薫が何かを口にするのを待っているから。
「好きだよ、零くん」
万感の思いを込めて、口にして。
「でもこの話の続きは千秋楽の後ね」
じゃないと自分の芝居がおかしくなっちゃうからと続ければ、零が狡い男じゃのうと呟いた。