ご褒美をください! わしゃっ、と頭を撫でられる時がある。
それはちょっと不本意で、でもすごく嬉しい瞬間でもある。
「シン、頑張ったね。ありがとう」
そういって貰えると、ガキ扱いされてるとも思ってしまうんだけど、それ以上に嬉しくてたまらなくなる。
上官に求めるハードルが正直、下がりすぎていて、殴ったり怒鳴ったりしなければいい、くらいに思ってしまっていた。
キラさんは殴らないし、怒鳴らないし、おれができないこととかは優しく教えてくれるし、叱られるようなことをしても怒鳴ったりしないでちゃんと諭すように丁寧に話してくれる。
あれで准将なんて雲の上みたいな立場の人だとか信じられない。
もちろん軍の上官だから厳しい方が当たり前なんだけど、アスランみたいに理不尽に殴ったりしてこないから、本当にこの人はあのアスランの親友なのかと疑いたくなる。
それなのに戦場にでればすごく強い。
フリーダムの強さは誰より知ってると思ってるし、いっしょに働きだしたらそれだけじゃないすごいとこたくさんあるって知った。
オーブを戦後の疲弊から建て直したのはキラさんが作ったナチュラル用MSなどの特許料だと知って、戦うだけじゃない技術者としての優秀さも見せつけられた。
おれのイモータルジャスティスもキラさんが開発に携わっていて、こまめに調整してくれるからすっごく乗りやすくなった。
まあジャスティスはジャスティスだから、しっくりこないのはキラさんのせいじゃない。
冷静に考えて、あの時フリーダムを落とせたのは、キラさんが後ろにいるアークエンジェルを逃がすための殿の役割をしていたからだし、あとから聞いた話、核エンジンを爆発させないために切って、セーフティーシャッターを閉じる余裕すらあったという。
あの状況でそれだけやってのけられたら、とても勝ったとは誇れなくなる。
それでもキラさんは『シンは凄いよ』っていってくれるけど。
ただ不満なのは、おれたちを『守る存在』と思っている節があるとこだ。
上官は部下を守る。
でも戦場では上官を護るのも部下の役割だ。
死ぬなら俺たち下の者からだ。
だからおれはキラさんを護って戦いたい。
死ぬつもりで戦場にでるわけではないけど、死ぬ気でキラさんを護りたいって思ってる。
上官だからじゃない、尊敬してるし、たぶんそれ以上の感情が芽生え始めているのを自覚している。
だからガキ扱いのように、頭を撫でられると、嬉しいけれど複雑な気持ちになるんだ。
キラさんは最前線を譲らない。
アグネスはどうだかしらないけど、少なくともおれはキラさんと肩を並べて戦うか、むしろキラさんには後方にいてほしい。
おれたちで十分な戦場も多いのに、いつだってあの人は一番前で戦ってしまう。
おれって、そんなに頼りないって思っても、施設防衛や一般市民の待避の援護も重要な役割だよ、よくやってくれたよ、と戻れば褒めてくれる。
おれの不満を知ってか知らずか、ガキみたいに頭撫でられて、でも決して嫌なわけじゃないから、いつも誤魔化される。
でも、自分の驕りを知ってしまった。
『シン、援護を!』
と言ってくれたのに、迷ったあげく、援護にいくどころか自分も落とされた。
あの時すでにキラさんは自我を乗っ取られていたというのに、それでもおれに援護を頼んでくれた。
真っ先に駆けつけるべきだったんだ。
そんでもってアークエンジェルが落とされたショックで余所見してたとこをやられたんだから、格好つかないし、『君らが弱いから』の『君ら』には確実におれが含まれてるし、そう思われて当然だった。
だからこそ、胸を張って『おれ、あなたの信頼に応えて頑張りました!』と褒めてもらえる、と思ったのに……。
キラさんのフリーダムはミレニアムに背をむけ、地球へと降り立ってしまった。
それでいいんだ、あの人は戦い、傷つきすぎた。
平穏な暮らしができるなら、それが一番じゃないか。
そう自分に言い聞かせる。
自分の褒めてほしいなんてちっぽけな欲望には蓋をしないといけない。
誰より、しあわせになって欲しいひとだから。
だけど……。
突然与えられた休暇と、オーブ行きのシャトルの切符。
尉官の移動なんてエコノミーが当たり前なのにもらったチケットはファーストだった。
MSで降下するのに比べて快適なシートに座ってるだけの旅を経て、オーブにつくと今度は専用のジェットが待機していた。
「で、なんでパイロットがあんたなんすか」
そのパイロットシートには、アスランが座っていた。
「俺じゃ不満か?なら泳いでいくか?」
「不満……じゃ、ないですけど、なんであんたが……忙しいんじゃなかったんすか?」
アスランは戦後処理でいろんなとこを駆け回り、表沙汰にできない工作とかしてるとか聞いた。
「これからお前を連れていく場所が一応、トップシークレットだからな」
なんとなく、わかっていた。
場所じゃない、人だ。
山の崖。
そこに突っ込んでいくのかと誤認するくらいギリギリで開いた擬装された格納庫。
そこに降りると、やっぱりその人が待っていた。
「ほら、いってこい」
アスランがおれの背中を押すように声をかけてくれる。
何よりも会いたいはずの人だ。
しかしどうしてか、足が動かない。
「シン、早くきてよ」
だけどそのおれを呼ぶ声に跳び上がり、ドアから飛び下りるようにその人の元に降り立った。
「キラ……さんっ!」
抱きつく勢いで駆け寄るおれを、ちゃんと両手をひろでけうけとめてくれる。
「ごめんね、もっとはやく君に会いたかったんだけど、なかなかうまくいかなくて……」
忘れられていたわけじゃなかった。
それだけで嬉しかった。
「いっぱい頑張ってくれたね。ありがとう」
またわしゃわしゃと頭を撫でられた。
不思議と嫌な気持ちはまったくなくなっていた。
「おれ、頑張りました!」
今なら胸を張って言える。
「うん、君ほど頼りになるひとはいないよ……」
ミレニアムを頼むよ、と言ってくれたその言葉が、勇気になった。
霧が晴れたように、あの戦場を駆け抜けることができた。
それだけでよかったのに……。
「あはは、なんで泣いてるの?」
「キラさんこそ……」
なんでだろう、涙が止まらなくて、キラさんと抱き合って泣いた。
決して悲しい涙じゃない。
ただただ詰まっていた想いが流れ出すような、涙だった。
「もうすぐコンパスも活動再開だね」
ひとしきり泣いたあと、キラさんが身を寄せているというアスハ代表の別荘へと案内された。
「はい、おれの新しいMSも受領しました」
起動してすぐわかった。
キラさんの手が入ってる。
おれの手癖もなにもかも知り尽くして、反映させてくれている。
「隊長、任せてもいいかな?」
「はいっ!……って言わなきゃいけないんだうけど、おれ、やっぱりキラさんの下で働きたいです」
キラさんに頼ってもらえて、隊長任せるとか最高に嬉しい言葉なはずなんだけど、おれも少しわがままを言っていいかな。
望むことは口にださないといけないって、思うから。
「……困ったなぁ。そこ、みてごらん」
キラさんがリモコンを操作すると、シャッターが開いた。
青と白のピカピカのモビルスーツ。
「君の機体を最優先に作ってたんだけど、対になるの、つくりたくなっちゃったんだよね……。戦闘を好むわけではないけれど、まだこの力が必要なら、君と駆け抜けたい」
「えっと、それって……」
「まだ、君の隊長でいていいかな?」
その澄んだ紫の瞳が、おれをみつめくれた。
「……いーっぱい、おれに頼ってくださいよ」
「そうだね、君、本当に強いから」
またその手がおれの頭の上にのっかって、撫でてくれる。
「頼りないって思っていたわけじゃなかったんだ。でも君たちはいずれザフトに帰る日がくるでしょ。そのときに遺恨を遺したくなかったんだ」
キラさんは時にはザフト軍にもその刃を向ける。
おれにとってそうするべき時ならそれは躊躇わないことではあるけれど、キラさんはおれたちの将来まで考えてくれていたんだ。
「これからもそういうことは起こるよ。それでも僕と最前線に立ってくれる?」
キラさんがいままで守ってくれていたことを、もしかしたら不意にしてしまうかもしれない。
それでも、迷うことはなかった。
「はいっ!おれはどこまでも隊長についていきます!」
それが例えなにを敵にまわすことでも、もう躊躇うことはない。
「よろしくね、僕の副官くん」
「シン・アスカ大尉を、本日付で少佐に任命する。またヤマト隊副官の任を命ずる」
慣れ親しんだ赤を脱ぐ日がきた。
副官として与えられた、黒のロングジャケット。
デサイン的にはキラさんの白服と同じだ。
いままで副官を置かなかったキラさんが、おれをその任につけてくれた。
「似合ってるよ」
正直まだ着られている感じもしなくない。
でも胸を張ってあなたの隣に立てるように姿勢を正す。
「……って、別に正式な場じゃなければそんなかしこまらなくていいんだけどね」
コンパス再始動の式典と同時におれの昇任や副官への任命などの辞令的な行事も行われて、そのまま新生コンパスのお披露目パーティーなんてものまで行われて、おれはキラさんに恥をかかせないようにとずっと気をはりつづけ、正直窮屈だった。
「でも、キラさんの副官ですから!」
そんなおれの首のホックをキラさんの手が外してくれる。
「いつもの君でいいんだよ。ムウさんだって大佐なのにあんなんだしさ」
あのおっさんは、なんかもうそういうもんだし。
「むしろ僕の前ではかしこまらないでいてほしいな……」
「はいっ、隊長の言うとおりに従います!」
相変わらず、キラさんの気遣いに助けられてるけど、これからはおれがたくさんキラさんを助けるんだ。
「ね、僕さ、君といっしょにいたくてわがままいったんだ。ほんとはコンパスには戻らなくていいってみんな言ってくれたし。でもね、君が僕以外の誰かの下で働くの嫌だっておもっちゃった。君の頭をこうして撫でるのは、僕だけじゃ、だめ?」
キラさんの手が、おれの頭にのびてくる。
「それ……って……?」
「僕の独占欲、意外と強かったみたいだ」
真っ赤になったキラさんが、そこにいた。
「だから君が僕の下で働きたいって言ってくれたの、嬉しかったよ……」
「キラさん、おれ、キラさんのこと、これからたくさん守るから、だから頑張ったらご褒美、くれますか?」
「こうして……?」
頭にのっかったままの手が撫でてくれる。
「えっと、それだけじゃなくて……」
そっと真っ赤になったその人の頬を包むと、すごく熱かった。
きっと気持ちは同じだと確信しできるくらいに。
「こういうことです……!」
思いきってその唇を奪う。
一瞬ぱちっとおおきくその紫の瞳をみひらいてから、そっと目蓋をとじておれに応えてくれた。
「ちょっと、いきなりキスするとか、僕、君の躾、間違えたかも……」
真っ赤だった頬をさらに染めて、ぜんっぜん説得力のない潤んだ瞳がみつめてくる。
「……じゃあ、躾しなおしてください」
ぷっ、とふたりで噴き出した。
「それじゃね、キスするときは、ちゃんと許可を得ること!」
そういうことなら……。
「シン・アスカ大尉……じゃなかった、シン・アスカ少佐、キラ・ヤマト准将にキスを申請いたします!」
すっ、ととじた目蓋が許可の証だ。
おれはまた、その人の薄く柔らかい唇に、自分の唇を重ねた。