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    maotwi12

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    maotwi12

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    バブル期の日本に生まれ変わってラーメン屋台を営むリュゾの話。今度こそ幸せになれ。

    「それじゃあ次のお便り!腹ぺこ僧侶ノリオさんからです、ありがとー!『こんばんはDJオガさん、いつも楽しくラジオ聞いてます…』」

    古びたラジカセが奏でる音は飛び飛びで、かなり聞き取りにくい。たぶん乾電池が切れかけている。
    帰ったら電池入れ替えねぇとな。単一買ってあったっけ?あぁめんどくせえ…などとぼやきながら吐き出した煙は、夜のしっとり濁った空気に混ざり消えていく。
    ガード下という場所は昼間であってもなんとなく陰気なイメージだが、夜となればなおさら暗鬱としている。その割に疲れきったサラリーマンを乗せた電車が上を通過すれば、けたたましい音がゴウゴウ反響してやかましい事この上ない。
    竜三お前、なんでこんなとこでラーメン屋台なんか出してんだ、もっと人通りのある明るい場所の方が儲かるんじゃないか、とはよく言われる。
    でも竜三はここが気に入っていた。喧騒から離れて、気取る必要もなく、誰にも邪魔されず、遠慮なく食うことだけに集中できるこの環境。やってくる客もそういう場を求めている。賑やかな都会の喧騒から離れ、行き場のない男達の胃袋を安価で満たす。それが竜三のずっとやりたかった事なのだ。

    ボーッとしていると、いつの間にか指近くまでタバコの火が迫っており、竜三は吸殻で満タンの灰皿に残骸を押し付けた。ラジオ番組はもう終わって、夜のニュースの時間だ。
    連日のようにキャスターが読み上げる、トーショーカブカシスーなるもの。世間はミゾーの好景気とか言って舞い上がっているらしい。だが竜三には詳しいことは難しくて理解できないし、知りたいとも思わない。
    竜三にとって大事なのはラーメンの材料の仕入れ値。それとこの近辺の客層。独身男や、家庭の中に居場所のない哀れな親父、その日暮らしで健康なんて知ったこっちゃないというような貧乏学生などがメインターゲットだ。
    他の難しいことは分からん知らん。それが竜三の生き方。
    そういうのは、頭も育ちも良くてエリートな人間に任せておけばいい。
    そう、ちょうどあいつみたいな…

    「竜三…いるか?」
    「おわっ!?」

    あいつ、と頭に思い浮かべていた男がのれんを押し上げながら現れたので、竜三は驚き飛び上がりそうになった。

    「仁!ひっさしぶりじゃねーか」
    「おう、なんだかんだ一年は会っていなかったな」

    艶のある黒髪をカッチリ七三分けにした、いかにも良いとこのサラリーマンといった風貌の、目の下のホクロが特徴的なスーツ姿の男。竜三の幼馴染み…もとい腐れ縁の境井仁である。

    「こんな時間まで仕事してたのかよ?」
    「あぁ、最近忙しくてな…今日も土曜だというのにトラブルがあって、こんな時間になってしまった。店も閉まってるし、カップ麺の買いおきもないから、ここで食べていこうかと思ったんだが…もう店じまいか?」
    「あぁいや、ちょうど切り上げて晩飯にしようと思ってたんだ。ついでだしお前のも作ってやる」
    「本当か、すまんな」
    「大盛りでいいよな?」
    「おう、頼む」

    ピッチャーからお冷を注いで出してやれば、仁はスーツの上着を脱ぎネクタイを緩めながら、ごっくごっくとあっという間に飲み干した。随分疲れているようだ。苦笑して二杯目を注いで、ラーメンの準備にとりかかる。
    屋台の壁に紐でぶら下がっているスイッチをオフにする。『営業中』と書かれた赤提灯のライトが消えると、古い木造の屋台はすっかり夜の闇に溶け込み、細々とした裸電球だけがチカチカ瞬いた。

    でかい寸胴鍋に沸いた湯で、中太の縮れ麺を茹でる。その間にスープの準備。この屋台の売りは濃厚なとんこつ味噌だ。まろやかなコクがありつつ、脂っぽすぎず、夜遅くに食っても胃もたれしにくい。弾力のある麺との相性もばつぐん。
    具材はピリ辛もやし、プリッと甘い茹でコーン、シャキシャキのメンマ、半熟ゆで卵、自家製チャーシュー。チャーシューは薄く切ったのをずらっと並べた方が見映えがいいが、竜三はあえて分厚いの一枚をドンと乗せる。その方が歯ごたえもあり『肉を食った!』という気分になれるので好きなのだ。
    あとはネギとゴマをちらせば完成。もうもうと湯気を立ち昇らせる二人分の丼と箸をテーブルに置いて、手を合わせて。

    「「いただきます」」

    食う。一心不乱に黙って食う。

    ラーメンは鮮度が命。伸びた麺など食への冒涜だ。
    そうでなくとも腹を減らした若い男が二人、無駄話などしている暇はない。とにかく今は食欲を満たし腹を落ち着かせる。それだけだ。
    他に客もおらず、隣には気心の知れた幼なじみ。なんの遠慮もなくズルズル啜り、スープの一滴すら残さずゴクゴク飲み干して、お冷も一気飲み。ほとんど同時に、二人の空になったグラスがドンと置かれた。

    「はぁ~……食った食った」
    「ふぅ…ごちそうさま。久しぶりに食べたが、やはり旨いな」
    「どーも、褒めても代金は負からんぞ」

    心地よく膨れた腹を撫でつつ、竜三はズボンのポケットをあさった。クシャクシャによれたタバコのパッケージから一本取り出し、火をつけ、吸い込んだ煙を口中で味わう。

    「ん~~~うめぇ…よく働いてよく食ったあとの一服に勝るもんはねぇな」

    口から鼻からモクモクと、機関車のごとく煙を吐き出しながら、その味にうっとりと酔う。竜三のタバコは市場に出回っているものの中でも安物で、深みがなくやや尖った香りではあるが、それこそが疲れた体に染み渡るのだ。
    仁もさぞ食後の煙の味を楽しんでいるだろうと思いふと目をやれば、彼はテーブルについた水滴を指でつつきながら、心ここにあらずといった様子だ。
    いつもならスーツの内ポケットからお高そうなのを取り出してスマートに煙を燻らせるというのに。

    「んぁ?どうしたんだよ、火ぃ切れたのか?」
    「いや……その…」
    「…おいおいなんだよ、もしかして深刻な病気とかじゃないだろうな…!?」

    慌てて自分のタバコを消そうとする竜三に、仁は苦笑いで首を横に振る。

    「実はな…今度の見合い相手がタバコ嫌いなんで、禁煙しようかと」
    「見合いってぇと、また伯父御の紹介の?」
    「あぁ。…俺もそろそろ、本気で身を固めようかと思ってな」
    「へぇ…お前『敷かれたレールの上を歩くだけの人生は嫌だ!俺は自分で相手を見つけたい!』とか息巻いてたのによ。そんなに良い物件だったのか?」
    「まぁ、うん、家柄は良い。家事が得意で子供好き、短大ではテニスサークルに入ってて、器量もまぁ………タバコ嫌い以外は、相性は良いと思う」

    ふぅ、とため息を吐く仁の横顔は浮かない色をしている。

    「コンパとかで彼女を作ってみても、もうお互いにいい歳だから相手も焦っているし、結局喧嘩別れになるんだ。同期はもう全員結婚して、次は二人目三人目が産まれるだとか、家を買うだとかいう話をしていて…肩身が狭くてな。伯父さんにも催促されて困ってる」
    「まあなぁ。早く所帯持たねえと、エリートサラリーマンがいつまでも社宅暮らしなんて笑えねぇぜ」
    「いや、家については伯父さんが4LDKのマンションを譲ってくれるから、そこに住むつもりなんだ」
    「……あぁ、そォ…」

    がくぅ、と肩を落とした竜三の様子にも気付かず、仁は真剣な表情で語り続ける。

    「以前は色々意地を張ってたが…やっぱり、家族とか家庭ってものに憧れが出てきてな。地盤を固めれば男としてどっしり構えられるというか、仕事もうまくいくようになるんじゃないかって」
    「……ふぅん…」

    家庭……
    ふと、過去へ巻き戻る記憶。

    竜三はとにかく家庭に恵まれなかった。
    三人兄弟の末として産まれたが、親はろくに子の面倒を見なかったので、兄二人は早くから家を出て行方をくらましてしまっていた。極貧で飯も満足に与えられず、暴言暴力も当たり前、食費や学費を稼ぐためアルバイトを始めたら、稼いだ金すべて奪われてギャンブルに使い込まれ。耐えられず身一つで家を飛び出したのは、もうずいぶん前の事。あの時仁の伯父である志村が、寮と食事付きの仕事を紹介してくれなければ、今頃竜三はこの世に生きていなかったかもしれない。
    竜三にとって家庭とは温かい場所でも、安心できる拠点でもなかった。恐怖と憎悪と裏切りだけが満ちた冷たい地獄であった。だから、仁の言う『家庭があればもっと仕事を頑張れる』という感覚は、さっぱり理解できない。
    理解はできないが…仁は竜三と違って良い家の生まれではあるものの、早くに両親を亡くして寂しい少年時代を過ごしている。それゆえ家庭に対する憧れというものが人一倍強いのだろうということは想像できた。

    「…いいんじゃねーか、お前が所帯持てば伯父御も安心だろ。ほらあれだ、親孝行?」
    「親っ…そ、そんな、親なんて。伯父さんは伯父さんだ。まぁ本当の親みたいに恩はあるけど…伯父さんは大会社をまとめ上げながらも権威にあぐらをかいたりしないし、仕事でストレスもたまるだろうに愚痴の一つも言わない立派な人で、俺なんて息子としてはとても」
    「あぁー分かった分かった。伯父御孝行な」

    伯父の事となると途端に面倒臭くなる友人を、ひらひら手を振ることで遮る。

    「そ、そうだ竜三はどうなんだ?そろそろ結婚を考えたりしないのか?彼女はいるんだろ?」
    「まぁいないことはないけどよ…所帯持つとか、そういうこと考えるようなアレじゃねぇんだよな。正直、やることやれりゃいいっていうか」
    「むっ。竜三、まだそんなことを言っているのか?お前ももう三十過ぎなんだ、いい加減ふしだらに生きるのはやめた方がいいぞ!」
    「おいおい勘弁してくれよ、学校の先生かよお前は!?」

    凛とした声がきぃんと頭に響く。耳に指を突っ込むジェスチャーをすると、仁は憮然とした様子でふんっと息を吐いた。

    「…冗談はともかくな、俺は今の生活を気に入ってんだ。いつも俺のラーメンを食べに来てくれる常連だっているしな。腹減らしてるやつのためにラーメンを作る、飯が食えずに飢えるやつを一人でも減らす。それが俺の生き甲斐ってか、夢なわけよ」
    「…むむ…」

    まだ納得していない様子ではあるものの、竜三が珍しく夢などという言葉を使ったからか、仁はそれ以上の追求をやめたようだった。




    家々の明かりが少しずつ消え始める。そろそろこの辺りも眠りにつく時間だ。

    「馳走になった。今度は彼女と一緒に来るよ」
    「バカ、見合い相手をラーメン屋台に誘うやつがあるかよ!またお前一人の時に、新作の試食にでも協力してくれや」

    とんでもないことを言い出す仁に思わずツッコミを入れれば、世間知らずな彼はよく分かっていない様子でカラリと笑った。

    「おう?じゃあまたな」

    手を振り去っていく後ろ姿。疲れていても曲がらない背筋は、しゃんとして美しかった。彼はまた竜三の知らない世界へ帰っていくのだ。煌びやかで騒々しい、ネオンまたたく世界へ。

    「ぅーっし…」

    ポキポキと首を鳴らしつつ、竜三も撤収を始める。さっと切り替えられた頭の中は、明日の仕事のことでいっぱいだ。日曜はいつもの顔ぶれとは違う客がやって来る。彼らが頼むメニューに合わせて、材料の仕込みをしなければならない。チャーシューとネギは多めに、トッピングが切れた時に備えて予備の具も…
    そんなことを考えながら屋台を引く途中、ふいに『あ、大将』と声をかけられた。最近よく来るようになった貧乏大学生の源太だ。竜三の屋台で一番安い具なしラーメンに、コーンだけを追加したのをいつも食べている。ヨレっとしたチェック柄のシャツ、分厚い丸メガネが『いかにも』という感じである。

    「おぅ、こんな時間までご苦労さん。今日は来なかったんだな」
    「はい、先輩たちから飲みに誘われて、奢ってもらっちゃいました」
    「ここぞとばかりに食いまくったってか?」
    「ええ、もちろん!一生分の串揚げを食べさせてもらいましたよ」
    「ハハハ!そりゃいい」
    「明日の夕方また来ます。俺のコーン追加分、残しといてくださいっ」
    「おうよ、じゃまた明日な」

    源太はたらふく食べて飲んだ後だというのに、たったっと元気に走って下宿へ帰っていく。若いってのはいいねぇ…と年寄りみたいな台詞を吐きながら、また竜三は歩き出した。

    竜三もまた戻っていくのだ。いつもの汗くさくて忙しくて、地味な日常へ。
    貧しいながらも楽しい道。真反対へと歩いているはずの仁の道と、時折交わってはまた離れていく。そんな彼との関係もまた、竜三にとってかけがえのない日常の一部だ。


    屋台のタイヤが奏でるゴトゴトという音は、やがて静かな夜の空気へと溶け込んでいった。
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