こわいもの天蓋を降ろしたベッドの中は薄暗く、外からの音は聞こえない。
さきほどまで熱がこもっていた空間が、夢から覚めたかのように静寂に支配されている。
「こんなはずではなかったのだ」
柔らかな枕に頭をしずめたバンジークスは、告解でもするかのような面持ちで呟いた。
枕元に座る亜双義は、バンジークスの横顔を黙って見下ろしている。
「君から向けられるものは全て受け止める覚悟はしていた。
師事を望むなら応えるし、どうしても許せぬというなら喉笛を差し出そう。
そう思って、傍に留め置いていたのに」
「愛されるとは思わなかった?」
聞きながら亜双義は手を伸ばし、指先でバンジークスの額の傷をなぞる。
少しくすぐったそうに顔をしかめた。
「貴方が今一番恐れることをあててみようか。
……俺が貴方に飽いて、捨てられることだ」
バンジークスは何も答えない。だが亜双義を見る瞳が動揺を映している。
わずかに開いた口のかすかなわななきが、雄弁に肯定を告げる。
「俺は貴方の、手に入り得る全てが欲しい。身体もそのひとつにすぎん。
どうやら、一番欲しいものに手が届いたようだな」
くつくつと嬉しそうに笑う亜双義に、バンジークスは絵本でみた笑い猫を思い出す。
求められることばかり想定していた自分が、求めることになるとは不覚だった。
そんな戸惑いが見透かされている。
いたずらに眉間を撫でていた指が離れ、手の甲が頬を撫でる。
その滑らかな感触に、お互い触れ合っていた時の肌の熱さが蘇る。
「俺の今一番こわいものも教えてやろう。
貴方が俺にすべての関心を失い、去ることだ」
「あり得ぬ。それは、自分の犯した罪も葬り去るということであろう。
そんなことは決して」
その発言にバンジークスが勢いよく起き上がり、大きな声を出す。
眉間のヒビを深くして見下ろすその顔を、亜双義はこれまた嬉しそうに眺める。
「分かっている。あり得ない。だから、今の俺はこわいものなしなのだ」
バンジークスの頬を両手でつかみ、自分の顔に引き寄せる。
「今の貴方も、こわいものなしだぞ」
-完-