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    aamcdi

    自我/添削用

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    aamcdi

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    アサ晶ちゃん書いた

    天藍に輝くみなみのひとつ星 パーティに参加するのは初めてでは無い。思えば、賢者の魔法使いが揃ったときが初めてだった。それ以降バレンタインパーティや女王の見本市、ローザのサロンなど。思い返せばたくさんあった。
     初めてのパーティで見た大広間の壮大さを覚えている。そんな場所の隅に晶はいた。紳士淑女の平滑な会話を聴きながら、晶は夜の帳が落ちる窓の外を見つめた。大広間の光に反射して、窓の中に見慣れない姿が映る。いつも無造作に下ろしていた髪をサイドだけ残し、結い上げて煌びやかな宝石の髪飾りを付けている。――これはシャイロックが用意した髪留めに、ムルが真珠をはめ込んで作ったお手製だった。クロエが作ったイブニングドレスは白と青を基本として、指先まで伸びるレースのグローブや裾から見えるパンプスまで仕立て屋の技量が詰め込まれいる。華やかさと同じくらい洗練された衣装。たった一夜の為だけに、晶のために仕立てられた衣装だった。
     窓の向こうには大きな月が顔を出している。その光は噴水を照らし、水の流れがキラキラと星のように輝いていた。それを眺めて深呼吸をする。耳元で真珠のイヤリングが揺れた。もう一度深呼吸をして晶は背筋を伸ばした。何も恥ずかしくない。堂々とした表情で踵を返し裾を踏んでしまわないようにゆっくりと歩き出した。

     西の王宮から魔法舎に帰ってきてしばらくたった頃。無くなった掌理のゴブレットや、ノーヴァの動向を探りながら依頼をこなす日々。月初めのとある日、魔法舎へ戻ったアーサーと食堂で会った。久しぶりにアーサーとゆっくり朝食を取ることができた。その時の焼きたてのパンとコーンスープの香りと、彼の美味しいと笑う表情を鮮明に覚えている。
     食後の紅茶をネロが入れてくれた。お礼を言いつつ、二人向かい合ってお茶を飲む。タイミングを見計らったようにアーサーはシュガーを差し出した。それを見て晶もそっとカップを差し出す。ころりと落とされたシュガーは雪のように溶けていった。
    「ありがとうございます、アーサー」
    「賢者様がお望みなら、これからも私がシュガーをお作りしますよ」
     品良く、それでいてお茶目な王子様は肩を揺らして笑う。ふと彼はソーサーへコップを置いた。半分ほど残った紅茶が振動に揺れて、表面に波紋が浮かぶ。おもむろにアーサーは晶を見つめて、碧眼の瞳はなにか大切な事を伝えようとしていた。
    「賢者様、もうすぐ王都で生誕祭が行われるのをご存知でしょうか?」
    「生誕祭……それは、今の国王の?」
    「いえ、今月のちょうど満月の日は、初代国王アレク・グランヴェルの生誕祭なのです」
     カチリとカップを置いた音が耳元に響いた。脳裏にアレクと共に時代を駆けたファウストとレノックスそしてフィガロの顔が浮かぶ。
    「当日には王都でも祭りが開かれます。栄光の街のような屋台や出し物も多く、夜遅くまで賑わうそうです」
    「お祭り! 良いですね。リケやミチルが喜ぶと思います」
    「リケの好きな甘い物も売っているかも知れません」
    「……あの、もしかしてアーサーはお祭りに参加をしたことが……」
     お祭りというフレーズに思わず子供のようにはしゃいでしまった。依頼などでさまざまな街のイベントや栄光の街のお祭りを楽しむアーサーを見てきた。けれど、一番馴染みのある王都の行事を話すアーサーはどこか他人行儀のように一線を引いている。楽しみにしていた用事がなくなったように、寂しそうに眉を下げて首を横に振った。
    「生誕祭の王都の祭りには参加したことがないのです。その日、王宮でも舞踏会が催されていますので」
    「そうだったんですね」
    「少し寂しいですが、これも王子の務めです。それで一つ、賢者様にお願いしたいことがございます」
    「私に出来ることがあるなら、ぜひ」
    「ありがとうございます、賢者様! どうか私のダンスのパートナーになって頂けませんか?」
    「……え?」
    「えーー!!」
     ガタンと背後で椅子の弾みの音とクロエの歓喜の声が舞い上がった。嬉しさ満点といった表情でクロエがこちらのテーブルへとやってくる。
    「舞踏会でアーサーと賢者様がパートナーになるの嬉しいよ! 俺、二人の衣装作っても良いかな!?」
    「あ、えっとあの……」
    「ありがとうクロエ。だが私の衣装は王室の物があるから心配ない。クロエが良ければ、賢者様の衣装をお願いしたい」
    「あの……」
    「任せて! とびきり素敵な衣装を作るから……あ、ごめんね。賢者様の意見も聞かなくて」
     楽しげに輝いていたクロエの表情は、一転して不安げに菫色の瞳が揺れる。
    「あ、いえクロエの衣装すごく楽しみですよ! でも舞踏会ってダンスはあまり得意ではなくて」
    「それでは僕がお教えしますよ」
    「ラスティカ!」
     するりと背後から穏やかなテノール声が響いた。ラスティカはそのままクロエの隣に立つと、優雅に一礼をする。後ろ髪は風に撫でられたように、斜め上の方向へぴょこんと飛び出ていた。彼はそっと晶の手を取るとくるくると回りはじめた。
    「わわっ……!」
    「もうラスティカってば、ダンスの練習は今じゃなくっても良いだろ?!」
     ラスティカの突然始まったダンスステップに翻弄され、目を回しかけた頃クロエから静止の声がかかる。ムルほど突発では無いにしても、彼も西の魔法使いらしく心躍る瞬間を心のままに委ねるのが得意だ。それ以上にラスティカは貴族出身でもある。社交界のしきたりやダンス、作法などにも成通している。先生役には適任だろう。なんとか椅子に座り、ぼんやりとした頭で考える。同じことをアーサーも思ったのか、少し考える素振りを見せたあと目を細めて笑った。
    「それではラスティカには賢者様のダンスの先生をお願いしたい」
    「お任せ下さい、アーサー王子。賢者様も」
    「衣装もダンスの先生もありがとうございます。クロエもラスティカも……それにアーサーも、舞踏会までに踊れるように練習しますね」
     ぐっと決意を新たに、拳を握りしめるとアーサーは優しく晶と視線を合わせた。
    「ご心配には及びません賢者様。ステップを間違えても私がリードいたします。どうか安心して委ねてください」
     緊張で握りしめた手をそっと解くように、アーサーは優しく、そしていたずらっ子のようにパチリと片目を閉じた。

    「晶様」
    「アーサー」
     窓辺から戻ってきた晶を見つけると、アーサーはそっと隣に立つ。一礼すると優雅に手を差し出した。彼の白い手袋には金色の刺繍が施されている。青と白の衣装にも同様に丁寧に施された刺繍がキラキラと輝いていた。彼の手にそっと指先を重ねると、ゆっくり歩き出した。
     アーサーの先導に身を委ねながら、ラスティカと共に練習したダンスステップを思い出す。腰を支える彼の手は安心そのもので、不安も欠片もないと思っていた。――さっきまでは。
     くるりとステップを回りながら、晶はたくさんの視線が自分に注がれている事に気づいていた。アーサーの衣装と対になる白と青のドレス。アーサーのパートナーとして用意されたドレス。それを着た晶へ向けた羨望だけではない、もっと深く、黒い感情を乗せた視線。百合の刺繍が施された裾がふわりと花のように広がる。彼の賢者の魔法使いの証である紋章は、手袋の中に隠されてしまっている。それが今だけ、ほんの少し晶を寂しくさせた。中央の王家、その国章を背負うアーサーを晶はちらりと見つめる。見定めるように、たくさんの視線が降り注ぐ中で彼は一人歩いていたのだと。オルガンの音色が何処か遠くに聞こえた。
    「――晶様」
     ダンスのテンポを落とすことなく、安心させるように添えられた掌がじんわりと熱を帯びた。ふとアーサーと目が合うと、お忍びで王都に出かけた時のような表情をしていた。気取られない程度に視線を下げ、晶に届くようゆっくりと言葉を紡いだ。
    「晶様、どうか私を信じてくださいますか?」
     アーサーは笑っていた。聞かなくても分かっているのだろう。それでも晶の心に寄り添うように、晶の言葉を待っている。
    「信じています。アーサー」
     ふわりと彼は笑った。謀略も嫉妬も渦巻く世界で、子供みたいに。
    『パルノクタン・ニクスジオ!』
    「わっ、アーサー!」
     くるりとターンのステップを踏んだかと思えば、彼は呪文を唱えた。一瞬にして大広間にキラキラと光る結晶が散りばめられた。まるで夜空に浮かぶ星のように。ダンスを観覧していた者も、踊っていた者も全員が動きを止めてそれを見上げていた。ポツリと美しいと観劇の声も上がる。
    「良いんですか?こんなときに……」
    「こんなとき、だからこそです」
     たくさんの視線がなくなった瞬間、彼はそっと晶の手を取った。白鳥が水面に顔を近づけるように、アーサーは晶の手の甲に口付けを落とす。そのままそっと手を引いて走り出した。
    「私はこの国の王子ではありますが、魔法使いですから」
     耳元で内緒話をするように彼が近付いた。
    「舞踏会を抜け出すくらいします」
     耳元に響いた声はとても楽しげで、晶は思わず声を出して笑った。
    「あはは! なら私もお供します、アーサー」
     そうして二人、バルコニーへと駆けて行った。手を繋いで。子供のように。
     

     ❁ ❁ ❁
     

    「アーサー殿下! あろうことか魔法をお使いになるとはいけませんぞ!」
     子供のように広間から逃げ出した二人は、肌が冷える前にドラモンドによって連れ戻された。まさか舞踏会まで様子を見に来ていたとは。アーサーは驚きつつ、困ったように肩をすくませた。
     窓際にあるセティに腰掛けたまま、ドラモンドの小言に苦笑するアーサーの横顔を眺める。その横顔は悪戯が見つかった少年のようだった。
     (こうして見ると、ほんとに十七歳の少年だ)
     王位継承権第一位の王子であり、厄災から世界を守る賢者の魔法使い。幼年期をオズの元で過ごしたあと十三歳で連れ戻された。波乱万丈なその人生は十七歳の子供を大人と同等に成長させたのだろう。
     どこからか空いた窓の隙間から、冷たい風風が晶の頬を撫でる。ここにサクちゃんがいれば、ふわふわな背中に鼻先をうずめていたかもしれない。あの子はいま、カナリアと共に別室で待っていてくれている。
     ちらりとこちらに視線を向けたアーサーと目が合う。申し訳なさそうなその表情を見て、気にしないでと小さく手を振る。息を吸い込んで吐き出す。こつりと革靴の音が鳴った。北の大地を背負ったような男が晶へと視線を向ける。
    「オズ。どうかしましたか?」
    「…………」
     オズは何を言おうか悩んでいる様子でゆっくりと晶とアーサーを一瞥する。するりとその後ろから軽薄に笑みを浮かべたフィガロは軽やかに、晶の隣に座った。
    「遠くで見てたんだけどさ、逢瀬は失敗だったね」
    「逢瀬……もう、そんなんじゃありません」
     ふいっと思わずフィガロから視線を外す。変な勘違いをされているようで、頬に熱が集まった。
    「……賢者よ」
    「はい」
    「フィガロは、おまえを心配しているだけだ」
    「おい、こら、勝手に何言ってるんだ!」
     きょとんとオズとフィガロを見つめる。以前より比べて二人の間にあったものが少し穏やかになったような気がした。
    「ふふっありがとうございま……むぐぐ」
     フルーツのカナッペが口元に押し込まれる。むぐむぐとそれを食べながら、少し恥ずかしそうなフィガロの横顔を見る。
    「君を怒らせたかった訳じゃないんだ。ごめんね」
    「怒ってませんよ……アーサーは、気疲れした私を心配して連れ出してくれたんです」
     自分がアーサーのパートナーに選ばれた理由がなんとなく分かっていた。晶へ向けた刺すような、一挙一動を見定めるような視線。魔法に目もくれず、手の甲に落とされた口付けを妬ましげに見つめる視線。ふるりと肩が震えるのを、背筋を伸ばして隠す。
     貴族や王族がどのようなものか晶には分からない。けれど許嫁やそれに近しい人物がいてもおかしくはないのだと、今回の舞踏会に参加している歳若い男女のダンスを見つめて思った。アーサーの年齢でそのような人物がいないのも、彼が魔法使いだからだろうか。
    「なんというか……その、魔除けのようなものだと思っています」
    「君が?」
    「えっと……たぶん?」
    「本当にそうでしょうか?」
    「シャイロック……」
     セティの背もたれに片腕を置きながら、ワインで口元を濡らす。その優美な仕草は、月夜に照らされた花のように美しい。
    「クロエから、あなたを誘うときの彼は真剣そのものだったと伺っていたので」
     一瞬ひやりと冷たい風が背を撫でる。
    「おい、ものすごく目立ってるぞ」
    「ものすごく、目立ってますね」
    「シノ、ヒース」
     礼服を着こなし、一層美しさを纏ったヒースクリフと付き添うようにシノが軽食と飲み物を持っていた。窓際とはいえ、東西南中央の魔法使いが揃っている。月が昇るこの時間オズは魔法が使えない。しかしそれを知らない者たちからすれば、いまここにオズがいるだけで奇異の目に映るだろう。ワインを揺らし、困ったようにシャイロックは眉を下げた。
    「ヒースクリフが東の使者として舞踏会に出ることを考えれば、我々も各国の代表の名目で参加せざるを得ません」
    「オズは北兼任だけどね」
     晶がアーサーとパーティに出ると決まった頃、ヒースクリフもパーティに出ることが決まった。ほかでもない東の王宮からの勅命だった。優しく微笑みながら、ヒースクリフの背にはブランシェット家と東の国を背負っている。
    「でも賢者様もご一緒で嬉しかったですよ。もちろんシャイロックも、フィガロ先生もオズ様も」
    「ヒースクリフは西の王宮でも東の立場を表明する為に立ち回って下さったのですから、私共もせめてもの恩返しですよ」
     苦笑を浮かべながら、フィガロはひょいっとカナッペを食べる。
    「西の国に肩入れしないことを示す為に、今度は中央の国に使者を送るなんて大変だねぇ」
    「……西と中央でなにかあれば、巻き込まれるのは東の国ですからね。中立の立場というものは一番気苦労が多いことでしょう」
     シャイロックとフィガロの会話を聞きながら、西の国で起こったこと、魔法舎で起こったこと、オズから聞かされたことを思い出す。ツキンと痛む胸を隠すように晶はシノに視線を向ける。
    「シノすみません、良かったらその飲み物頂けませんか?」
    「いいけど……これ酒が入ってるから下げさせたやつだぞ」
    「大丈夫です。少しだけ」
     一瞬だけ訝しげに真紅の瞳が細まる。それでも何も言わずにカクテルを手渡した。晴天の空のように青い色をしている。すんと嗅ぐと、オレンジの爽やかな香りが広がる。
    「おや、賢者様。そちらはアルコール度数が高めなので一口だけになさって」
     シャイロックの忠告に頷きながら、一口こくりと飲み込む。甘酸っぱく口当たりも軽やかだったが、強いアルコールのせいかぶわりと肌が粟立つ。
    「うっ……アルコール強いですね」
    「まったく、だから言ったろ」
     ひょいっと右手からカクテルを奪い取られる。
    「わっ、賢者様お顔が真っ赤に……」
    「あららお水いる?」
     口元を押さえながら、じんわりと身体中にアルコールが回っていく。わたわたとヒースクリフが焦る。
     (……申し訳ないな)
     ぐるぐるとあがる体温を感じながら、慣れないお酒を飲んだ罪悪感が背中につたう。煌々と晶の後ろで光る大いなる厄災。考えなければならないことはたくさんあって、どうすれば良いのだろうと。たまに海の底に沈んだみたいに、息をする方法さえ分からなくなるときがある。するとじっと黙っていたオズはドラモンドと話すアーサーを呼んだ。
    「アーサー」
     ふと振り返り、晶と目が合う。すっと天藍の瞳が揺れてアーサーはこちらに向かってきた。
    「オズ様、賢者様」
     心配そうに晶の様子を見ていたヒースクリフは立ち上がって、アーサーに譲る。熱の昇った頬にアーサーの手が触れた。肌触りの良い白い手袋越しにひんやりとして思わず吐息が出る。
    「す、すみませんアーサー。お酒を少し飲んでしまって」
    「……いえ、でしたら酔いが冷めるまでお部屋で休まれて下さい。私がお連れします」
    「えっ、でも……」
     そっと晶の手を引き、セティから立ち上がらせる。一瞬ふらりと足元が揺れたが、アーサーは何も言わずに腰に手を回した。
    「すまない、少しの間だけこの場を任せてもいいだろうか?」
    「おや、この場の主役ともあろうお方が抜け出すなんて、とても面白いですね。私は構いませんよ」
     微笑を浮かべながら、シャイロックはいつの間にか取り出した煙管を口に含む。その様子はなにか見物するように楽しんでいるみたいだ。
    「俺も大丈夫です。賢者様のことお願いしますアーサー殿下」
     シノも同様に頷いて、フィガロはにこやかに手を振る。オズは少し考えたあと口を開いた。
    「……あまり遅くならないように」

     
    ❁ ❁ ❁


     大いなる厄災がカーテンの隙間から青白い光が伸びる。顔を真っ赤にした晶を支えて、カナリアが待機していた部屋まで向かい、備え付けのカウチにそっと晶を座らせる。カナリアには冷たい氷と水を頼んだため、いま部屋にいるのはアーサーと晶だけだ。
     晶の隣に腰掛けるとアーサーは手袋を外し、火照った頬に掌を当てる。十七歳の歳下に、一国の王子に、甲斐甲斐しく世話を焼かれてしまい晶はますます縮こまった。
    「すみません……」
    「どうしてお酒を?」
    「……いろいろと、その……考え事をしてしまって、悪い方に考えてしまうから気を紛らわそうと……すみません」
    「私こそ、賢者様のお気持ちに気が付かず申し訳ございません」 
     悲しげにアーサーは眉を下げる。頬に触れる彼の手が晶の体温で温くなる。そんな顔をさせたかった訳ではない。思わず頬に添えられた手を握って笑う。
    「あの……お酒が抜ければまた踊れると思うので……」
    「賢者様、今日はもう大丈夫ですよ」
     すっと火照った頭が水を被ったように冷える。舞踏会が終わるまでまだ数刻ほどある。彼は今日の主役だ。それなのにパートナーが酒に酔って居ないとなれば、どんな印象を与えてしまうだろう。おろおろと先程の失態を思い浮かべて、思わず瞳に涙が浮かぶ。
     (自業自得なのにこんな……)
     焦るように言葉を思い浮かべる。
    「私にパートナーとしての役目を果たさせてください! ……ご令嬢を紹介されているのも、そういう場であることも知っています。なので、私がいれば、都合が良いのかなと……思っていて……」
     明らかになにか余計なことを言った気がする。働かなくなった頭がぐるぐると回り、悲鳴を上げてしまいそうになった。
     (何を言っているんだ私は……)
     ふとアーサーは顔を伏せる。前髪に隠れた天藍の瞳は何を映しているのか分からない。どうしたものかと思考を巡らせていると、トンっと肩を押される。カウチの柔らかい座面が後頭部に当たり、アンティークな壁紙の天井が瞼の端に映る。カーテンから漏れる青白い光がアーサーの髪を照らし、キラキラと星のように輝いていた。晶の目の前に映る天藍は、まるで移ってしまったように熱を帯びている。それを見つめながら、いま晶はアーサーに押し倒されているのだと回らない頭で気づいた。
    「あ、アーサー?」
     抜け出そうと体を動かしても、彼の脚でがっしりと固定されていてぴくりとも動かなかった。彼は何故か苦しそうに息を吐き出した。
    「晶様は……あなたが女性だから私がパートナーに選んだと思っていらっしゃるのですね」
    「……ち、違うんでしょうか?」
    「違います」
     考えなくても彼が怒っていることは明白だった。いつもの人懐っこい笑顔が消え、真顔で見つめる様は顔が整っているのも相まってとても怖い。顔を動かすと、括った髪が座面に擦れて乱れる。
     アーサーはサイドに流していたチョコレート色の髪をすくうとそっと口づける。そのまま流れるように晶の頬を撫で、首から胸元へと指先を這わせた。首元のレースのリボンを悩ましげに撫でると、しゅるりと解く。慌てて止めようとする晶の掌を頭上に追いやって、晒された首元を啄むようにキスをした。小さくリップ音が響く。
    「ひぇ……く、くびに……」
     自由の効くもう一方の手で首元を押さえながら晶は顔を林檎のように染め上げて、わなわなと震えている。息を潜めながらアーサーは笑うと、恥ずかしがる声を塞ぐように口元を撫でる。
    「どうか分かってください晶様。あなたがもし男性だったとしても、私は同じことをしました」
     丁寧に塗られた口紅を取るように、彼の親指が唇を撫でる。
    「あなたが男性でもあなたとパートナーになることを望んで、あなたの腰に手を回して、あなたが酔えば部屋まで送り……こうして押し倒してキスをします」
     そっと親指が離れると、指の腹に紅色が移っている。アーサーはそれを自分の口元にあてがい、するりと指を動かした。それはまるで本当にキスをしたように、彼の唇が赤く染っている。月明かりに照らされたそれはより一層目立って、晶は堪らなくなった。酔いだってもうどこかに行ってしまっている。息をするのも忘れて、はくはくと空気を求める魚のように口が震えた。
     細められた瞳に視線を奪われる。ゆっくりと近づく赤い唇に恥ずかしさが頂点に達して思わずぎゅっと目を瞑った。

     
    「わっ……!」
     瞬間、顔面には黒いもふもふが当たった。
     (……もふもふ?)
     おでこにはしっぽのようなものが、わさわさと当たっている。
    「むぐぐ……サクちゃん?」
     いつの間にか自由になった両手でサクちゃんと思わしきもふもふを剥ぎ取る。にににっ…と小さく鳴き声をあげながら、アーサーの顔を前足で押しのけているでは無いか。
    「わーーー!! サクちゃん!!」
     思わずぎゅっとサクちゃんを抱きしめると、アーサーはよろりと起き上がる。先程の妙に色気を纏う姿ではなく、拗ねた子供のようだった。
    「……やはり、かないませんね」
    「……アーサー、口がとがってますよ」
    「元からこうです」
     カウチに座り直して、彼は恥ずかしそうに口元を覆った。晶も起き上がり、膝の上でサクちゃんが暇そうに伸びをしている。乱れた髪を整えて、晶はアーサーに向き直った。
    「アーサー、ありがとうございます……そう言っていただけて嬉しかった」
     そっと彼の手を握る。
    「あなたの想いを知りながら、うやむやにしてしまっていることも申し訳なく思います。それでいて、あなたの隣に並ぶ女性にもやもやしてしまって……矛盾しているな……と」
     月明かりが彼の銀髪を照らす。
    「大いなる厄災のことも、考えることもいっぱいあって……」
     口に出しては言えないけれど、オズから聞いた彼の予言のことが脳裏に過ぎる。
    「もう少しだけ時間を下さい……その、唇にキスをするの……我儘かもしれませんけれど」
     晶はすっと息を吸い込んで、アーサーの手を引っ張る。自分は魔法が使えないけれど、いま想う精一杯の祈りを込めて、アーサーの頬にそっとキスをする。驚いたように彼は目を見開いて、白い肌がじわじわと赤く染まる。
    「……そのようなことをされたら、耐えられません」
    「むっ……私もそうです」
     そっと二人、小さく笑い合う。そんな二人を大いなる厄災は見定めるように見つめている。カーテンの隙間から漏れる月の光を見つめながら、晶は心の中で思った。アーサーはきっと大いなる厄災で先頭を駆けるだろう。誰一人失わない為に、理想の為に。
     (なら私は、その一等星に寄り添う星になりたい)
     魔法が使えなくても、晶にできることでアーサーをそして、賢者の魔法使いたちを守って寄り添える賢者になりたい。
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    Replies from the creator

    aamcdi

    DOODLE前編でけた
    奇々怪々な森とあなたへのロンド/ヒス晶♀︎ 雨が降り続いている。でもその雨は暖かくて、窓に打ち付けられる音の居心地が良かった。よく目を凝らしてみると窓の向こうに桜が舞っていた。雨に打たれる桜の花びらがとても綺麗で、ぼんやりと見つめていると、かちゃりと食器の音が鳴る。珈琲を持ってきた店主はごゆっくりと澄んだ声でそれを置き、去っていった。私はお店の中から桜を見ていた。窓際の二人掛けの席に座っている。なぜだか誰かを待っているような気がした。しかしその人が誰なのかぼんやりと雲がかかったような、水の中に隠されているような奇妙な感覚を覚えた。カップの中から湯気が立ち昇る。すると、来店を思わせる鐘の音が鳴った。入ってきたのは一人の男性らしい。店主の見知った人なのか、一言二言気さくに会話している。知らない人の顔をじろじろ見るなんて、申し訳なさの波が足元をくすぐった。けれどとても綺麗な顔の人で、不思議と二人が話すカウンターへと視線が伸びる。ぱっとこちらを振り向いた男性は誰かを探すように視線を漂わせ、店内の一番奥にある二人席、そこに座る私と目が合った。初めて会ったはずなのに、なぜか知っている人だった。名前は何だったっけ?なんで知っているんだっけ?たくさんの疑問が浮かぶ。でもそれらの答えは見つからないまま、その男性は私の隣まで歩いてきた。
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