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    ネオン(どシコりシコ太郎)

    @neon_ug

    @neon_ug
    ここをFGOの帝都騎殺/龍以のえっちな作文とか絵とかを格納するキャンプ地とする🏕️すけべな人だけ通りなさい

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    12/17に出るか出ないかシュレディンガーチャレンジしてる新刊の冒頭
    説明が多いんだけどこのくらいわかってもらわないとあんまり楽しめないかなと思うので
    坂本くんが高杉くんと久坂くん(あのクソ短えセリフ群から類推している)とお仕事先に向かうところ 岡田はなかなか出てこないので許して欲しい オリキャラのばあちゃんがよく喋る

    坂本くんと岡田くん 廃業酒蔵再生譚 坂本さん。
     運命ちゅうがはなぁ。運らぁ言うても、カミサマが決めよるもんじゃあのうてな。
     幾つもの選択が重なって出来よった、ただの結果を振り返ったもんながよ。
     やき、どうか後悔ばぁせんように、こん先んこと、考えとうせ。

    「うんめい……」
     つい先日、故郷の土地で聞いた依頼人の老女の言葉が頭に響く。
     ——いま、まさに自分は選択すべき時を迎えている!
     美丈夫はそう確信すると、観客の居なくなったトークステージの壇上へ駆け上がる。そして、その場に立ち尽くしている酒屋半纏を羽織った若い男の両腕をきつく掴んだ。
    「以蔵さん!」
    「へっ?」
     真正面からつかまえられて身動きも取れない男は、前髪に隠れて片方だけ覗く大きな眼をこぼれ落ちそうなほどに見開いた。
    「以蔵さん、後生やき」
    「りょうまぁ⁈」
     懐かしく、未だ焦がれるほどに愛しい琥珀のひとみ、少し掠れたような声。
     触れた途端に周囲のすべてがいろづくような、鮮烈な感覚!
    「どういておまんが……」
     驚嘆と動揺、困惑と混乱を綯い交ぜににした質問に答えることもせず、青年は臓腑から言葉が迸るのを感じた。
    「頼む、わしんくに来とうせ!」
     変わらない幼馴染の、少し大人びた、それでもあどけない顔がよく知る表情に変わる。そして、お得意の台詞が場に響いた。
    「………………はあああああ⁈」



    【坂本くんと岡田くん 廃業酒蔵再生譚】

     第一話:思い立ったが吉日



    「よう、元気にしてたかい、坂本くん」
     軽快ではあるが軽率ではない、他人を推し量るような男の声。
     助手席の友人が話し始めたのを聞いて、運転手はそっとカーステレオの音量を下げる。
    「まあなんとか、生きてはいるよ」
     一方で坂本と呼ばれた男は後部座席から、素直な所感を投げ返した。
     ここは初夏の高知。
     青々としげる山の木々を右手に、左手には昔ながらの瓦屋根が多く残る街並み。そのすぐ先にきらきらとさんざめく海原を眺めながら、白いミニバンは三人の男を乗せて、目的地へ向かっている。
    「それは上々」
    「それにしても高杉さんに直に会うのはいつぶりかな? 大学卒業して以来とか?」
    「そんなことはないだろ、ほら、二年前の新オフィスの披露パーティーに……呼んだけど来なかったな、君」
     深いボルドー色をしたストレートの短髪、ややセンターパート気味の前髪から覗く切長の瞳が不機嫌そうに細められる。
     高杉が過去の不平を漏らしだす前に、後部座席の男は話の矛先を他所へ向けた。
    「あの日は忙しくて……それより、紹介してもらえないかな? 彼のこと」
    「ああそうだった! この運転手が今回の相談の元凶だぜ」
     ばしっ、と肩を叩かれた運転手はミラー越しにちらりと後部座席へ視線を送ると、ようやく口を開いた。
    「元凶とはなんだ、元凶とは……ああ、はじめまして、久坂です。お聞きかもしれませんが、晋作とは古い馴染みで。こいつは今や立派な社長サマですが、僕はこの土地でしがない酒の卸問屋をやってます」
    「はじめまして、坂本龍馬です。今はM&Aコンサルタントとして会社に勤めています」
    「すみません、お忙しい中こんなところまでご足労いただいてしまって」
     久坂がぺこりと頭を下げる。
    「いえ、高杉さんにはいつもよく世話になっていますし、なにより僕は高知出身でして。このところしていなかった里帰りができて寧ろ有難いくらいです」
    「そうおっしゃっていただけると、少し気持ちが楽になります」
    「なんだなんだ君たちばかり、僕にも話をさせろよな!」
     黙っているのが苦痛らしい助手席の男は、人差し指で膝頭を叩いたかと思うと、頼まれてもいない自己紹介をつらつらと述べ始める。
    「おい晋作、今をときめくユニコーン企業の社長サマのことはもう聞き飽きたよ」
    「僕も高杉さんの紹介ならそろそろソラで言えるかもなぁ」
    「おいそう言うなよ、最近学生ベンチャーの時代の苦労話の導入をアプデしたんだって!」
     矢庭に賑やかになったミニバンは、午後いちばんの陽光の中を軽やかに駆け抜けていく。



     そうして、車が辿り着いたのは高知駅から小一時間離れた港町だった。
     西の国特有の、狭く曲がりくねった車道のすぐ側に古い家が建ち並んでいる。民家の壁にはかなりの頻度でなにかしらの商いを示す看板が貼り付けられており、そのうちの多くはこのあたりで獲れる魚介類を、主に観光で訪れる客に向けて販売する店のようだ。
    「店の看板古! 昭和のままじゃないか! いかにも港町って感じだな!」
     悪気なく笑う高杉に、久坂が相槌を打つ。
    「もう少し山側の方に駅舎があって、この辺りは一応観光市場に向かう道筋なんだ」
    「普通の客も行けるのか?」
    「ああ、観光用だからな、大歓迎されるぞ」
    「へえ。近いなら後で冷やかしてみるか」
     パワーウィンドウを下げ、外の景色を間近に眺めながら、赤髪の男は口笛をひとつ吹いた。
    「そういえば、坂本くんの実家は高知のどの辺なんだ?」
    「僕の家は高知市内だよ。最初に落ち合った高知駅から車で二十分もかからないくらいかな」
    「ふうん。この仕事が首尾良く運ぶようなら、次は君の家に顔を出すのも面白そうだな」
    「ふふ、確かにそれは面白そうだ」
    「あっなんか嫌な予感がするぞ! 今のナシナシ!」
     高杉がぶんぶんと片の掌を横に振ると、開いた窓から入り込んだ新緑の青い香りが車内に行き渡る。
    「よし、もう間も無くだぞ」
     運転手が隘路を器用なハンドルさばきで通り抜ける。周囲はいつの間にか木造の民家ばかりになって、真っ直ぐ舗装された道が少し開けた進路方向側に、一際大きな木造の平屋が見えてくる。軒先には生成色の暖簾がかかり、さらにその手前には杉玉と呼ばれる酒蔵や酒屋のシンボルが飾られていた。
    「さあ到着だ。おつかれさま」
     平屋の向かいにある広い駐車場に車を停めると、久坂はにこやかにふたりへ笑いかける。
    「ありがとうございました」
     龍馬は礼を述べ、車から降り手荷物をラゲッジから取り出しにかかる。一方の高杉はのんびりと大きく伸びをして、普段見ることのない田舎の風景を物珍しそうに検分している様子だ。
    「ふあ〜……ずっと乗り物に乗ってるだけってのも味気ないな」
    「そうか? じゃあ帰りは君が運転すると良い」
    「そういうことじゃあない」
    (オトメゴコロのわからんやつだな!)と高杉が毒づくのに久坂が首を傾げていると、そこへ両手いっぱいに紙袋を下げた龍馬がやってきた。
    「待たせたねっ……と」
    「ずいぶん大荷物ですね?」
    「わはは多すぎるだろそれ! なにがどれだけ入ってるんだ⁈」
     指をさされ笑われた美丈夫がムッとした顔で答える。
    「手土産だよ、足りないより多い方が良いだろ?」
    「加減ってものがあるだろうが」
    「それ高杉さんに言われたくないなぁ」
    「こっちのセリフだ、こっちの!」
    「さて、時間もちょうど良いし……ふたりとも、行こうか」
     久坂は腕時計に目を走らせると、一足先に車道を渡り平屋の——もとい酒蔵の、客用入口の暖簾をくぐり抜けた。
    「あ、久坂、待てってば! ほら坂本くん、ぼんやりしてないで僕たちも行くぞ」
    「はいはい」
    「君、はい、は一度で良いって習わなかったのか!」
     ぎゃんぎゃん捲し立てながら先鋒と同じく暖簾の奥に友人の背が消えると、ぽつり、龍馬はその場にたったひとりで立ち竦む。
    「…………」
     古い瓦屋根は固定する桟木にどうやら竹を用いているらしい。白い土壁と枯れた色をした木板のコントラストが美しい佇まいの酒蔵は、流石に一部改築はしているものの、基本は江戸中期に創業したときのまま、と聞いてはいた。しかし実際こう目の当たりにしてみると、言葉では表せない凄みのようなものがひしひしと伝わってくるようだ。
     龍馬はそれを心地よく感じながら、高く掲げられた、緑色の褪せた杉玉の下に立つ古い木製の看板をじっと見詰める。

    『地酒海神ワダツミ 醸造元 綿津見ワダツミ酒造』

     この酒蔵が、彼の本日の目的地だった。



     暖簾をくぐった先は、こじんまりとした蔵併設の直売エリアのようだ。
     採光のための窓がほぼないため、昼前だというのに白熱灯が照らす内観はレトロな、というにはいささか古すぎるのかもしれないが、白土壁と焦げ色の木板が柔らかい暖灯と妙にマッチして見える。
     入って右手側の常温棚にずらりと並ぶ酒の数々。逆側にあるスペースには大きな木製の丸テーブルがあり、その上に試飲用のボトルが詰め込まれた小さな冷ケースが置かれている。
     さらに少し奥にはまるで役場のように、事務所と受付を一緒くたにしたような対面カウンターがあるが、そこには誰も見当たらない。
    「ん? まずはご自由に試飲をどうぞ、とはまた切符が良いな」
     ざっと周囲を見回してから棚の上の酒を物色していた高杉は、目敏く試飲誘導のPOPを見つけると、試飲コーナーへ足を向ける。
    「度を越えた試飲をするような客は来ない、ってことじゃないかな」
    「どれ、じゃあお言葉に甘えて……坂本くん、君もどうだい」
     華奢な手がまさに冷ケースの扉を開こうとしたとき、店の奥から久坂の呆れたような声が聞こえた。
    「晋作、流石にそれは後にしてくれ」
    「あれま、別にえいがやないのぉ。折角やきねぇ、呑みながら話聞いてもろうても」
     続いて女の嗄れ声が追いかけてくる。
     高杉と龍馬が視線を移すと、やや腰の曲がった、柔和で小柄な老婆がそこに立っていた。
    「まっこと遠いところからよう来てもろうて」
     優しい笑顔には所々深く皺が刻まれており、短くふわふわとした真っ白な髪の毛はまるでプードルのような愛らしさを湛えている。
    「こちらが現在の蔵元さんだ」
     老女は深くお辞儀をしてから、ゆっくりと名乗った。
    「どうも、西森です」
    「はじめまして。僕は高杉と言います」
    「はじめまして。坂本です」
     対するふたりは共に華やかな笑顔を浮かべたが、坂本がスマートに一礼を返したのと対照的に、高杉は片手をラフに上げるばかりだ。
    「おい晋作、お辞儀くらいしろ」
     見兼ねた友人は高杉の頭を片手で易々と掴むと、無理矢理それを下げさせた。
    「痛ッ、なんだよ離せよ!」
    「子供じゃあないんだぞ、しっかりしろ」
    「しっかりしてるだろうが!」
     久坂と高杉が小競り合いを始めると、それを見ていた老婆は快活に笑い声をあげ、馴染みの酒屋の方へ質問を投げかける。
    「その赤い髪の子があんたがぎっちり言いゆう社長さんかえ」
    「えっ⁈ いや、そうですが別に、しょっちゅう話なんて……」
    「?」
     突如狼狽えるように掴んでいた頭をリリースした男に変わって、自由を得た彼の旧友は背を逸らしドン、と胸板を叩いた。
    「そうそう! なんか便利なあれやこれやを開発してたらいつの間にか社長になってたのがこの僕! 高杉晋作!」
    「あれまぁ、ちくとも偉そうに見えんねえ」
    「それは褒め言葉として受け取っておこうかな。さあ、ご老体。立ち話もなんだし、詳しい話はどちらでお聞きすれば?」
    「それ、客から言う台詞かい?」
     傲岸だが不遜を感じさせない、どこか人を惹きつける友人の振舞いにやっと口を挟んだ龍馬へ、赤髪はひとつ、ウィンクを返した。
    「おばあちゃんを立たせっぱなしなんて悪いだろ! 気遣いってやつだよ、気遣い」



    「ほいたらこれはお茶な」
     かたん。年季の入った木製のテーブルの上へ、湯呑みがひとつずつ置かれていく。
     あの後三人が通されたのは販売スペースを抜けた先、蔵の手前にある古い和室だった。
     黄色く変色した畳にはふかふかの座布団が敷かれ、その上にある者は正座で、ある者は胡座で、座り込んでいる。
     老婆は曲がった腰をさらに曲げながら、存外軽い足取りで襖の奥に消えると、もう一度お盆に何かを乗せて戻ってきた。
    「はい、こっちはうちの酒。いちばんえいやつながよ」
     湯呑みの隣に並べられたのは試飲用の小さなお猪口だ。
     龍馬が中を覗き込むと、透明な液体がとろり、豊かで好ましい粘度を保って表面を揺らす様が見て取れる。
    「西森さん、」
     それでなくても既に、主に彼の既知の友人が腕白な行動をしていることを気に病んでいた久坂がつい非難めいたトーンで老婆を呼ぶ。
     しかし、老婆はにこにこと笑顔を絶やさぬまま、むしろ久坂の方を窘めるように言った。
    「えいえい、車運転しゆうがは久坂さんやろ? それやったらおふたりには呑んでもろうた方がえいろう」
    「まあ、…………西森さんが良いなら、僕は構いませんが……」
    「それじゃ、お言葉に甘えて。いただきまーす!」
     どうぞ、と勧められる前にお猪口を軽くあおった高杉は、一瞬ぴたりと動きを止めると、パアッと顔を輝かせた。
    「おい坂本くん、ヤバい、これマジで美味いぞ!」
    「お口に合うたようで良かったわぁ」
    「お世辞じゃないぞ、本当だって! これも仕事の一環だぜ、ほら!」
    「えっと……」
     隣に座った男に肘でぐいぐいと脇腹を突つかれても、龍馬はなかなか酒盃を手に取ろうとはしない。
    「ん? あんたはお酒、弱いんかえ」
    「ええっと……」
    「おばあちゃん、こいつは土佐出身ですよ。飲めない訳がない!」
    「たまぁ、そがぁご縁があったがやねぇ。ほいたら遠慮せんで、これっぱあじゃ味もようわからんろ」
     高杉の明らかに余計な一言が響く。それを聞いて老婆は顔を更に綻ばせると、テーブルの上に乗せていた四合瓶の蓋を開け、龍馬が盃を空にするのを今か今かと待ち構える。
    「いやいやいやいや、まずはこれで!」
    「ほうかえ? それやったら、またあとで色々飲んどうせ」
    「ええ、そうします……!」
     平日の真っ昼間、しかもまだ商談にすら入っていない状態で飲酒するのは如何なものかと思いはしたが、今回ばかりは飲まない方が失礼に当たりそうだ。
     龍馬は意を決して、机に置かれた陶磁の、白に青線の入った利酒用の器を手に取った。
     ふわり。
     口元に近付けたそれから、えも言われぬ穏やかな甘い香りが漂う。
    「これは……」
     いわゆる吟醸香という、日本酒独特の香気成分だ。使われている酵母などの影響によって、果実や花に似たさまざまな香りを感じることができる。
     いま龍馬が手にした器からは、派手ではないがクリーンな、リンゴと白い花をメイン
     据えた匂いが広がっていた。
    「じゃあ、いただきます」
     形の良い唇を酒器に寄せて、まずは一口。舌の上を滑らせるようにして口内へ液体を送り込むと、最初に少しだけピリリとしたアルコールの心地良い刺激が走り、それを包み込むように優しい甘さと旨さ、酸味が渾然一体となって喉奥をするり、転げ落ちていく。
     立つ鳥跡を濁さず、といった趣のキレの良い後味、最後に口腔と鼻腔には豊かな酒本来の戻り香が残るばかりだ。
    「うわ、美味しい……!」
    「だろ? 呑んで正解だな」
    「ほれ、おかわりならこじゃんとあるきね」
     美酒のおかげで矢庭に湧いた客間に突如、こほんと大きな咳払いが聞こえる。
    「……え〜と、西森さんに、ふたりとも。そろそろ本題に入って良いか?」
    『あ』
     こめかみを引くつかせた久坂の一言に、残りの全員は動きを止めるとすぐに居住まいを正した。
    「……で? 誰が何から話せば良いんだ、これ」
    「おまさんらぁ、あらかた話は聞いちょるんじゃろ?」
    「はい。ですが、出来ればご依頼主様から直接、改めてご説明いただきたいです」
     龍馬の発言を受け、老婆もまた手にした瓶を盆の上へと遠ざけると、少し声を落としてそれに答えた。
    「はいはい……最初はねぇ、ここを廃業しようち思うちょったがです」
    「廃業、ですか」
    「ええ。うちの話になりますけんど、もう随分と前に社長やった旦那がうなりましてね」
     老女の、湯呑みに添えられた小さな両手。緩い白熱灯がより皺をくっきりと浮かび上がらせている。先程までと違い、少し詫びしそうな、疲れたような雰囲気を纏った現社長は、ぽつぽつと事の経緯を話しはじめた。
     先代社長の急病による逝去から一〇年。
     そもそも日本酒の味のトレンドが蔵の方向性と合わなくなり、業績が右肩下がりに落ちていた時に起こった青天の霹靂。
     綿津見酒造は窮地に立たされていたが、幸いにして従業員である蔵人やパート、アルバイト達はこの蔵を支えたいと、今でも変わらず働き続けてくれている。しかし、営業手腕に秀で、市場のトレンドを掴むアンテナ役だった先代の不在は造った酒が売れない状況に拍車を掛けた。
     業績は前年比を大きく割り続け、ついに昨年度の決算は赤字すれすれとなり、今期の仕入れにかかる費用の借用も困難を極めている。残った従業員たちの雇用を守ることすら危うい現状に、現社長——西森恵子は苦渋の決断をした。
     それが、江戸中期より続いたこの蔵の歴史にピリオドを打つ、という判断だったのだ。
    「……そういう話を久坂さんにしたらねぇ、ちくと待ちや、そがに勿体無いこといいなさんなて。潰さない方法だってある、言うて、ねえ?」
    「藁にもすがる思いで地元の商工会へ相談して、事業承継のマッチングサイトに登録してみたらどうかという話になったんだが」
    「鳴かず飛ばずで、最後の砦である僕に連絡したきた、と」
     不行儀に、机に片肘をついて話を聞いていた高杉が口を挟む。
    「砦ではないが……晋作は交友関係が広いから、その、なんだ、頼りになると思ったんだ」
    「……ふぅん。まさに久坂の勘の通り、僕には事態をどうすることも出来そうにないが、どうにか出来そうな人間をこうして連れてくることには成功したって訳だな」
     バシ、と突然背中を叩かれると、龍馬はへらりと眉を下げて見せた。
    「いや、まだちゃんとお役に立てるかどうかはわからないけど……西森さん」
    「はいな」
    「貴女はこの蔵を、どういう人物に譲りたいと考えていますか?」
    「なんも、この蔵を買うて貰えるばぁで万々歳ぞね」
    「なるほど……」
     美丈夫の瞳が、真向かいに座った老女をじっと見つめる。
     烏の羽みたいに黒々としたそれを、老女はつい呼吸をするのも忘れたように見入ってしまう。
    「…………」
    「ばあやん、無理せんでえいき。ほんに思っちゅうことを教えとうせ?」
     耳馴染みの良いお国言葉に絆された、というのもあるかもしれない。
     しかし、これはこの若い仕事相手の持つ研ぎ澄まされた技術であり、生まれ持った才能なのだと、老婆はすぐに確信した。
    「……ほんまはなぁ、」
     皺の深く刻まれた唇が、意図に反して言葉を紡ぐ。
    「……ほんまは、この蔵を買うて、ちくとばぁでもえいきに、綿津見の酒造りを継いでくれゆうお人を探しちょるんですわ」
     まるで向かいの男に誘導されているように、ぽろぽろと本音をこぼしてしまう。
    「先代が……旦那が、死ぬまで護り通すち決めちょった宝物やきねえ」
     老女がそこまで言葉を吐き出すと、龍馬はにこり、今度は優しく受け止めるように目尻を下げ口角を上げて、首を一度、縦に振った。
    「教えてくれてありがとう、ばあやんの気持ち、ようわかったがよ」
    「いんや、うちの方が聞いてもろうてなんぞ、胸がすっとしたわぁ」
     つられるように表情を緩めた老婆と対照的に、その隣に座っていた久坂はまだ顔を強張らせたまま、不安げに尋ねる。
    「坂本さん、これだけじゃあ判断がつかないとは思いますが、ご協力いただくことは……」
    「ええ。今の条件に合う承継先ひとを探すお手伝いくらいは、僕にできそうかな」
    「本当ですか……!」
    「ほう、大きく出たな、キミ」
    「日本酒の酒造免許が欲しいという若い投資家は数人知っているしね」
     ——柳のような男だ。
     久坂は斜向かいに座る男をたった今、そう評した。
     柔和で少し頼りなさすら感じられたのは、初対面用の仮面のせいだ。本当の彼は柔らかいといっても柔軟で、尚且つタフな、曲がったとて折れぬしなやかな強さを持っている。
    「では、早速ですが……ここの蔵のこと、もっと詳しく教えていただいても?」
    「はいはい、なんでも聞いとうせ」
    「まずは一度蔵全体を拝見したいです」
    「じゃあ、すっと案内しましょうねぇ」
     老婆が立ち上がり、それに龍馬が続く。
    「…………どうだ?」
     客間を後にするふたりの背を見ながら立ち竦んだ久坂に、高杉がそっと声を掛ける。
    「え?」
    「僕の人選」
    「…………」
     ——あの男なら、あるいは。
     男の背を見つめるだけで根拠のない自信が湧いてくるのを感じて、久坂はぐっと両手を握り込み、(お前の選択にしては、悪くない)と短く笑った。



     M&A——企業の吸収合併やTOB《株式公開買付》、会社分割や事業譲渡などによって達成される取引を示す言葉だ。
     龍馬はそこにおいて、依頼主が希望の条件で取引を成功できるようにアドバイスを行い、必要に応じて契約代行を行うコンサルタントとして、今の会社に勤めている。
     今回のような事業継承、いわゆる後継者探しも業務の範疇で、これまでにも数件似たようなケースは扱ってきた。
     企業取引は大まかに事前準備、マッチング、契約の三段階に分かれるが、この事前準備をしっかりしておくことが、次のフェーズを有利に進める鍵になる。
     そのためには、ヒト、モノ、カネがどれだけあるのか。そして企業としての強み、弱み。それらを余人に理解しやすく整理する、という作業が必要になってくる。
     そこで龍馬はまず、この蔵の全体像の把握と、特徴の把握に乗り出したのだ。
    「坂本さんは、日本酒の造りんことは知っちゅう?」
    「なんとなくは聞いたことがありますが、細かいことはあまり……」
    「ほいたら、蔵見もってそれもざっと教えちゃおねぇ」
     蔵元と龍馬は話しながら、客間のさらに奥、車道に面していた長屋の入口をちょうど反対側を抜けると、ちょうど中庭のように屋根のない空間に出た。その左右と少し離れた正面には、背の高い三角屋根をした木造の建物が並んでいる。
    「あん正面にあるがが米の貯蔵庫と窯場やき。ほれ、煙突がびょ〜んと伸びちゅうろ」
    「ほんとだ」
    「あこで酒造りに使う米ばぁ洗うたり浸したり、蒸したりちょる」
     皺の深い細い指先がまっすぐ伸び、高い煙突を指差してから、その左隣の建物を指差す。
    「ほいで、あれが仕込蔵。酒のもとになる酒母しゅぼもろみちゅうもんを造るとこでな、ほれ、テレビかなんかでたまにやるじゃろ、タンクがばーっと並びよるとこじゃ」
     説明と共に、龍馬の頭の中にうっすらと見たことのある風景が広がった。確かに、雑誌かなにかの特集で、人の背よりも遥かに高い大きなタンクがいくつも並ぶ木造建築の内部写真を目にしたことがある気がする。
    「仕込蔵の隣には建物はおんなじやけんど槽場ふなばちゅうのがあってな、そこに酒袋運びよって酒を搾るがよ」
    「ふなば?」
    「酒袋を入れよる搾り器がなぁ、船の形に似ちゅうきふね、ち呼ぶがじゃ」
    「ああ、成る程」
    「その後はこっから見えんけんど、瓶詰め作業場で瓶に詰めて、出荷したり貯蔵庫で寝かしたりしゆう」
     そこまで話すと、蔵元はゆっくりとした歩調で歩き始める。その後を追いかけながら、龍馬は右手側に視線を移した。
    「西森さん、この緑色の建物は?」
    「ああいかん説明せんかった、これは麹室いうてね、麹。聞いたことばぁあるろ?」
     日本酒は、麹菌が米の澱粉を糖に変え、その糖を酵母菌がアルコールに分解することでつくられる、並行複発酵という方式を取る醸造酒だ。
     ここに来るまでの短い時間でおおよその概要を頭に叩き込んでいたことが多少は功を奏したらしい。若きコンサルタントは質問へ慎重に回答する。
    「はい、確かお米のデンプンを分解して糖に変えるのに必要で、すごく大事なものだって」
    「よう知っちゅうねぇ、そうながよ。昔から酒の造りは一こうじ、二もと、三造り言うてねぇ、麹がいかんとぜぇんぶわやんなるんよ」
     老婆の手が通りすがりの壁に掛かっている麹室こうじむろ、と書かれた古い木の看板を撫でる。その色味を見ただけでも、ここが歴史的にも価値のある蔵だということが察せられる。
    「あ、そういえばその言葉も載ってました」
    「載っちょった? なにに?」
    「読んでた日本酒の本に」
     龍馬はごそごそと背負っていたバックパックを腹側に抱え、中から一冊の本を取り出す。日本酒の教科書、と銘打たれたそれを老女に見えるように差し出すと、驚嘆の声が上がった。
    「あらぁ! わざわざそがな勉強までしよったが? まっこと、ありがとうねぇ」
    「でも実際にお話を聞くと、まだ全然わからないことだらけで……」
    「なぁに今のはがいだんす、ちゅうやつやき! ほれ、早速奥の蔵に行くぞね」
    「あれま、西森さん早い早い、ちょっと待って!」
     途端に勢い込んでずいずいと敷地を闊歩する小さな社長の後ろを、背の高い美丈夫は鞄を背負い直す暇もなく追いかける。
     中庭を、建物を照らす陽はまだ高い。蔵元手ずからの蔵見学には、十分な時間があるようだ。

    [続]





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