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    JB2023 無配
    「極上の1杯を貴女に」東6ホール ぢ33a でお配りした無配です。
    夢主ちゃんの友人視点のss。ジューンブライドをお題にした物語。いつか清書したいです。

    #decnプラス
    decnPlus
    #decn夢
    #夢小説
    dreamNovel
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    #降谷零
    yutaniZero
    #降谷夢
    dreamsOfFallingValleys
    #安室透
    toruAmuro
    #安室夢
    yumeAmuro
    #無配
    withoutDividend

    六月の花嫁 お式に呼ばれた。お葬式とかではなく、結婚式に。
     自宅のポストに淡い桜色の封筒が届いたのは、まだ肌寒さが残る春のはじまりだった。

    「……てがみ?」

     柔らかな色をたたえた封筒の、おもてに並ぶ文字には見覚えがある。中学と高校時代を一緒に過ごした親友の手書き文字だった。見間違えるはずはない、彼女に似た端正な字。ここ数年は流行りの感染症のこともあって、ちっとも会えずにいた友人のひとりだった。
     電話番号だってメッセージアプリのアカウントだってお互い知っているのに、わざわざどうして。思いながら封筒をひっくり返してみれば、見知らぬ男性のなまえの隣に、思い描いた女性のなまえが連なっている。

    「えっ、結婚するの、あの子!」

     思わずこぼれた声はひどく弾んでいた。たまに近況報告を兼ねてメッセージのやりとりはしていたけれど、お互いになんだかんだ忙しない毎日を送っていて。こいびとができた、なんて話も私は知らなかったから。
     メッセージアプリでの招待が主流になっている昨今に、宛名と差出人の名前が手書きの招待状。こういうところが彼女らしいなと、口角が緩むのを感じつつ封筒の中身を開いた。

    「謹啓 初夏の候 皆様には益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。このたび 私たちは結婚式を挙げることとなりました。つきましては日ごろお世話になっている皆様に 感謝の気持ちを込めて こころばかりの宴を催したく存じます。ご多用のなか誠に恐縮ではございますが ぜひご出席くださいますようご案内申し上げます。 謹白」

     中身はやっぱり結婚式への招待状で、私の気分はどんどん弾む。写真はない。新郎は? 思いながらもう一度、封筒のうらを読み返した。

    「……あむろ、とおるさん……かな?」

     安室さん。安室透さん。聞き覚えのないなまえ。彼女がここ数年で出会った男性なのかもしれない。
     そっか、結婚。結婚かぁ。

    「……あのひとのことは、もういいのかな」

     彼女は結婚しないのだと思っていた。
     だって、私は知っていたから。あの子が、中学生のころからたったひとりに一途に恋をしつづけていること。



             ◇ ◇ ◇



     彼女とは、中学時代からの友人だった。思春期特有の軋轢で息苦しい教室の片隅、ひとりぼっちだった私に気づいて声を掛けてくれたひと。それが彼女。目立つけれど悪い意味じゃなく、友だちは広く浅く、みんなから愛される存在。そんな感じ。彼女の朗らかさに雛鳥よろしく絆されてしまった私は、青春時代をずっと彼女の近くで過ごした。
     そうして、私が中学、高校時代を思い返すと必ず彼女の笑顔が浮かぶように、あの子の青春にはたったひとり、大事な男の子がいつもいたのだ。

    「降谷くん」

     彼を呼ぶ彼女の声は、世界でいちばん愛らしい音をしている。いちばんの友人(うん、きっとそのはずだ)の私だからわかる、まっすぐな恋ごころをいっぱいに抱えている、そんな声。そして、呼びかけられた男の子──降谷零くんも、彼女のことをやさしい目で見つめていたように思う。
     彼女の初恋の相手は学校一の秀才で、美少年で、運動だって誰よりできちゃう同じクラスの男の子。まるで少女漫画から抜け出したヒーローみたいだった。学校内でファンクラブができちゃうくらいの人気者。
     そんな彼に下心をもって近づく女子生徒は、降谷くんのファンから鉄槌をくだされていた。降谷くんはみんなの王子様だから、だれも不用意に近づくことのないように、って。
     でも、私の親友だけはちがったのだ。口を出さないんじゃなく、出せないに近かったと思う。彼女は降谷くんのとなりに並んでも恥ずかしくないよう、勉強も、部活動も、ひとの何倍もちからを注いで、降谷くんの次を取り続けていたから。

    「そんなに頑張って、疲れちゃわない?」

     いつだったか、尋ねたことがある。そうしたらあの子、なんて言ったと思う?
     おおきな瞳と長い睫毛をぱちぱちとさせながら、

    「私、降谷くんが初恋だから。振り向いてもらうために、こういう頑張りかたしか思いつかなかったんだ」

     ……って。
     遅くまで勉強に励んだり、 彼が部活動の試合にでるのなら応援に駆けつけたり、厳しい校則のなかでも毎日髪型を変えてみたり。原動力はぜんぶ、降谷くんに振り向いてもらいたいから。だって。
     なんて健気で素直な子なんだろう。私が男の子だったら、親友に恋していたに違いない。





     そんな彼女の恋が実ったのはきっと必然。中学3年生にあがってすぐのことだった。
     またおなじクラスになれたねと、降谷くんや、彼の親友の諸伏くん、それから彼女と弾む会話を終えたころ、廊下にほかの生徒がいないことを念入りに確認して、ふたりは私と諸伏くんに打ち明けてくれたのだ。

    「春休みに付き合いはじめたんだ」

     と。
     十五年に満たない人生のなかで、こんなに嬉しかった日はほかにない。大好きな友人が初恋を、片想いを実らせた。本人より私のほうが泣いてしまうくらいに嬉しくて、思わず彼女を抱きしめた。
     告白は、降谷くんからだったらしい。なんて告白したのと訊いてみたけれど、答えようとした彼女の口を降谷くんが手で覆ってしまったから、詳しいことはなにも聞けずじまい。ふたりだけの秘密にしたいらしかった。

    「なに、降谷くん。やましいことでもあるの?」
    「そんなわけないだろ」
    「この子のこと、泣かせたら許さないからね」
    「わかってる、……大事にする」

     そんな降谷くんのことばのあと、顔を見合わせた彼と彼女は、つぎの瞬間同時に吹き出した。
     なんてお似合いのふたりなんだろう。彼らを見ていると、私まで胸が温かくなった。訊いたことはないけれど、きっと諸伏くんも私とおなじ気持ちだったと思う。
     ああでも、友人をとられてしまった、なんて淋しさを、私はちょっぴり感じていたかもしれない。




              *




     無事に受験をおえた私たち四人は、おなじ学校に通う高校生になった。彼女と私はまたおなじクラス。降谷くんと諸伏くんは、別のクラスだった。そして、私たちを取り巻く環境は目まぐるしく変わっていった。

     高校生になってからというもの、降谷くんの人気はいっそう増した。当然だ、あんなに素敵なひとなかなかいない。それに、彼の容姿はどうしたって人目を引く。でも降谷くんには中学から付き合っている子がいるのだと、学年中で噂になっていた。
     次第に親友は、降谷くんを好く女の子たちからこころない言葉を投げられたりするようになった。陰湿で、汚いやり方。盾になろうとする私は無力で、けれど、彼女はとても強かだった。こちらがびっくりするほど気にしていないような顔で毎日を平穏に過ごすのだ。
     降谷くんも、自分のせいで彼女に石が投げられることには気づいていたように思う。

    「申し訳ないけど、あの子のことよろしく」

     一度、あの子に隠れてそんな耳打ちをされた。ひどい憤りを隠しているような表情で、けれど声色だけはやさしくて。
     そして、そういったことが激化しはじめた数日後。ほんとうに突然、親友に向けられる敵意みたいなものが綺麗さっぱりなくなった。一体なにがあったのか、私はいまだに分からない。でも、降谷くんがはじめて本気で怒っているところを見たのは、後にも先にもこのときだけ。

     そして、同時に気がついた。思えば私は、あの子が泣いているところを一度だって見たことがない。



              *



     私が知っている限り、彼女は大学に通っている間だって、降谷くんだけを好きでいた。
     知っている限り、というのは、私たちの通う学校が別になってしまったから。降谷くんとあの子と、それから諸伏くんは、都内の有名大学へ。私は彼女たちの大学から近い、別の大学へ進学した。
     でも、私と彼女は変わらなかった。月に一度は食事や遊びに出かけ、いろんな話をした。お互いこいびとはいたけれど、バイトだってしていたけれど、中学や高校時代と変わらずに。

    「降谷くん、大学をでたら警察学校に入るんだって」

     いつか一緒に入ったレストランで、彼女は私におしえてくれた。
     降谷くんの夢は中学生のころから変わっていない。きっと彼女は、彼のこういうところも好きになったんだろう。相変わらず、こいびとのことを話してくれる親友はきらきらとしていて、私にはすこし眩しいくらい。彼らは大学の四年間も、おおきなトラブルなく穏やかに関係を強めていた。

     たぶん、ふたりは大学を卒業してもずっと一緒にいる。そんな漠然とした確信があった。卒業からしばらくしたら、きっと私には結婚式の招待状が届くのだ。自慢の親友と、その彼からの招待状。こっそりそんなことを考えて、もしお式で「友人からのスピーチ」を任されたらどうしよう、なんて。まだ不鮮明な未来に、大好きな親友と、その大好きなひとの晴れ姿を思い浮かべていた。

     ──だから余計に、私はあの日のことは忘れられない。






    「ごめんね、急に押しかけたりして……」

     深夜の電話に、嫌な予感がした。そして、その予感は的中する。
     私がひとり暮らしをするマンションに駆け込んできた親友は、頬をしとどに濡らしていた。大学を卒業してすこし。就職先にも慣れはじめた六月の夜だったけれど、その日雨は降ってなかった。濡れた頬は、彼女の涙のせいだ。
     理由なんて、訊かなくったって分かってしまう。

    「……降谷くん?」

     それだけ尋ねた私に、彼女はかすかに頷いた。
     私は彼女の泣き顔を、濃密な青春のなかで一度たりとも目にしなかった。そんな女の子が、瞳が溶けてしまうほど泣いている。
     はじめはティッシュを差し出したのにそれでは間に合わなくて、私は結局、部屋にあるいちばん柔らかいおおきなタオルを彼女に渡した。おおきいよ、汚しちゃうよと無理に笑った親友を抱きしめながら、いいんだよ、いっぱい泣いちゃえと繰り返した。

     彼女の手前、私はいつも通り振る舞ったつもりでいる。でも、腸は煮えくり返ってしまいそうに熱く赤くなっていた。親友の誕生日プレゼントのため、記念日のサプライズのため、そんな理由でしか使わなかった降谷くんの連絡先を、はじめて自分のために利用した。

     泣き疲れて眠ってしまった彼女を部屋に置いて、私はひとりで家をでた。深夜だったから、降谷くんのほうが私の家の前まで来てくれて。ぼんやりとした街灯しかないマンションのまえで、私は降谷くんと対峙した。
     後から知ったことだけれど、この夜の彼は、警察学校に外泊届を出さずに出てきてしまったらしい。翌日、教官にこっぴどく怒られていた、というのは、おなじく警察学校に入った諸伏くんからの情報だった。

    「……ごめん、こんな夜に」

     そう謝ったのは、降谷くんだ。

    「どうして別れたの」

     挨拶なんて余裕はない。知りたいことをまっすぐに投げかける。思いのほか、敵意丸出しの声色になってしまった。

    「ごめん、全部僕が悪い」
    「理由になってない!」

     私は謝ってほしいんじゃなかった。謝るにしたって、相手は彼女だ。私が知ることの叶わない、ふたりだけの関係の変化だってあるだろう。それに文句があるわけじゃない。彼女も納得して別れるんだったらそれでいい、彼らふたりの人生だもの。
     私は、あの子をたくさん泣かせてまで、無理やり別れたのはどうしてかを訊きたかったのだ。降谷くん自身も、ひどく泣き腫らした後悔ばかりの顔をしているのに。

    「降谷くん、中学の頃からずっとあの子のこと、ちゃんと好きでいたじゃない。ほんとは別れるの嫌なんじゃないの。ならなんで? なんて言って振ったわけ?」

     最低だと、大声をぶつけたい気持ちを我慢していた。それを言っていいのは私じゃないから。事情を詳しく知らない私が怒っているのは、彼があの子をたくさん泣かせている事実に対してなのだ。
     私の形相は、きっと鬼みたいだったと思う。降谷くんはどうしてか、彼のほうが泣きそうな顔して笑いながら、夜に溶ける声でぽつりぽつりと囁いた。

    「……僕、警察官になるのが夢だったんだ」
    「知ってる、中学生のころから『将来の夢』の作文にそう書いてたでしょ」
    「はは、よく覚えてるね」

     そんなのたまたまだ。親友があなたのことばかり見つめつづけているから、私の視界にも入ってしまうだけ。

    「警察学校に入って……秋には僕らは卒業する。現場にでたらもっと忙しい日が当たり前になって、きっと僕は、あの子をもっと泣かせちゃうんだ。たくさん淋しい思いもさせる。例えば彼女につらいことがあったとき、僕は前みたいにすぐ駆けつけてあげられない。……正直、重荷なんだ。いま、僕に恋人はいらない」

     うそだ、と思った。
     ねえ降谷くん、知ってた? あなた、自分で思っているより嘘がじょうずじゃないんだよ。いまだって、嫌だ嫌だってわがままを泣き叫ぶ子どもみたいな顔してる。重荷じゃないんでしょ。恋人がいらないんじゃなくて、彼女を遠ざけたい理由がほかにあるんでしょ。
     言いたかったけれど、でも、私は堪えた。やっぱりこれも、彼に言えるのはあの子だけだから。

    「……私、勝手に、あの子と降谷くんは結婚するんだと思ってたよ」
    「うん……僕も、そのつもりだった」
    「そのつもりだった?」

     思わず低い声になってしまったのは、仕方のないことだと思う。落ち着いていた怒りがふたたび焚き付けられてしまった。
     僕もそのつもりだった、なんて、振った側が言っていいことじゃないでしょう?

    「あの子、めったに泣かないんだよ。少なくとも、私はきょう、はじめて泣いているところを見た」
    「…………」
    「もっとじょうずに振ってよ。ちゃんと彼女が納得できるお別れをしてよ。なんであの子を傷付けるの。意味わかんない。降谷くん、中学のとき言ったよね。泣かせたら許さないって言ったら、わかってる、大事にするって。忘れちゃった? あの子、降谷くんといられるだけで幸せなのに!」

     降谷くんに全部を言い終えたところで、私はここが自分のマンションのまえで、尚且ついまが深夜であることを思い出した。呼吸を整え、くちびるを結ぶ。降谷くんは私に、ただ、

    「ごめん」

     そう一言、答えただけだった。

    「……僕が一人前の警察官になって、大事なひとをちゃんと守れるようになったら……迎えに行ってもいいかな、あの子のこと」
    「……知らないよ、そんなの。あの子に訊きなよ」
    「そうだよな。うん。……ごめん」

     迎えに行くだなんて、そんなのいつになるか分からないくせに。
     友人は彼のことを誠実なひとだと言っていた。まっすぐすぎるひと、とも。
     でもしなやかさを欠いたひたむきな気持ちは、ただあの子を傷つけただけだった。





     部屋に帰ると、親友はいつの間にか起きだして、つけっぱなしだったテレビをぼうっと眺めていた。
     皮肉にも画面に流れている特集は「ジューンブライド」。流行りのドレスやブーケのこと、それから、どうして六月に結婚式を挙げると幸せになれると謂われているのか、ご丁寧にジンクスの解説まで。

    「6月に結婚式なんて、ぜったい雨が降るのにね」

     靴を脱ぎ、ワンルームに踏み入りながら声をかける。彼女は私におかえりと言って、それから、でもねと囁いた。

    「結婚式の雨は、神様がふたりを祝福して泣いているから降るんだって。……私、もしも結婚するんなら、六月にお式を挙げたかったなあ」

     相手は決まっている。一方的にお別れを突きつけられた夜でさえ、彼女はまだ降谷くんを深く愛していた。彼女にとっては生まれてはじめての、たったひとつの恋だったのだ。

     ねえ神様。いるのなら、どうかふたりを幸せにしてあげてよ。
     痛むこころを隠して笑う彼女に、何度願ったか分からない。別に信心深くなにかの神を信仰しているわけじゃないのに、どうか、どうか、って。

     この夜以降、彼女の口から「降谷くん」と聴くことはなくなってしまった。それからふたりがどうなったのか、私は知らない。





            ◇ ◇ ◇





     友人の結婚式は、よく晴れた六月の日、ブルーのヴァージンロードが綺麗なチャペルで執り行われることとなった。

     会場に着いてすぐ、私はあることに気がついた。ウェルカムスペースがないのだ。結婚式の定番であるサンドセレモニーだとか、新婦のお色直しのドレスの色当てゲームだとか、そういった類のものも一切が置かれていない。そして、当日に配られた席次表をみて首を傾げる。

    「……ゲスト、少なすぎない……?」

     新郎側からはたぶん、友人が数人。……いや、見た限り年代にバラつきがあるから、新郎の職場のひとなのかもしれない。そして新婦側は親族と、友人はきっと私だけ。新郎側のお席には、諸伏くんのなまえもない。なにこれ、一体どういうこと?
     訝しげに表を見つめるけれど、表記がなにか変わるはずもなく。さらに言えば、新郎新婦の記載もなかった。安室透さんのなまえも、彼女のなまえも、どこにもないのだ。これじゃ、だれのお式か分からない。

    「まさか、ここに来てお式は中止です、なんてこと言わないよね……?」

     一抹の不安を抱えながら、私はほかのゲストと一緒にチャペルへと足を運んだ。





     招待状を受け取った日、「おめでとう」と送ったメッセージに、彼女は嬉しそうに「ありがとう」と返事をくれた。

    「当日、来てくれる?」
    「もちろん行くよ。招待状のお返事もだしたから、そろそろそっちに届くかも。  の花嫁姿、楽しみ」
    「うれしいな、綺麗なドレスを選んだから、あなたにも見てほしいの」
    「たくさん写真撮るね。そういえば、旦那さんはどんなひと?」

     それまでぽんぽんと続いていたメッセージのやりとりが、このときだけピタリと止まった。
     旦那さんのこと、訊いちゃいけなかったのかも。追いメッセージをするか悩んでいると、案外からりとした返信が届いた。

    「かっこよくて、やさしくて、誠実で、私をとても大事にしてくれるひとだよ」

     もしかしたら彼女は、降谷くんに似たひとを無意識に選んだのかもしれない。
     そんなふうに考えてしまって、私は無難な返信しかできなかった。





     チャペルの中は、しんと静まり返っていた。新郎側、新婦側、参列者は両方合わせたって十人ちょっと。大学生のころ以来に顔を合わせた友人の両親に挨拶をして、私は彼女たちがいちばんよく見えるヴァージンロードのすぐ横の席をいただいた。
     真っ白な壁と椅子。信じられないほど澄んだ青のヴァージンロード。飾られた花々は黄色だったり、白だったり、水色だったり、きっと彼女が夫になるひととふたりで決めたにちがいない。

     ……でも、いいのかな、あの子。ほかのひとと結婚して、後悔したりしないかな。
     無駄な心配だとわかってはいるのに、私の胸はすこしだけ痛んでいた。あの子より、私のほうが降谷くんに対して未練があるらしい。

    「新郎新婦のご入場です」

     マイク越しの声に、はっと顔をあげる。お式がはじまる。そういえば、私はまだ新郎の顔も知らないのだった。
     あの子は努力家で、底なしにやさしくて、あたたかくて、愛らしくて。私の大切な友人なのだ。絶対、しあわせにしてくれないと許さないんだから。
     まだ見ぬ新郎を半ば睨みつけるような思いで、私はまっすぐ扉の向こうを見つめた。彼女が選んだひとなら大丈夫だとは思うけれど、でも、もしまたあのときみたいにひどく傷つけられてしまったら。
     そんな私の気持ちなんて知るはずもなく、扉が軽やかに開かれた。パイプオルガンの音がなめらかに滑りだす。やわらかな光に包まれて、新郎新婦が一歩、まえへ。

    「……え?」

     瞬間、私は自分の目が信じられなくて、何度も瞬きを繰り返す。

    「みなさま、どうぞ大きな祝福でお迎えください」

     会場中から、人数より多いくらいの拍手が響きだした。おめでとう、おめでとうとゲストの入り交じった声。ふたりに祝福が降り注ぐ。そのなかで、ただ私だけが石になってしまったみたいに固まった。
     純白のドレスを着た彼女があんまり素敵だったから。それが理由になってもおかしくなかったけれど、それよりも、彼女の隣に並んだ男性に、私は視線を奪われたのだ。

     だって、だって。彼は。

    「……っおめでとう……!」

     溢れんばかりの拍手と一緒に、気づけば私の視界も揺れていた。
     新郎が、親友がずっと恋していた相手──降谷零くん、だったから。

     見間違えるはずなんてない。私はいつも、親友の視線の先に彼がいることを知っていた。そしていま、彼のとなりにいる彼女は、いつも降谷くんに向けていた笑顔をしているのだ。

     ヴァージンロードを渡って、誓いの十字架へとふたりが進む。降谷くんが身に纏うのは、タキシードではなく、儀礼服。その姿にいままでの疑問が、線で結ばれた気持ちになった。
     ああそうか、もしかして。彼が彼女を振った理由も、招待状にあった新郎の名前がちがった理由も、席次表やウエルカムスペースにふたりの名前がなかった理由も。全部ぜんぶ、彼女のためか。
     私はそっと手を顔のまえに上げ、いっそう両手を打ち鳴らす。すると、ゆっくりこちらへ向かう親友と、目があった。

    「……!」

     彼女は泣いている私に気がついて、はっと目を見張って。そして、花が綻ぶように笑った。
     ブーケやドレスに負けないほどうつくしい彼女。笑顔も、世界中のだれより綺麗。それはきっと彼女と結ばれたのが、彼女が長年想いつづけてきた男性だからにちがいない。

    「おめでとう!」

     彼女に向けて。新郎に向けて。そして、十数年ごしに再び叶ったと知った、彼女の健気な初恋に向けて。私はもう一度声を張る。あの夜祈った神様に、お礼を言うみたいに。

    「結婚式の雨は、神様がふたりを祝福して泣いているから降るものなんだって」

     チャペルへ入るまで晴れていた空が泣きだしていたと知ったのは、このお式がみんな終わったあとだった。


     ──神様なんて、いないと思っていたのにね。








    fin.
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    lll_suki

    PROGRESS6月25日(日) 東京ビッグサイトにて行われるプチオンリー「極上の1杯を貴女に」で頒布を予定している、名探偵コナン/降谷零 夢小説のサンプルです。
    本文中、何度か視点が切り替わります。

    [あらすじ]
    黒ずくめの組織の壊滅まであと少し。
    妻を守るために自身の死を偽装し別れた降谷と、彼を亡くした日常のなかで必死に生きようとする妻が、もう一度出会うまでのおはなし。
    ハッピーエンド。
    拝啓 春へ置き去りにしたあなたへ おしまいはほんとうに突然で、それはよく澄んだ、春のおわりだった。

    「ご無沙汰しております」
     警察官の夫と、私と、それから子犬のハロ。ふたりと一匹暮らしのマンションに突然訪れたのは、篤実そうな男性だった。
     夫の部下だという男性は、『風見』さんと名乗った。彼と顔を合わせるのは確か、これが二度目。高い背丈と、あのひととは正反対に吊り上がった瞳がつよく印象に残っている。
     どうぞこちらへ。そう室内へ促した私に、春の空気をまとった彼は、ただ首を横に振った。
    「きょうは、こちらをお届けに伺ったんです」
     そうして手渡されたのは、真っ白な陶器の蓋物だった。私の両手のひらにちょうどぴったり収まるほどの、つるりと丸くて軽いそれ。薄い生成りで包まれているのに氷みたいに冷たくて、受け取った途端、言いようのない焦燥感が背を駆け抜けた。
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