ああおいしい、と感嘆をこめた呟きをこぼして、男は花のような口唇を綻ばせた。同時に、はらはらと涙をこぼす。
蝋作りのようだった頬に温かな雫がつたって、はじめて生きた人間の顔になる。
「どどどどうしたの?」
金吾は慌てふためいて尋ねた。自慢ではないが泣かされることは数え切れないほどあっても泣かれた覚えはとんとない。
なにか悪いことを、傷つけるようなことをしてしまったかと怯えた金吾を宥めるように、男は穏やかにいいえと首を振った。
「誰かと膳を並べるのは久しぶりで」
その微笑に妙にどぎまぎとして、金吾は思わず目を逸らした。
「そうだね、鍋はみんなで食べた方が美味しいよね」
鍋の中を確かめるふりをしながらまごまごと言うと、男は柔和にその通りですねと応えた。
冷たい雨に打たれた体には、確かに温かい食事が染み入る。一人で囲むものではなければなおのことだ。
「こんなにおいしいものを食べたのははじめてかもしれません」
「そ、そう……?」
「ええ」
天海と名乗った男は旺盛に杯を重ねた。その微笑と讃辞が単純に嬉しくて、金吾はようやく安心した。
食事は温かく、美味しいに限るのだ。