なまめかしい白色の、つやつやとした花びら(正確にはそうでないらしいけれど)の上を細かなしずくが伝っていく。通学路に立ち止まってその様子を眺めていた不二に、河村は気配の隙間にするりと入り込むように声をかけた。
不二は笑顔で振り返った。作ったのではなく、そうなるだけだった。めずらしく。
雨は柔らかく、湿気だけを振りまくように降り、あたりを包んでいる。霧雨。
「おはよう」
大きな傘のひさしに隠されながら、不二は言った。河村は見上げるほど大きく、体の厚みはとても同年代とは思えないほどに逞しい。自分もいずれはこのようになるだろうかと思ってみて、骨格の違いとやらに苦笑する。
「おはよう。」
不二を持っていた傘の下に入れ、河村は応えた。不二の頭は自分の鼻先くらいで、制服に包まれた肩は意識するたびに意外なほどに細く薄い。
「傘、持ってないの?」
街角の紫陽花はぼんやりと白い。不二はそれに目を奪われていたらしかった。細かな雫が甘茶色の髪の上できらきらと光っている。
「……傘、嫌いで。」
口ごもるようにして答える。それにこのくらいなら大したことないし。制服の上にも雫が張り付いている。
河村は苦笑した。
「それならいいんだけど」
けれど河村は傘を戻しはしなかった。それに併せてか、不二も傘からは出ようとしなかった。
「…あじさい、見てたの?」
「うん。」
代わりに不二は河村を促した。余計にした時間を取り戻すように学校へ向かう道を指して、ごく自然に河村の視線を紫陽花からもぎ離した。
「うん、きれいだったからね。」
肩を並べて歩き出しながら、不二が笑ってとりとめのない理由を口にして、河村はそうだね、と同意を示した。
「そうだね、そういえばなんとなく不二に似てる」
「え?」
「あ、……うわ、なんか俺変なこと言ったよね」
ごめん。河村は慌てて謝って、淡い雫の張り付いた不二の頬から足元へと目を逸らした。白い肌に雫が伝い、すべり落ちていくのを見ていた。静かな、柔らかな。
「そうかな」
不二は小さく、取り消された言葉に言葉を続けた。疑問符。そして傘の陰の下から河村を見上げた。
なまめいた白い花びらと雨。
「ごめん」
疑問符に何か不穏なものを感じたのか、河村がもう一度謝った。
「謝らなくて良いよ」
不二はひそやかに笑った。花に喩えられるとは思わなかった、と冗談めかして、河村の持つ傘の陰から。