戴天党大学名誉学長コサイタスは高齢を理由に実務から離れ、猫と暮らしている。
夏休みを目前としたある日、シバの携帯端末に珍しく「猫との暮らしかたを知りたい」とのメッセージが届けられた。連絡してきた義父(コサイタス)の元へ飛んでいくと、本当に彼はそこにいた。
「どうしたんスか、この猫」
「ヘリオスだ」
「……」
シバには詳しい事情はわからなかったし、それが猫の名前なのか猫の出どころなのかすら判然としなかったが、コサイタスの乾いた指先にじゃれつく黒猫の姿から察することができたのは、とにかくこの家には猫を飼うための装備が足りないということだけだ。頼りになる友人の助言の元必要なものを買い揃え、猫との暮らしについて知り得た情報を共有することだけはした。
少なくとも猫は終始わけ知り顔をしていて、人間との暮らしにあたって知っておくべき最低限のマナーをすっかりわきまえているようだった。
コサイタスはもっぱら大学附属の立派な天文台とプラネタリウムを備えた科学館に併設の喫茶店で店主の真似事をして一日を過ごす。簡単な飲み物を拵えたり、客のいなくなったテーブルを片付けたりする他は静かに本を読むなどをしている。
つやつやとした黒い毛は光を銀色に跳ね返して、長いしっぽをぴんと立てて闊歩する彼の瞳はうす水色である。科学館の敷地内のうちの猫に許される範囲を自由に歩き回る姿を見た学生や来館者たちは、いつしか彼を館長と呼ぶようになった。
コサイタスに連れられてやってきてコサイタスに連れられて帰っていく猫の館長は新たな展示があれば得意げに入り口に走り、通行人を招くように座っているのである。