ミスターのバイクカッコいいですよね、という話はしていた。俺も普通二輪は持ってるんですよ、とも話していた。カタログを見せられながらやっぱり乗るならこういうのがいいですよね、いやこっちもいいなあという話もしていた。珍しくない日常のうちになっていた休日のある日、今日は行きたいところがあるんだと連れてこられたのがライダースショップであることも別段不自然ではなかった。
「どれでも好きなの選んでください」
「待ってください、ミスター」
しかし、ずらりと並んだ候補車を示されたエマソンは恐れ慄いて怖気付いた。シバの口ぶりはあまりに自然で、選んだが最後このまま乗って帰れと言われそうでさえある。
「これはもしかして、俺にバイクを買い与えようとしているんでしょうか」
「誕生日って聞いたんで」
「知っててもらえて嬉しいです! でもさすがに価格が」
「そうっスか?」
「薄々思ってましたけど、たまに金銭感覚ヤバいですよね」
シバは特別な事情がない限り黒光りするカードを手に率先してレジに立つ男である。いつものメンバーはあいつがやりたがる限りは喜んで受け取ってやってくれ、とのシャクターのアドバイスに従うことにしているが、さすがにこれはやりすぎだろう。
「俺にできることってこれくらいなんで……」
「そんなことないですよ、もう」
バイク屋の店員が微笑ましげに見ている。並んでいるのはいずれも新作の新品で、カタログを見て話していた通りのものだ。サングラス越しの眼が伏し目になってしまう前に、とエマソンは対案を絞り出した。
「あ、じゃあヘルメット!買ってくださいよ。ミスターのケツに乗せてもらう時に使うやつ」
「ヘルメットっスか?」
「ほら、ずっと借りてるやつなんで。俺専用のやつ買ってもらっちゃおうかな」
エマソンは快活に笑って棚を指差した。色とりどり、価格もとりどり。顎髭に手をやったシバが棚を眺めながらとにかく頑丈なのがいいっスね、と話す隣に立って、エマソンはささやかな逆襲を試みる。
「買ってもらうからにはミスターの誕生日も祝わせてくださいよ?」
「……」
両目が大きく開く気配がした。シバが時折そういった反応を見せるたびにエマソンはなにやら寂しいような悲しいような気持ちになるのだがそれはともかく。
「こういうのってもらうのもあげるのも嬉しいじゃないですか」
「嬉しいですか?」
シャクターが遠慮なく甘えてやってくれと言うのはそういうことだろう。シバ本人に自覚があるかどうかはともかく。
「あげるのも?」
「俺がしてあげたことでミスターが喜んでくれたら俺も嬉しいですよ」
エマソンは軽く言う。わざとらしくなく、言い諭すようにもならず、今日もいい天気だと言うのと同じ匙加減だった。シバはその言葉を咀嚼するように少し考えて、そっか、とポツリと言った。
「ミスターとお揃いのがいいかな。真っ黒でカッコいいですよね」
「あれは夜間の視認性が悪いんで派手な方が安全っス。派手すぎるくらいがいいと思うっス」
「いつか俺が自分でバイク買ったらツーリングに行きましょうね」
「……その時はロドリゲスさんとトッキーさんも一緒に行きましょう」
「2ケツできるかなぁ、俺……」
「練習なら付き合うっスよ」
あとは楽しい未来の予定の話である。