年齢だけは大人なのだから化粧のひとつでもしておけ、と居丈高に手渡された小さな手提げ袋。つやつやと光を跳ね返す包み紙はいかにも高級で、包装紙を剥いて剥いてようやく出てきた肝心の贈り物は小さな焼き物を磨き上げて作った丸くすべすべとした容器の中に詰められた口紅なのだった。
深い紅色はいかにも口紅という色合いで、誰がつけても化粧をしているという顔になることが想像できた。
荒野の乾燥した空気の中での生活で慢性的にかさかさになっている小さな唇の、薄い皮膚の上に乗せるにはいかにもけばけばしいのではないか。
レコベルの小さな手のひらに乗せてもまだ小さな容れ物の中を見て、レコベルは戸惑った。
「あの」
「なんだ」
「あたしにはちょっと派手すぎませんか?」
ピロがぎゅっと眉間を寄せたので、レコベルはぎゅっと身を縮こめた。彼が自分に対して単純な意味での暴力を振るうことはそうそう無いとは知っていても、大男の不機嫌はそれだけで脅威である。
「貸してみろ」
「えぇ……?」
陶器の小さな容れ物を奪い取り、無遠慮に蓋を開き、長くてふしくれだった指に中身を掬い上げる。ピロの手の中の丸い容器はあまりにも不似合いに可憐で、レコベルは呆気に取られた。
「上を向け」
「……」
それでも命じられるままに上を向く。この上司と向き合うにはだいたいの場面でいつも首が痛くなるのだ。唇に触れられるのだ、と思えば自然に瞼を伏せて、それは何やら待ちわびるようになったかもしれない。
紅を点す指はそろりと慎重に唇を撫でた。多少敏感にできている箇所を他者に触れられるのはくすぐったい。炎を扱ってはいるものの体温そのものは低い男の長い指の先は少しひんやりと感じられた。
とん、とん、とん。
やがて手を止めて、ピロはわざとらしく大きなため息とともにこう吐き捨てた。
「似合わんな」
「そうでしょうとも」
ぱちりと目を開けたレコベルはじっとりと上司を見上げた。深い色の口紅が似合わないとして、それは幼体成熟に生まれたレコベルの責ではない。
多少の恨みがましさがこもってしまったことが伝わったか、ピロは少しだけバツが悪そうにして鼻を鳴らした。
「似合わんが、悪いとは言っとらん」
なんなのか。
レコベルが憮然としていると、ピロは元通り蓋を閉めた口紅の容器を投げてよこした。すべすべできらきらの、美しいパッケージ。
「必要になることもあるだろうよ。化粧の勉強はしておくことだな。……なあ秘書官殿」
牙を剥いた上司の笑みに、レコベルは不本意に頷く。
ぞんざいに手の中に戻ってきた小さな贈り物の器はしかし、それだけで宝物になりそうほどに美しいのだった。