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    83_grmrs

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    83_grmrs

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    ジエンド

    結婚記念日を忘れた男 気付いた瞬間、冷や汗が流れた。
     そうか、今日は記念日だったか。
     普段なら洗濯物が干せないと嘆く雨なのに上機嫌なのも、昼間の少し豪華だったデザートも、いつにも増してピッタリ寄り添ってくるのも記念日だったからか。
     誕生日、ではない。こいつは11月で、オレは明日のはずだ。……適当に決めた誕生日でも律儀に祝い続けるこいつのせいですっかり覚えちまったな。だがそれでも今日がなんの記念日か思い出せないというのなら、おそらく去年も忘れている。それなのに何も言ってこないのはなぜだ……?というかなんの記念日だ……?
    記憶を巡らせても、思い出すのは誕生日だと言ってでかいケーキを用意されたことや、子供等がきゃーきゃー騒ぎながらまとわりついていたことくらい。去年のこの日も、誕生日の騒ぎに埋もれてなかなか思い出せない。
     ならその前年は?
     そう、そうだ。上機嫌なアリシャに合わせて散々採寸に付き合わされて……………………。
     
     「あ」

     思わず漏れた声に、傍らのエンドが顔を上げる。
     「どうかしましたか?」
     だからか。
     こんなまとわりつく湿度を意に介さず隣に座って、ずっと手袋を外した左手を触り続けて、時折溢れ出るように嬉しそうな声を漏らしているのは。

     「……なぁ、今日で3年目か?」
     ぱちり、と瞬きを一つ。続けてゆっくりと頬を緩ませて。
     「えぇ、そうですよ」

     「だよな」
     「ふふ、忘れてましたよね」

     突き刺さる言葉に呻き声が漏れるが、それすら愉快だと言わんばかりに笑う。
     「良いんですよ、気にしなくて」
     「いや……そうはいかんだろ」
     「本当ですよ?
      貴方が生涯を賭けて貫き続けた勝負よりも、ワタシと共に永劫を歩んでくれると決めてくれた日ですから。
      もうそれだけで、何万何億と迎えるこの日に頂ける、プレゼントになりますから」
     
     そう言って、左手に結合させた結婚指輪を愛おしそうに撫でる。
     本当にそう思っている。こいつは。あの日薬を飲むと告げた時と同じような笑みを浮かべながら。

     「はぁ~~~~~~……」

     でかい嘆息を吐き、右手で抑え続けていた本を閉じる。

     「 EO-1523とEO-953、出せ」
     「 ? どうぞ」

     言われるがまま、胸のスリットから小瓶を取り出す。それを受け取って立ち上がれば、名残惜しそうに左手を掴まれる。
     「コーヒー……、いや、あれだ、昨日飲んだ紅茶淹れててくれや」
     解いた左手で髪を撫でれば、不満そうな表情も少しは緩くなる。
     「10分くらいで出来ますけど、持っていきますか?」
     「いや、行くから待ってろ」
     はい、と残る不満を隠すように頷くエンドを置いて、地下に潜る。
     確かノートに残していたはずだ。そのノートがどこにあるかを忘れたが。



    ─────────────────────



     「ほらよ」

     少し冷めたアールグレイの横に小瓶を置く。雑に貼ったラベルは今日の日付を書いただけのシンプルなもの。
     「これは?」
     読みかけの本を閉じ、手に取り翳すエンドの向かいの席に腰掛ける。
     「開けりゃ良い。傾けすぎるなよ」
     言われるがままキュポンと蓋を外せば、濃い香りが部屋に広がる。
     「香水……?いや、アロマですか?だから精油を……?」
     「ん」
     「あぁ、ベルガモットに近いですね。だからこの紅茶だったんですね」
     「……コーヒーだと匂い混ざってきついだろ」
     「ふふ、そうですね」
     きゅ、と蓋を閉めても残存する香りが鼻を刺激する。まぁ、調香の間に嗅覚は麻痺しているが。

     「この間何かに使えるかと思って抽出してたやつ、弄ってるときに良い感じになったやつがあってよ。再現してみた」

     スリットに手を入れて何かを探すのを横目に、紅茶を一気に飲む。鼻に染み付いた香りのせいであまり味を感じなかったが、渋みのない舌触り。何を淹れても美味いんだな、こいつは。
     探り当てたように止まった手がずるりと引きずり出される。手に持っていたのは石だった。一緒に取り出した小皿に乗せて数滴垂らす。染み込んだ石は色を少し変えながら、程よい香りを漂わせた。
     「そんな使い方なのか」
     「らしいですよ。何かに使えないかと思って買っておいて正解でした」
     ふふ、と微笑みながら瓶の蓋を閉めて、手の内で転がす。
     「しまわねぇのか」
     「もう少し、眺めていたいです」
     「そうか」
     「えぇ」
     「……」
     「良い香りですね」
     「……」
     「ありがとうございます、ジェンディ」
     「……、……プレゼントだっつーけどよ」
     「 ? 」
     「あれはオレが腹くくるまで待たせてただけだ」
     「当たり前でしょう。大変な決断だったんですから」
     「だーかーらー!」
     「はい?」
     「……待っててくれてありがとよ」
     「 ! えぇ、えぇ、こちらこそ!」




     二人で決めた日







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