背中についた爪の痕が、痛いのか熱いのかわからない。
ひりつく背中は見えないのにその存在だけを主張する。身体中についた歯型とは違う、まっすぐこいつを見つめた証拠。
「……」
寝息を立てるこいつの右手を手に取り、差し込む月明かりで確認する。……剥がれてない。上手く爪立ててんな、と感心すればなんとも言えない笑みが溢れ出る。節が目立つ指と、子の手本にと切り揃えられた爪は白魚なんて形容とはかけ離れているのだが、長く細いその手が器用にガラス管を撫でる仕草は目を離せなくなる。勿論、シーツを掴んで力んだ時に浮き出る血管も、こうして指と指の合間を縫って握った時に感じる肉の薄さも。大輪とは言いがたく、ともすれば花びらから照りが失われ始めた時期に比喩される歳を扇状的に感じるのは、幾度も体を重ねているせいか。それとも手を握るだけでほんの少し眦が下がる純情さに当てられたせいか。寝ているというのに単純なやつ。
……今まで手折ってきた中にも同じやつはいた筈なのに何故、など自分でもわからない。そんな自問は結局『こいつの隣が一番楽だから』で片付けてしまうのだ。それを愛おしいからだと喚く奴がいる。それを好きだからと宣う奴もいる。そんな単純ならどんなに楽か。利用すればいいだけなのだから。
「…んぅ」
小さな寝言が思案から意識を引き上げる。珍しいという考えも、すぐに答えに行き着いて納得する。夜明け前の一等冷え込む外気に手を出していたのだ。温かいシーツの中にしまおうとしても握られているから出来ず、寝返りを打とうにも遮られる。無意識の抵抗が口から漏れたのだろう。
「…悪ィな」
ぼそりと溢して起こさぬよう静かにシーツの中に戻す。少しだけ肌けたシーツを肩まで上げればまた暫く夢から戻ることはないだろう。
「……んとに、単純なら良いのにねぇ」
引き上げた手を見つめ、溢した言葉を想う。体温を奪われだした掌には何もなく、朝靄に溶けた言葉は誰にも知られず、自分の行動に違和感と心地よさを覚える姿は誰にも見られず。
それを愛おしいと喚く奴がいる。それを好きだからと宣う奴もいる。感情の言語化なんて型にはめるだけとも知らずに。
もう一寝入り、なんて気分じゃなくなったな。
脱ぎ捨てたシャツを手に取り、ひりつく背中を隠す。
今から行けば良いのが採れるだろ。
──────
意識が浮上する。
目を開けたのだ、眩しかったからだとわかった頃には、今が昼時で窓から煌々と降り注ぐ太陽に起こされたのだと気付く。
こんな時間まで寝てしまったのかと動こうとすれば、脳天を突き抜ける痛みにベッドの上で悶絶してしまう。突き刺す痛みより鈍痛が勝る間に思い起こされる昨夜の行為。腰の痛みに混じってじくじくと痛む身体中の痕を意識してしまえば、顔が火照って仕方がない。
悶々とする思考を振り払い、彼の姿を探せばそこに見慣れない物が置かれていた。覚えのない、しかし誰がやったのかはなんとなくわかるソレ。花瓶にバラが一輪だけ差してあった。
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ジエンドのお話は
「背中についた爪の痕が、痛いのか熱いのかわからない」で始まり「花瓶にバラが一輪だけ差してあった」で終わります。
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