意図せず漏れたため息に、傍らのその人が顔を上げた。銀髪が枕を撫でながらさらさらと溢れる。柔らかな髪は寝癖なんて知らないのだろう。赤い斑が映える腕を少しだけ掛けているシーツから出して、上体を持ち上げる。淵に座るオレに、少しでも顔を近づけるために。だがそれは疲れて寝てしまう前に酷使した腰に大きな負担を与える仕草。案の定、短い呻き声を上げて枕に沈んだ。なんだかその一連の動きが、どうしようもなく身体の内側を掻き立てるのは、考えないようにして。
「ばーか。まだ無理だって」
突っ伏した顔にかかる髪に指を掛ける。この髪は、そのしなやかさ故にすぐ顔を隠してしまうから。落ちてこないよう耳にかければ、不満と恥ずかしさを分かりやすく湛えた瞳と目が合った。
「……どうかしましたか」
ただその一言を、心配と不安を伝えるために無理をした。それに気付けば、また何かに掻き毟られる。
「……なんでもねーよ」
そう言ってまた向き直れば、背後で身じろぐ音がする。その衣擦れから離れようと浮かせた腰は、先手を取られて捕まった。か弱い女にも劣る力で回される腕を、なぜ振り解けないのだろう。背中にひたりとつけられた額から、じわじわと温もりが移ってくる。
「なら、寝ましょう…?」
まだ、一緒に。
絞り出すような囁きは、突き刺すような静寂の中でも耳を澄まさないと聞こえなかった。迫り上がる何かを言葉にせず、息だけ漏らす。ほんの少しだけ強張った腕に手を掛ければ、拒絶を受け入れたくない意志がありありと伝わってくる。些細な事のはずなのに。微細な変化のはずなのに。なぜこいつのそれはこんなにも分かるのだろう。
「早く起きたら、その分あの子らの飯が豪華になるんじゃなかったっけ?」
試すような、選ばせるような物言いなのは承知している。それでも、こんな言い方をすると、こいつは困ったような表情に揶揄うなという小さな怒りを込めて、二つの瞳を細めて口角を下げる。何度見ても飽きない顔に。きっと今も背中越しにしているに違いない。なんせ当てていた額をぐりぐりと押しつけているのだから。掻きむしっていた何かが弱く、くすぐったくなったせいで、迫り上がる何かは笑みとして溢れた。そのまま回された腕を解いて、早朝の冷気を取り込んだ足をシーツに潜らせる。枕に肘をつきながら見据えてやれば、柔らかな笑みが返ってきた。髪が、はらはらとまた顔にかかる。それをまた耳にかけてやると、その手を取られる。節の目立つ指に嵌められたそれが鈍色が緩い光沢を返す。
「今は…ワタシの方が…あったかいですね…」
小さく漏れる眠り声。起きなきゃ良かったのに、と起こしちまったな、が鬩ぎ合う。意味のない、贅沢な時間。
ふと湧き上がるのは悪戯心。頭を少し浮かせて、枕の間に挟んだ腕を解放する。布一枚越しでも肌の体温を奪う取る手を、右手の代わりに差し出した。意図を察したこいつはまたむくれた顔を見せるだろうか。揶揄いには、そんな応えが心地良いのだ。
「………」
だが返ってきたのは綻ぶような笑みだった。鋼の肌を、小さな凹凸すら確かめるようにゆるりと這いながら、指が絡みつく。こちらに手の甲を向けるようにしながら指の根元まで交われば、カチリと薬指が音を立てる。その主張が贈りつけた時よりもこそばゆく感じるのは、肌身離さずつけているのをこの目で見ているせいか。あぁ、込み上げて仕方がない。
「オレの負け」
嫌がる顔が見たかったのに、そんな顔を返されて、こんな気持ちにさせられたのだから。
こいつの嬉しそうな微笑みと、銀色の指輪が朝日を反射して眩しかった。
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ジェンディとエンドさんのお話は
「意図せず漏れた溜息に、傍らのその人が顔を上げた」で始まり「銀色の指輪が朝日を反射して眩しかった」で終わります。
#shindanmaker #こんなお話いかがですか
https://shindanmaker.com/804548
──【補足】─────────
溜息(冒頭)ーなんも思い浮かばなかった。だからJも語ろうとしなかったしエンドさんも訊こうとしなかった。訊かない代わりに、どこにも行かないでと。
早起きしたらご飯が豪華ー起きてくるまで、出来る時間がたっぷりあるから。でも今夜はJのせいで腰が痛いから、そもそも出来ないことはわかってるくせに、なんてやりとり
贅沢な時間ー起きなきゃ良かったのに溜息(何か考え事?)を気にして起きてくれた。起こしてしまったけど嬉しそうだから、まぁいいか。
名前ーなんとなく名前とか諸々縛りで書いてた