ドラ消しの世界に行く前の一幕久しぶりみたソレはキチンと手入れが施されていて。
執事の優秀さを改めて知るきっかけになったのかもしれない、そう思うと自然に笑みが零れ落ちた。
クローゼットから取り出したのは、大柄な羽根が付いた衣装と兜。
そう言えば、イレブンちゃん達に派手だと驚かれたこともあったわね?
蘇るかつての仲間達との思い出に酔いしれそうになる。が、今はそっちに浸っている場合じゃない。
今日は多忙な彼がこっちに遊びに来る日。この日をアタシはとても楽しみに待っていた。きっと彼もそうだと思う。
到着までもう少し時間がかかるはずだし、急に入った仕事……と言っていいのかわからないけど、それの支度をしなくちゃ。
手に取ったハンガーに掛かったカーニバル用の衣装を光に当ててみる。大丈夫だとは思うけど、自分の目でもチェックは欠かさない。
お次は兜を……と思ったけど。両手でキチンと見たかったので、イスの背に優しく乗せる。
「ん……。汚れもナシ、ほつれもナシ、兜ももちろんピッカピカ……っと!」
どっちも問題ナシね! と呟いたその時だった。
「入るぞゴリア……」
聞き覚えのある低い声が、耳に入ってくる。
そう、彼だった。
「キャアッ! グ、グレイグだったの!? もうびっくりしたじゃない! 部屋に入る時はノックしてちょうだい! って言うか早いわね!?」
「すまん…。やっと逢えたことに気持ちが昂ってしまって頭から抜け落ちてしまったんだ」
「仕方ないわねもぅ……。今回は許してあげるわ!」
驚いて落としかけた兜をテーブルに置き、グレイグの元へと向かう。
余程急いでいたのか鎧のまま訪れた彼の姿に、アタシは思わず笑ってしまった。可愛い所あるのね、もう。
何を笑う、と睨む男に、ごめんなさいね、と思いを込めた視線を向ける。交わったのはほんの数秒だけ。でも意図が伝わったのか、怪訝な表情が別の物へと変わっていった。
「あぁ……と言いたいが、その前に聞きたいことがある」
「?」
……どうやら意図を汲んだから変わった、と言うわけではなく、単純に興味が別の物に変わったからだったみたい。
「何なんだそれは? 盛大に俺を出迎えようと身支度を整えていたのか?」
視線の先にあるのは兜、そして衣装だった。
「……その考えはなかったわ。次は派手にお迎えしてあ・げ・る♡」
言葉通り、先程なアタシにお出迎えの服のことなんて全く考えていなかった。
正直彼からこんな言葉が出るとも思っていなかったので、心の底から驚いたわ。
楽しみにしている、と一言で返すグレイグ。本当かどうかは判断がし辛いけど、表情が穏やかなものだから否定的ではないと思うことにする。
「今のは後者に対する答えだな。……では前者は?」
「だいぶ前だけど、見たことあるでしょう?」
イレブンちゃん達との旅で来たことあったでしょ?と、最後に付け加える。
「確かに急に身に付けて……ではない! 何故それらを表に出しているのだ!? わざと話を逸らしたのか!?」
「違うってば! 怒らないでよもう!」
急に大声を出したからなのか、ドアの外から焦りと心配を含んだ声が飛び込んできた。
声の主はもちろん、セザール。
「ゴリアテ様!? いかがなさいました!? まさかグレイグ様、ゴリアテ様に……!!」
心配から怒りに変わった声色にアタシ達は焦りを隠せなくなる。
そう、セザールはアタシのこととなると周りが見えなくなることが多いの! そしてアタシと一緒にいる相手にとんでもない制裁を与えるといった鬼より恐ろしい存在に…!
子供の頃なんか、それはもう……いえ、今はそんなこと言ってる場合じゃないわ!
とにかく、セザールを落ち着かせないと!
「何でもない! ただ話しているだけだから!」
「ゴリアテの言葉通りですセザール殿!! 決して無体な真似はしていません!! ゴリアテそうだろう!?」
「えぇ! 彼の言う通りよ!」
先陣を切ったアタシに続き、グレイグは身の潔白を訴える。
人によってはアタシに強要しているように聞こえるかもしれない。けど、実際何にも起こっていないので、アタシは擁護するように言葉を被せた。
「……かしこまりました。ゴリアテ様、ほんの少しでも異変や御用がありましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
アタシ達の必死の思い(?)が伝わったのか、セザールは入ってくることはなく、そのまま下がる方向で決着(?)が着くこととなった。
心の底から湧いてくる安堵の思いが、緊張を消し去ってくれた。
よかった……窓ガラスが全部割れるとかドアが吹き飛ぶとか最悪の事態にならなくて、本当によかったわ……。
「わ、わかったわ! ありがとうセザール!」
「私が付いております、何があっても必ずや守り通してみせますのでどうかご安心をセザール殿!!」
「……そのお約束、破った暁には……いえ、信じております。ではゴリアテ様、失礼致しました」
心地良かった安渡が崩壊しかける恐怖の言葉に、グレイグの表情が真っ青なものへと変わる。ついでに目も泳いでいた。
ここで修行をしていた頃、約束を破り制裁を食らったことを思い出したのね……。
アタシもちょっと見ていたけど……それはもう可哀想なものだったわ……。正座六時間って……。
「この年で長時間の正座は……」
どうやら彼も同じことを思っていたらしい。
嫌な記憶が蘇ったアタシ達は、微妙な空気が漂う中、あの時は大変だったわよね…、お前にも見られていたよな……と苦笑いをするしかなかった。
嫌な思い出は終わずさっさと表に出して、終わりにした方がいいものね。
◾️
気を取り直して、アタシはグレイグに向き合う。
今度は苦笑いではなく、ほんの少しだけ怒った表情を携えて。
「グレイグのせいでセザールがピリピリしちゃったじゃないのよ」
「貴様が大声を出すからこうなったんだろう!」
「貴方か急に怒るからよ!」
「怒ってなどいない!」
いけない、これだとさっきと同じになってしまう!
頭に血が昇りかけたが、ふと過ったセザールの言葉にアタシは冷静さを取り戻すことが出来た。
軽くデコピンをお見舞いして、口元に人差し指を近づけて小さな声で話す。
「ちょっ、バカ! 静かに! セザールが来ちゃうわ!」
「っ!?」
「ほら、座って! 落ち着いて話ましょ!」
「そ、そうだな」
セザール、という言葉に冷静になった隙を逃さない。
ソファへと誘導し、対面になるようにアタシ達は座った。
ちなみに、このやり取りだけで数十分は掛かっているわ。……無駄、なんて思っちゃイヤよ?
◾️
「……それで先程の答えは?」
「カーニバルの衣装のことね」
「あぁ。最後に届いたお前からの手紙にはステージを開くなどと言った旨の文言は無かったはずだが」
単刀直入に答えようと思った矢先に、グレイグから横槍が入った。取り出した封筒を開き、便箋を見せる。
見覚えのある紙に文字、導き出される答えは一つ。
それは、アタシが書いて出した手紙だった。
「やだ、持ってきたの?」
「当然だ」
「うわぁ……」
誇らしげに見せる男にかなり嬉しいけどちょっとうわぁ……つまりちょっとだけ引いたので、思わず呟いてしまう。嬉しいのは本当よ!もしかしたらアタシだって同じことしちゃうかもしれないし……ううん、何でもないわ。
「何だ貴様」
「(変な所でマメよね……) 冗談よ! この衣装と兜はさっき引っ張り出してきたの」
よくわからないマメさを見たけどソレは置いといて。
話を衣装の方に戻すために、あえて兜を手に取りグレイグの目の前に突き出す。
「……詳細を話せ」
兜を取った男はチラリと視線を向けるが、すぐにアタシへと戻す。兜をテーブルに置くことも忘れてはいなかったらしく、視線はそのままに素早く行動に移した。
「詳細って言われても、朝に手紙が届いたんだけど……カレンダー的に春が始まる初めの日……多分明後日に迎えに行く?って書かれていて」
自分で言ってて何だけど、何なのかしらこの手紙。
朝に急に届いた宛先不明のソレ。イタズラかと思ったけど、しっかりとした品質の紙に文字も丁寧綴られていたから、無下には出来なかったよくわからない手紙。
「おい、まさか鵜呑みにするわけではあるまいな?」
「半信半疑だけど、本当にステージにお呼ばれしたのなら失礼になっちゃうもの」
「……金持ちの道楽に使われる可能性もある」
何の想像をしているのか、どんどん険しくなる目の前の男の表情。
あぁもぅ、絶対いやらしいこと考えているわね。
「それはない……って思いたいけど……」
バカらしい、と思うけど世の中には色んな人がいるから一概には言えない。
「手紙はあるのか?」
「えぇ。ちょっと待ってて」
これは実際に見てもらって判断してもらった方が早いわね、という結論に達したアタシは机へと向かう。
誰かと一緒に見るとまた違って見えるかもしれない。
さぁて、どんな結果になるのかしらね?
◾️
「これよ」
「一通だけだな?」
「えぇ。セザールからそう聞いているわ」
封筒に入ったまま受け取ったグレイグは、すぐに紙を取り出し文面を確認する。
睨み付けながら食い入るように見つめる様に、アタシは彼が仕事モードに入ったと理解した。
こんな感じで部下のコ達を睨んだりしてるのかしらね……。アタシだったらイヤだわ……。
脳裏に浮かぶ睨みを効かせながら任務をこなす男の姿にげんなりしてしまう。
そんな状態のアタシに全く気付かず熟読するグレイグ。
カチカチ、と針が進む音が大きく響く。実際は違うけど、そんな風に感じてしまう。
「……」
「……」
「ドラ消しの世界からそちらの世界に…………。ゴリアテ」
あぁ、アタシと同じ所で引っかかってる。
「なぁに?」
意味不明だ、と一刀両断かしら?
「どう見ても悪戯だ。くだらん。捨てるぞ」
出てきた答えは想像以上のものだった。
「ちょ、ちょっと!」
「セザール殿がこのような悪ふざけの類を鵜呑みにするとは……」
「あぁもう! 何てことするのよ!」
グシャグシャに握り潰されゴミ箱行きとなってしまった手紙を、慌てて救出に向かう。
言いたいことはわかるけど、これはないでしょ!
「無駄なことに時間を使ってしまった……。久々に逢えたというのに!」
「そうだけど、それはそれ、これはこれでしょ!」
一緒くたにするんじゃないわよ! と付け加えるが、男の耳には入らない。
「少し話をしてから外に、と考えていたが予定変更だ。ゴリアテ、今から出ても構わんな?」
しまいには勝手に今日の予定を決められてしまう始末。
アタシだって考えていたプランがあるのに!
って……すぐに出る!? 本気で言ってるのこの人!?
「もう!? アタシぜんっぜん支度出来てないのに!」
「俺は問題ないが?」
「アンタは良くてもアタシは良くないの!」
「なら待たせてもらうぞ」
言葉の裏にある邪な思いが透けて見える。
この男、アタシの着替えを見る気ね!? そしてあわよくばベッドに持って行こうとしてるわよ絶対!!!!
でもね、そう思い通りになる……なぁんて、思わないで欲しいわね!
ここが何処だかご存知? そう、アタシの家よ! そして昔から知っている顔がいる家でもあるのよ!?
「待つなら客室でどうぞ将軍様? セザール!!」
手を叩き大きな声でセザールを呼ぶと、
「ゴ……!」
「何用でしょうかゴリアテ様」
秒で現れた執事に即座に命を下す。
「アタシ身支度するから、グレイグを客室にお通しして!」
「かしこまりました!! ではグレイグ様、どうぞこちらに!」
途端にイキイキし出したセザールと対照的に青ざめ始めたグレイグ。
「いや、俺は」
「……グ・レ・イ・グ・さ・ま?」
笑っているけど目は笑っていないという、鬼へと変わる手前の状況に差し掛かってしまった。そう悟ったグレイグは反論の意をなくしてしまったようで。
「わ、わかりました……(クソッ……ゴリアテめ……!)」
従うことに決めたのか、素直にセザールは後を付いていくことに。
多分……いえ、内心アタシに文句を言ってると思うけど、それはそれ、これはこれ!
「終わったらそっちに行くから『大人しく』待っていてねん♡」
「私が付いておりますので、ご安心くださいませ」
「なっ!?」
命令に込めた思い……『終わるまでグレイグを監視しててね♡』を汲み取ってくれたのね!
流石よセザール!
「ソルティコが誇る超有能執事だわ!」
「な、なるべく早くしてくれ」
「はいはーい♡」
出て行ったことを確認し、ドアを閉め鍵を掛けクローゼットへと向かう。
最中チラリと視界に入ったグシャグシャのままの手紙や兜、衣装に足を止めテーブルへと方向転換をし、
「明後日になれば本当かどうかはわかるし、とりあえず準備はしておこうかしら」
と呟き、再度クローゼットへと向かっていく。
後日、この手紙通りに別の世界に行くことになるなんて、この時のアタシは知る由もなかった。
終