ルク坊小話 迎えが来る間の一幕窓の隙間から冷たい風がするりと入り込み、ひんやりを通り越した室内の気温がまた少し下がってしまった。
冬へと向かう途中の季節とはいえ、寒いものは寒い。しかも現在時刻は朝。静寂な雰囲気が、空気をより冷えたものへと変えてしまっているのである。
部屋の主ティルは既に活動を始めているが、この寒さに堪えているようだ。
「ふー…さむー…」
「もっと厚みのある服を着た方がいいんじゃない?」
冷えてしまった指先に「ふー……」と息を吹き掛けている最中、馴染みのある声が背後から飛んできた。
「わっ!び、びっくりした…。ルック!急に来ないで下さいよ!」
突然現れたのはかつての仲間であり良き友であり……それ以上の関係性へと成りかけている少年だった。少年の方は友人以上の関係性に踏み込んでいると思っている……ようだが真相は如何に。
「いい加減慣れなよ」
「ルックがそう言う事しなければいいんじゃ……」
慣れろと言う横暴極まりないルックの言葉に正論で返すが、彼に通じる訳もなく。あっさりとスルーされてしまうのだった。
「そんなことより、あと一時間と少しくらいでアレが着くよ」
「アレ……あぁ、リオウですね」
アレという何かを指す言葉だけではティルはわからなかっただろう。しかし前に時間、後ろに着くと言う言葉があったので、誰を示しているのかピンと来たらしい。
「ん」
「教えてくれてありがとうございます」
少年軍主一行が色々と騒ぎながら向かっている様が鮮明に浮かんだのか、ティルは眉尻を少しだけ下げてクスッと笑う。
考えられる理由として……デュナン城に向かう道中、その様子を何度も見ているからだろう。
「別に。僕はアイツよりも早く君に逢いたかっただけだし」
「……そ、そうですか」
超が付くほど直球なルックの言葉に、ティルは少しだけ恥ずかしさを覚える。面倒な事を極力避ける傾向にあるこの少年は、殆どのことに対して素っ気ない態度を取るのだが……自分に対してこう言った優しい(?)言葉を掛けることが比較的多い。
ルックってこんなこと言う人だっけ……?と戸惑うことがあったのだが、自分に心を開いているからなのかもしれない……と思うことにしたようだ。
「一時間あれば何か飲みながら話出来るし、アイツの悔しがる顔も見れて一石二鳥ってヤツさ」
「……わぁ、性格わるーい……」
恥ずかしいと言う感情が早足で彼方へと駆け抜けていく。やはりルックは性格が捻じ曲がっているのだと、呆れ顔で再認識するティル(もはや何度目かわからない)。
「何か言った?」
「いーえ、何でもありません!」
細まった双眸から鋭い視線がティルへと突き刺さる。ちなみに悪口が聞こえているのは聞くまでもなかった。
反論したところで言いくるめられた挙句百倍にして言葉の刃が降りかかってくるのは、火を見るより明らかだ。なので、ティルは早々に降参する以外の選択肢が無かった。
「茶葉持ってきたから……あの下男じゃなくて君が淹れてね」
コント(違)を終えた瞬間、ルックはこっそりと持ってきていた小さな袋を渡す。中身は彼の言葉通りの物が入っていた。
「……グレミオが淹れた方が美味し「君が、自分の手で、直接、淹れてね」
ティルの従者である男の万能さを知らないはずがない。だが彼は頑なに拒絶の構えを取る。気に食わないと言う理由だけではなく、ティルが絡むとまるで人が変わったかのように面倒な男に変貌してしまう、ということもわかっているからだろう。
しかし紅茶を淹れる際に、自分の存在が知られてしまうのは明白だと考えているようで。そこはもう仕方がないと割り切っているようだ。
せめてティルの手で作った紅茶を飲みたいと言う、対抗の気持ちがこもった言葉になったのであった。
「……」
「僕は本でも読んで待ってるから」
これはもう何を言っても無駄だと悟ったティル。受け取った袋を見て「仕方ないですね……」と苦笑を交じえて零す。
なるべく早めに戻りますね、と伝えると、うん、と言う短い返事がティルの耳に返ってきた。
善は急げと小走りでキッチンへと向かう背中を見送ったルックは、その足で本棚へと足を運ぶ。何にしようかと本を見定めていると、気に食わない男の声がルックの耳に入ってきた。
「……」
心に苛立ちが生まれそうになったが、目の前にいないから存在しない=問題ない、と自分とティル以外シャットアウトモードに入る。俗に言うスイッチの切り替えという奴だ。
目についた本を素早く取り出し、ソファへと歩く。
目は本の中身に向いているが、心はティルの手で生まれた紅茶を飲むことにしか向いておらず。
部屋まで入ってくる主従漫才(違)は、今度は彼の耳に入る事はなかった。
少年軍主が到着するまで一時間弱、ルックは望み通りに過ごせるかは……ティルの手にかかっている(大袈裟過ぎ)。
終
おまけ
「勝手に上がり込んでティル様のお手を煩わせるとはどういう事ですかルック君!?」
「……はぁ、やっぱり来てしまったか」
「当たり前です!!この家の食料は全て私が管理していますからね!!常備している茶葉ではなくどこから持ち込んだかわからない茶葉の時点で怪しいと思うのは当然です!!」
「言ってくれるね下男。ティルに渡したのは手に入りづらい奴なんだよ。まぁかなり高級なやつだし下男が見た事ないのは当然だよね」
「言ってくれますねこの性悪クソガキ……」
「なに?本当のこと言われて動揺したの?ムキにならないでくれる?恥ずかしい大人だね」
「…………」←紅茶を持ってきたが気まずい空気を感じて部屋に入らないティル
おまけ終