5/26チェミゲ掌編「慰めないでくれ」と、急にチェーザレが言った。
「何を」
「私が今後どんな目に遭って死んだとしても、心の中で私を慰めないでくれ」チェーザレは特別何かを憂いてる様子もなく世間話の調子で言った。
だから俺もそういう風に、世間話をするように返した。
「ああ」俺は言った。「そうする」
「お前が死んだときも、私は慰めたり憐れんだりしないことにする」
別にこっちからは頼んでいなかったが、今のところ死んだ後の自分の扱いに関心はないので「わかった」と返しておいた。
チェーザレは朝からベッドでごろごろしていて、俺は少し離れた椅子に掛けて話し相手をやっている。窓の外に目をやるとそれはもうバカみたいに空が晴れており、丘のふもとにある風光明媚なスポレートの街と、平穏な畑と、その向こうになだらかな山々の重なる影が見えていた。チェーザレはそれら全てに背を向けてごろごろしている。
そういえば昔もこんな風に、あれはたしかずっと昔の、教皇に挨拶する前の夜の話で、弱気になったチェーザレに頼まれたのだった。あの時の事を覚えているのかふと気になったが、さすがに訊いたりしない。おそらく、覚えていても忘れていてもチェーザレは「忘れた」と答えるだろう。その後で、実は覚えていた、とこっそり打ち明けられたなら、俺は「だろうな」と返すだろうし、反対にあの夜のことがチェーザレの記憶から綺麗さっぱり消えていたとしても、ああ、やっぱりな、と俺は思うのだろう。
「水道橋をまだ見てないな」
「え?」
またもふいに声を発したチェーザレが滔々と独り言のようにつぶやく。
「街はずれの水道橋、ポンテ・デッラ・トッリ。それと街中にあるとかいうテアトロ・ロマーノ」
「行きたいのか?」
こちらが問いかけると沈黙が訪れた。何故そこで止まるのかわからず首を傾ける。
「行きたかった」ベッドからようやく身を起こしたチェーザレは言った。「ずっと昔からな」
「そうか」俺は言った。「じゃあどうせ暇なんだし、今日行ってしまおう。準備するから待ってろ」
部屋を出る俺を見るチェーザレの目は特別喜んでるという様子もなく、ただ、やっぱりな、とでも言いたげな納得めいた表情が浮かんでいた。