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    たまごやき@推し活

    アンぐだ♀と童話作家アンデルセンのこと考える推し活アカウント

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    現パロアンぐだ♀、歳上童話作家とぐだちの歳の差カプ


    2020.9〜

    ##FGO
    ##アンぐだ♀
    ##現パロ
    ##青年実験

    凹凸恋人スタートライン 今気になっている人は、私のバイト先の喫茶店によくやってくるお客さん。背が高くて、細身ですらっとしていて、格好良い。友達にそこまで言うと皆応援するよと言ってくれるのに、実際に喫茶店にやってきて彼を見ると意見を変える。――あんな歳上、相手にされるはずないでしょ。

    「竹中さん、いらっしゃいませ! いつものですか?」
    「あぁ……」
     お気に入りの奥まったテーブル席に座った彼がおかわりのコーヒーを頼むまで、話すタイミングはない。彼が店長の友人じゃなかったら、名前を知ることすらなかった。私がアタックしても、全然動じない。きっとナイスバディで美人なお姉様たちに毎日のように言い寄られているんだ。それでも諦めきれずに、今日も話しかけるきっかけを見極めている。
    「あの、これ良かったら……サービスです」
     ハートのラテアートをあしらったコーヒーを一つ差し出す。
    「……」
    「あの、今ラテアートの勉強中で! 良かったら……」
     真顔でじっとコーヒーを見つめる彼に耐えられなくなって弁解する。
    「僕は別に構わないけどね。……年齢の近い男にこれは提供しないほうがいい。良からぬ誤解を生む。まぁこれだけ年齢が離れていては、父の日のプレゼントくらいの感覚だが」
     伝わっているようで伝わっていない。離れ過ぎた年齢のせいだろうか、保護者の顔をしないでほしい。
    「でもほら! 竹中さんは私の父親よりもずっと若いと思いますよ!」
     父親と思って渡しているんじゃない、これは異性へのアピールだとどうか気がついてほしい。
    「……とにかく。練習なら馴染みの客以外にこれは出さないんだろう? 向こうの席にいる頭の容量が限界そうな男達のテーブルには出さないことをおすすめするよ」
    「出しませんよ! だって、これは竹中さんのために淹れたもので、」
     アピールしたいとは言ったけれど、流石に直球すぎただろうか。だけど、鈍感そうな人にこれくらいはっきり言わないと伝わらないとアドバイスももらったし……。
    「それはまた、常連冥利に尽きるな。さて、仕事中の君をいつまでも捕まえていては僕が叱られる。早く戻りなさい」
     そうきたか。しかも仕事中だと指摘されると痛い。涙をのんで今日のおしゃべりを諦める。
    「……店長、仲を取り持ってほしいんですけど!」
    「あいつは藤丸さんよりも随分歳上だろう? もっと歳の近いやつを紹介するから」
    「竹中さんがいいんです! 他の男の人の紹介はいりません」
    「やれやれ、もう少し歳が近ければなぁ……。そもそもあいつは誰かと付き合おうなんて、そういうつもりもなさそうだ」
    「それ、今恋人はいないってことですか……!」
     好きな人に恋人がいない。それだけでも良い情報だ。そんな相談を繰り返すうちに、店長が私を応援してくれるようになった。歳は少し離れているけれど、それ以外は相性も良さそうだから……なんてふんわりした理由で後押しをしてくれた店長は、実際のところわたしの恋が叶うとは思っていなさそうだった。

    けれどある日、私はついに店長の計らいで、閉店間近までのシフトに入った時に家まで送ってもらえることになった。

    「お待たせしました!」
    「君は毎日のようにこんな時間に帰宅しているのか? いくら人出がないからと言って、働きすぎだろう」
     「いえ、わたしもいつかは自分のお店を持ちたいと思ってますから、最後までいられた方が勉強になるんです」
    「そうか。君は若いのに将来のことをよく考えているな」
    「もう成人もしてるし当然ですよ」
     若い若いと言うけれど、年齢で言えば私も大人だ。そろそろ子ども扱いはやめてほしい。でも少しずつ関係は進展している。いつの間にか夜遅くのシフトに入る時には必ずと言って良いほど送り迎えをしてくれるようになったのだ。
    「一緒に歩いて分かったが、君はあまり警戒心がない。最近はどこの街でも変質者が出るぞ、一人で歩いて事件にでも巻き込まれたらどうするんだ? それから一応言っておくが、あくまで僕は君の雇用主の知人だから君を送っているんだ。仕事中誰かに帰り時間を聞かれたり、送っていくと言われても応じてはいけないよ。家を知られると面倒なことになるだろう」
     彼は割と心配性だ。それから、おそらく鈍感ではない。わたしの気持ちに応えられないから、躱されているのだと気がついてしまった。

    「竹中さん、これサービスです」
    「ああいつものか。何だ、前よりも上達したんじゃないか?」
     褒める時の保護者のような顔にさえ、いつからかときめいてしまうようになった。前よりも上手くなったハートマークに、それでも父の日のプレゼント以上の答えは返ってこない。
    「毎度送っていくのが習慣になってしまったが……周りに勘違いをされるんじゃないか」
    「恋人を作る予定は今後もないので問題ないです」
    「僕が言えた話ではないけれど、年若い娘の時間を奪っていると思うとそれなりの罪悪感は感じるものだな」
    「わたし、竹中さんに送ってもらうのが好きですよ。安心、できるので……!」
    「一人で歩くよりはそうだろうね。変質者にも会いにくいだろうし」
     そういうことじゃない。分かっているはずなのに、躱されているのだ。
    「竹中さん、わたし……!」
    「藤丸さん。僕はね、君より随分歳上だ。それでも、君のことはそうだな、歳の離れた妹くらいには思っているつもりだよ。あるいは、友人のような関係だと」
     これ以上気持ちを伝えるのは許さないとばかりに、警告をされた。でも、これで折れられるのならもうとっくに諦めているのだ。わたしは諦めが悪い。そのことをまだ彼はあまり知らない。
    「そうですか? でも、わたしにとっては全然父親でもお兄ちゃんでもないですよ。お友達から始めましょう、なら前向きにとらえますけど」
    「それは」
    「妹だと思うくらいならお友達になってほしいです! もちろん、お付き合いを前提としてくれたら嬉しいです」
     貴方を異性として見ているのだと、はっきりと気持ちを口に出したのは初めてだった。
    「そういう関係は一生友達で終わるものだぞ。どっちつかずの態度をとった僕にも原因はあるだろうが……はっきりしたお断りが必要かな?」
     そんな風には見られないと、はっきりと言われたのも初めてだ。
    「お友達で終わらないように努力します! 友達みたいに思ってる、じゃなくて友達になってもらえませんか? それ以上は、別に今は求めませんから。それとも友達になるのにも、歳の差があったらダメですか?」
    「……やれやれ、君は思っていたよりも強情だ。そうだな、友人としての関係だけを望むのなら、別に構わない。君の希望には、本質的に応えることはできないが」

     こうして、わたしは半ば強引に彼と『お友達』の関係をスタートしたのだった。
     お友達になると何が違うのか。前よりも保護者っぽさが減った気がする。それから、『勘違いされるだろう』と言わなくなった。友達だから、そんな心配はなくなったというのか。それでもわたしは他の人を好きになったり、彼のことを好きじゃなくなることは全くなかった。
     それとなくわたひを応援してくれた店長が本腰を入れてわたしの恋を応援し始めてくれた頃には、もう友人関係として長い時間が経過していたのだった。



     歳の差がありすぎて、まるでお父さんがお兄ちゃんみたいにわたしに接してくる。告白を受けられないのなら、お友達からで構わないからと無理やり友人関係になってから数ヶ月。最近どうも彼の様子がおかしい。

    「お待たせしました、竹中さん」
    「あぁ……」
     わたしのシフトが終わって、店じまいをしてからわたしを家まで送り届けてもらう。友人というよりは保護者のようなそれが、いつからか上手く言語化できないけれど変わったように思うのだ。わたしと彼では歳の差があるから、大体話題は共通の知り合いである喫茶店の店長の話になる。彼にとっては友人、わたしにとっては雇主だ。
     今までは店長の話題が中心だったのに、最近は趣味や休日の過ごし方の話になった。それから好きなものや嫌いなもの、友達の話や仕事の話……思った以上に歳の差は感じられない。彼が流行に敏感だからなのか、わたしが最近気になるものの話題は全部押さえていた。むしろ、同年代の男の人よりも聞き上手だし、話し上手だ。会話が途切れることもなく、家に着くといつも残念になってしまう。

    「今日もありがとうございました」
    「ああ、気にしなくて良い。どうせ散歩のついでのようなものだから……それじゃあまた明日、店で」
     以前は素っ気なく言っていた言葉なのに、こちらを見る目線が妙にくすぐったく感じるようになった。
    「は、はい! おやすみなさい」
    「おやすみ」
     恋人でもないのに、おやすみの挨拶ができる。そのことが少し嬉しい。そのおやすみの言葉がどうも、少しだけ……上手くは言えないけれど雰囲気が違うなと最近感じるようになった。
    「君は、僕に好意を打ち明けた割には本当に友達のように接してくるね」
    「えっ!」
     そんなことを今更掘り下げてくるとは思わなかった。
    「君はお友達からで構わないと言ったけれど……少しは気まずくなるかと思っていたよ」
     歳の離れた友達みたいにわたしのことを思っているなら、友達になってほしい。できるなら、お付き合いを前提にしてくれると嬉しい。……わたしは告白紛いの形で、友達になりたいと彼に言った。彼は友達になるのは構わないが、君の希望には応えられない、そう言った。
    「これから、お友達じゃなくてちゃんと異性として好きになってもらえるように頑張るからいいんです!」
     元々歳の差もあって、叶う希望がほぼなかったこの関係。友達にだってなれるとは思っていなかった。だから、チャンスを諦めない。
    「そうか……そんなことは本人には伝えないものだと思うけどね」
    「いや、もう気持ちを知られてるのに今更じゃないですか。もしかして、すぐ諦めると思ってましたか?」
    「そうだね。正直なところ、諦めてただの友人関係になろうとしているのかと」
    「わたしはお友達じゃなくて恋人になりたいんです!」
    「っ……! あまり、歳上をからかうものじゃないよ」
     前にも伝えたはずの好意なのに、改めて伝えた途端に彼は顔を赤く染めた。
     もしかして、照れてる? 歳下でも伝え続ければ、少しは意識してもらえるようになったんだろうか。
    「からかってません。わたし、今でも恋人にしてもらいたいって思って、いつもアタックしてますよ」
    「君のような歳下に手を出すほど良識のない大人じゃないんだ」
    「もう成人してるんですよ。歳下だけど、子どもじゃないです」
    「それは、分かっている」
     そんなことを言っているけれど、彼はいつも歳下だからとわたしを子ども扱いするのだ。
    「全然分かってないです! わたしは竹中さんと一緒に……デートしたりとか手を繋いで歩いたりとか、そういう、恋人同士になりたいんですよ」
    「そういうことがしたいのなら、もっと歳の近い男を恋人にすればいい。君の望みを叶えてくれるだろう」
    「わたしは! 竹中さんとしたいんです!」
    「…………」
     深くため息をつく彼の様子に、こんなんだから子ども扱いされちゃうんだよな……と心の中で反省する。
    「君の理想の恋人像には僕は不相応だ」
    「そんなこと、」
    「例えばあくまで仮の話だが、僕たちが恋人同士になったとしよう」
    「えっ!」
    「……仮の話だからいちいちそんな反応をされても困る」
    「わ、分かってます! 続けてください」
    「つまり、恋人に望むものが違いすぎる。僕が君の恋人なら、家に送って行くと言って部屋に連れ帰るだろう。そのまま抱いて、朝まで帰さない」
    「⁉︎」
     とんでもない単語が出てきた。それを想像して、一気に体温が上がる。熱くなっていく全身に、自分の顔が赤くなってるだろうことが分かった。それを見られたくなくて手で顔を覆う。
    「君が僕に望んでいるのは、そんなことじゃないだろう? 残念ながら無駄に歳を食った男なんてこんなものだ。何らかの補正で僕がそれなりに良く見えているのなら、考えを改めたほうがいい」
    「あ、あの……嫌とかじゃなくてちょっと想像力不足で……」
     仮の話でも、わたし相手に恋人だったら……なんて話で、そんな内容になるとは思わなかった。
    「無理をするな。この仮の話で不快になったのなら、今すぐ友人関係を解消してくれて構わない」
    「不快だなんて、そんなこと絶対ないです! あの、もしいつか恋人にしてもらえたらその……わたし、頑張るので!」
     歳上の男の人が恋人に求めることはハードルが高い。けれどわたしはこの人の恋人にしてほしいのだ。
    「仮の話と言っただろう! いい加減これ以上俺を煽るな、連れ帰るぞ! ……あ」 
     まるで口が滑ったような反応だった。……細かいところだけれど、いつもは僕っていうのに、俺って言うのは新鮮だと思う。いつもよりワイルドな感じで、ちょっとときめいてしまった。それから、見たこともないほど赤くなる彼の耳が、先ほどの言葉が本音であると語っていた。
    「あの、連れ帰ってくれるんですか……?」
    「さっきのは言葉の綾というやつだ。いきなりそんな無体を働けるか!」
     きっと彼はわたしを諦めさせるためにとんでもないことを言ったんだろう。実際はそんな手荒なことはしないくせに。恋人になったのなら丁寧に、大事に扱ってくれるんだろうなと思ってしまう。
    「……何をニヤついているんだ! ああクソ、いつまでもこっちを凝視するんじゃない!」
    「痛っ! ちょ、もう見ませんから、下向いてますから!」
     こちらを見られないようにとわたしの頭を押さえて向きを必死に変えようとするものだから、首がおかしくなりそうだ。
    「大体君は恋人になるということを……僕に女として見られることを何も分かっていない。歳上というものを良いように捉えているのだろうけれど、そんなにいいものではない」
     下を向いて自分の膝を見ながら、焦ったような彼の言葉を黙って聞いた。
    「実際はこんな歳まで、言わば独身貴族とも言える生活をしている。まぁ結婚は個人の自由だとしてもだ。しないのと、できないのは違うだろう」
     つまり、彼は結婚したいけどできないと言うのだろうか。恋人を作る気はなさそうだったけど、もしかしてゆくゆくはお見合い結婚なんてことも視野に入れてるのかもしれない。それは困る。
    「結婚したくても、相手がいないってことですか?」
    「……痛いところを突いてくるな。だが、平たく言えばそういうことだ」
    「わたしを恋人にしてくれたら、そのうち結婚できますよ!」
    「いきなり何を言ってるんだ!」
     ちょっと思い切りが良すぎだだろうか。けれど、わたしの周囲の人はみんな、ここまで来たら押すしかないと応援してくれている。彼は案外、押しに弱い。
    「わたしのこと、もしも恋人にしたら……って想像ができるなら、か、彼女にしてもらえませんか! お試しでも、構わないので……」
    「君のような歳下を家に連れ込みたいと思っているような男、どう考えてもまともじゃないだろう」
     彼の方を見ると、まだ赤い顔で気まずそうにしている。
     こんな場面でもこの人は、こんな歳下は女として見られないとは言わないのだ。いつも恋人にするべきじゃない、なんて体裁を前提に話す。だから少しだけ……わたしにも望みがあるんじゃないかと思ってしまう。
    「わたしは嬉しいですけど……」
     お友達にしかなれないと思っていた想い人が自分を異性として意識しているのなら、これ以上のことはない。
    「…………はぁ、君は本当に」
     彼はため息と共に頭を抱え出してしまったものだから、何か変なことを言ってしまっただろうかと内心気が気でない。
    「こんな、中年相手で満足できるのか君は」
    「わたしは竹中さんが好きですよ」
    「……さっき話していたような妄言を実行するぞ」
    「えっと、自信はないですけど……頑張ります」
    「そういうことじゃない!」
    「結局恋人にしてくれるんですか? それともやっぱり、ダメですか……?」
    「ぐっ……」

     彼は目線を行ったり来たりさせて、最後には「一ヶ月だけ、君の気が済むのなら」と観念したのだった。こうして、お試しの恋人を永続してもらうためにわたしが努力して……彼にとっては頭を抱える日々がスタートしたのだ。


    君の色に染まるまで 2021.5

    「竹中さん、キュートなのが好きですか?」
    「君の好きな方を選びなさい」
    「……それともセクシー?」
    「僕にかまうな! 何の服でも好きにすればいい!」
     本当に、彼女は僕の話を聞かない。『一ヶ月だけのお試しの恋人』。それが僕達の関係だ。僕の男物の服の好み、食べ物の好みを一通り覚えた彼女が次に目をつけたのは『女の好み』だった。
    「だって、聞かないと分からないでしょ」
    「はぁ、なんでも僕に合わせようとしないでくれ。好きなようにしてくれてかまわない」
     仮初の関係なのだ、服を変える必要はない。まぁ仮の関係でなかったとしても僕はそう言っただろう。
    「だって、わたしは一ヶ月だけじゃ嫌なんです。もっと竹中さんの好みになって……お試しじゃない、恋人にしてほしいんです」
     いじらしいことこの上ないセリフに、彼女の厄介さを感じる。諦めという語句が脳内に登録されていない。
    「説明できる好みの傾向なんてない」
    「もしかして好きになった人が好みってことですか!?」
    「……とにかくだ。君が気にかけることは一切ない」
    「どうしたら竹中さんに好きになってもらえますか?」
    「まずは頭のネジが緩んだ質問を心の中にしまっておくことだ」
     本人から答えが返ってくると思うのか。僕では不相応だというのに、気がつけば期間限定とはいえ恋人になっている。彼女に手を引かれて歩いている。……現代の若者には手を繋ぐくらい簡単らしい。
    「おい、僕をどこまで連れて行くつもりだ」
    「その、恋人は同伴でも大丈夫って聞いたので、」
      ――ここはランジェリーショップの前だ。普段は視界に入れないように歩く。犯罪者扱いされたくない。
    「買い物が終わったら呼んでくれ、店から二十メートルは離れるまで決して連絡しないように」
    「あ、ちょっと!」
     逃げるように店の前を離れる。先ほどまで洋服を選ばせようとしていた彼女が何をねだってくるか、考えたくない。

    「……ずいぶん遅いな」
     本屋の中でかなり時間が過ぎていることに気がつく。店の中にまだいるとしたら近づきたくはない。なのに、どうも彼女を放っておけないのだ。結局、店の近くまで来てしまった。不審者として通報されないだろうか。
    「や、やめてください!」
    「……!」
     目を凝らせばチャラついた男二人組と彼女があの店の中に見える。店員が男達に近づくのを見て、放っておけば解決するだろうなと考える。 
    「そんなこと言わずにさ、何ならこの店での買い物もプレゼントにしてもいいし?」
     プレゼントだと? 前言撤回、店員の対処を待っていられるか。その女はお前達が気安く触れられるようなやつじゃない。今、この瞬間は間違いなく、彼女は僕の恋人だ! よせばいいのに彼女のところに走り出していた。

    「僕の恋人に、何か用が?」
    「竹中さん……!」
    「立香、今日はもう帰ろう」
    「え! あ、そ……そうですね!」
     男達は恋人のいる女はターゲットにしないらしい。大きく舌打ちして去っていった。僕は彼女の手を引いたまま、人混みの中から離脱する。
    「まったく君は妙なのにばかり好かれるな。何もされていないか?」
    「ありがとうございます、大丈夫です!」
    「その割にはさっきから挙動不審だけどね。被害届は急いだほうがいいぞ」
    「そうじゃなくて竹中さん、急に名前を呼ぶから……ビックリして」
    「は……?」
     先ほどうっかり呼び捨てたのを思い出す。彼女のキラキラとした視線に、まずいと察知する。こんな表情をするほどのことじゃないだろうが。僕の方だってこの程度、全然動揺する必要はないのだ。それなのに。

    「それに、恋人って言ってくれた!」
     幸せそうな顔で彼女がはにかむ。それを見て、熱が急上昇する自覚があって。
    (落ち着け……こんなのはたった一ヶ月間の話だぞ)
     年の離れた彼女を恋人にし続けるつもりはないのだ。してはいけない。
    「助けてくれてありがとうございます」
    「な……」 
     爪先立ちした彼女の唇が僕の頬を掠める。ショッピングモールの片隅、人気の少ないその場所で。
    「っ……! 一体何を、こんな場所で!」
    「周りに誰もいないですよ」
    「そういう問題じゃない! 前にも言ったけどね、君は根本的に男を理解していなさすぎる。大体僕をあんな店に連れ込もうとした時点で手遅れだ、僕に何を選ばせる気だ!」
    「あの、パジャマを選んで欲しかったんですけど」
     ……そういえば店先には寝間着があった気がする。想像していたものは早急に頭から消し去るとして、ともかく男を同伴して入るのがまずい。
    「あの手の店に男を入れようとするな。僕を拷問する気がないなら」
    「じゃあ他の服なら? もちろん違うお店で」
    「……まったく、君はこれだから」
     この流れでは普通の洋服を選んでやるハードルがかなり低くなる。女の服を選んでやるなんて避けたい。けれどあぁ、最初に選択を迫られた服はなんというか、恐ろしく彼女に似合っていたなと今になって思い出すのだ。似合いの服を着て横に並ぶ彼女を思い描く脳内に勝つのは絶望的だ。

    「……先に言っておく。僕のセンスに期待するな」
     僕が渋々、と言った形で了承した途端にこれでもかと言うほど彼女が緩んだ表情に変わる。大安売りされんばかりの笑顔でまた僕を服屋へ連れ出すのだ。
     その顔をもう少しだけ見ていたい。たかが一ヶ月では足りないほどに。彼女には決して伝える気のない感想とともに、僕達はショッピングモールの中を早足で歩いていった。


    とめないで延長戦 2021.8

     たった一ヶ月の期間はあっという間だ。期間中一生懸命気を引いて、デートに誘った。喫茶店でのバイト帰りにたくさん話して、意識してもらえるように頑張ったのだ。けれど日が経てば経つほど、彼はわたしの好意を躱すのが上手くなっていった。最初に恋人になりたいと言った時は年上をからかうなと照れてくれた彼が、今は好きと伝えても顔色ひとつ変えないのだ。あぁ、知っている、何度も聞いた……なんてさらりと、興味もなさげに本を読み続けたりして! 
     押してダメなら引いてみろと言うけれど、わたしには一ヶ月しかないのだ。引く時間より、アピールする時間が欲しかった。けれどだんだんそっけなくなっていく彼の態度に、やっぱりわたしでは恋愛対象にならないのかなと自信がなくなるのも仕方ない。
     ――わたし達のお試し恋人期間が、今日終わりを迎える。期間を一ヶ月とした時、この日に返事がほしいと言ったのはわたしだ。けれど返事を貰う前から脈がないのは分かっているなんて、お別れの挨拶みたいなものだった。

    「あの、竹中さん。一ヶ月ありがとうございました」
    「なに、付き合うと決めたのは僕だ。別に礼はいらない」
    「それで、その……」 
     一ヶ月が経ちました。告白の正式な返事を聞かせてください。わたし、あなたにとって、ちゃんと恋人に見えていましたか? 
    セリフは最初から決めていたのに、うまく言葉が出ない。言葉にしたら終わってしまうのがわかってる。決定的な別れの一言を、まだ聞きたくない。
    「……本当の恋人になれなくても、一ヶ月間楽しかったです。なので、これからもまた喫茶店にきてくれたら嬉しいです!」
     どうしても耳にしたくない。「恋人にできない」なんて言葉。だから、返事を聞かないままただの知り合いに戻ろう。
    「君は、僕の正式な返事を聞きたかったんじゃないのか?」
     でも。彼はこんな時に限って見逃してくれないのだ。
    「……やっぱりお返事はいらないです! 一ヶ月間ホントに、わたしには贅沢すぎたくらいで」
     彼の返事を耳にしたくなくて、強引に終わりの挨拶をする。この一ヶ月、少しだけ歳上の彼が赤い顔で照れるのを見ることができた。一緒に出かけて、恋人の気分になれた。……わたしの恋は良い思い出になったのだ。
    「だからこれからもその、よかったらお友達として、」
    「待て。……そうだな。お試し期間を延長しよう」
    「延長……?」
    「人間、たった一ヶ月では分からないことが多すぎる。何も一ヶ月で結論を出すこともあるまい」
     彼の言葉を噛み砕いて、それから徐々にどきどきと胸が高鳴りはじめる。急に降って湧いた彼の提案はわたしには都合が良すぎる。だって。それって、もう少しだけでも恋人にしてくれるってことじゃないか! お断りか、正式に恋人になるか。その二択しか考えられなかったけれどなるほど、そういうのもアリなのか……!
    「そ、そういうことならどんと来い、です! 延長しましょう!」
     次こそは、決められないから延長、なんて言わせずがっちり気持ちを掴んでみせる!
    「あー、それでだ。延長の期間についてだが」
    「はい!」
    「君の気が済むまで」
    「……はい?」
     例えば一週間、一ヶ月、あるいは一年。そんな時間を軸にした期間ではない。
    「あの、気が済むまでって……?」
     曖昧な期間だ。それにわたしは最初から、気が済む未来など見ていない。彼の長い指がわたしの前髪を避けて、眉間を突くように触れる。
    「なっ、なんですか急に」
     彼が少しだけ屈むようにして、わたしの額に唇を寄せる。
    「な、なな、ちょ、竹中さん!」
     こんな、恋人のようなスキンシップを彼がするなんて。
    「君が、僕を好いている限り。……いつまでも」
     わたしが思わず息を止めた音がそこら中に響いているみたいだ。期間は、わたしが彼を好きな限り。だってそれって普通のお付き合いと変わらない。
    「竹中さん、あの、でもっ!」
    「それで? 返事は?」
    「え…………」
     久しぶりに見た、彼の赤い顔。歳上をからかうなと怒った、あの時の顔よりずっと熱の籠った瞳。返事の催促はまるで、告白のようで。
    「君の気持ちを、聞かせてくれ」
    「…………!」
     告白したのはわたしで、好きになったのもわたしで、返事が欲しかったのもわたしのはずなのに。いつの間にか、立場が入れ替わったみたいだ。

    「わたし、竹中さんが好きです」
    「……そうか。それは何よりだ、まぁ知っていたが」
     わたしの返事にそっけなく返しながら、まだ顔を赤くしている彼を眺める。
    「これからもよろしくお願いします」
    「……ん」
     握手を交わす。泣きながら帰るはずの帰り道を、そのまま手を引かれて歩き出す。恋人期間延長。期限は恋が終わるまで。……今度の目標は心を掴むことじゃなくて、彼に「好き」と言ってもらうこと。
     終わりのない延長戦は、まだ始まったばかりだった。


    セーブは努力目標 2021.8

    「竹中さん、今日は逃しませんよ!」
    「君も懲りないやつだな」
    「だってわたし、まだ好きって聞いてないです!」
     これだから、彼女は困るのだ。一ヶ月をあっという間に超え、俺たちの交際期間はもう三ヶ月を過ぎた。本当ならば一ヶ月目のあの日、彼女の手を離さなければならなかったのだ。僕が良識のある大人なら、彼女の手をとったりはしなかっただろう。だが、一ヶ月間散々アピールをぶつけてきた彼女が告白の返事を催促しなかった。そればかりか遠回しに別れの言葉を口に出したのだ。それを聞いたら、つい。
    離すべき手を捕まえて、逃げるのを許さないとばかりに恋人期間の延長を申し出た。彼女にはもっと別の幸せが……なんて体よく考えてるフリをしてその選択肢を潰すような言動をした自分に後から気がつく。
     ――彼女の隣は居心地が良い。結局のところできる限りもっと長くと欲張ったのは、彼女ではなく僕の方だったのだ。だから、困っている。

    「もう、はぐらかさないでください! いつもそうやって……!」
     一ヶ月目のあの日に僕の気持ちは悟られてしまったも同然だ。そこまで鈍い女じゃない。つまり、もっと分かりやすく表現しろと主張しているのだ。
     好き、大好き、愛してる。そういう、背中がむず痒くなるような分かりやすい言葉。彼女は僕の好意を、言葉として受け取りたいらしいのだ。
     しかし言葉にしてしまったら……相手がかなり年下だとか真っ当な大人として接してやらなければとセーブした意味がなくなるに違いない。きっと歯止めがきかない。『もし可憐な恋人ができたなら』……自分が今まで散々考えた妄想を実現させようとする未来は目に見えている。抑え込んでいた反動でとんでもないことをしでかしそうだ。
     僕だって初めてできた恋人に……自分を頼れる大人だと思って憧れ、好意を抱いてくれた彼女には少しばかりの夢を見せてやりたいのだ。思ってたのと違うだとか、大人のくせにがっついてるだとか、そんな感想を抱かれるのは避けたい。 
    「竹中さん、まさか『言葉にしなくても態度で示してる』とか言わないですよね?」
     じとりとこちらを見つめる彼女が釘を刺してくる。
     それを言われると弱い。自分が恋人らしいスキンシップのひとつ、満足にしていないと自覚している。しないようにセーブしているのだから当然だ。
    「もう! 竹中さんはただでさえ態度で分かりにくいんだから言葉にしてくれなきゃ!」
     あぁもちろん、それくらい僕だって知っている。
    「そう言葉にこだわる必要はないだろうが……」
    「じゃあ、分かりました」
     気温が計測できれば、この瞬間に十度は下がっていただろう。彼女の返事は体感できるほどの冷たさを纏っていた。恋愛経験がなくたって分かる。いわゆる、修羅場に該当する状況だ。別れるとか別れないだとかそんな話に発展する可能性すらある。それはまだ、僕だって避けたいところだ。

    「立香、待て。その、なんだ……」
     必死で言葉を探す。思いつく言葉のどれもこれも、とても彼女を止められなさそうだ。丸め込むのは得意なはずが、緊急時になればてんで役に立たない。
    「……知らないっ!」
    「!?」
     それはもう、タックルをかますほどの勢いで、僕の懐に彼女が飛び込んできた。
     かすかに春の花のような香り。
     自分の人生では明らかに縁のない感触。
     何かの手違いでもなければこんな出来事は起こらず人生を終えたに違いない。
    「竹中さん、態度に出ないし、好きって言ってくれないし。……でも、無理してほしいわけじゃないんです」 
     背中にまわされた腕の力は、細いくせしてやたらと強い。
    「ほら、向き不向きがあると思うので! だから、これからわたしの方から頑張るので……竹中さん、聞いてます?」
     彼女がこちらを見ようとするものだから、飛びかけた意識を戻す。こんな情けない顔色を見られてはたまらない。自分の胸元に彼女の頭を押し付けるようにして、どうにかその場をやり過ごそうとする。――まるで僕の方が彼女を抱き寄せているような体勢になっているなど、考える余裕もなく。
     これはまずいと気が付き彼女の頭から手を退ければ、時すでに遅し。案の定こちらを見上げる彼女の顔は煌めくばかりの期待でいっぱい。そんな顔で、嬉しそうに目を閉じて見せるのだ。
    我ながらどうしようもない。望むべきでないと分かっていながら、気がついた時には彼女の頤に手を当てて屈んでいる。二人の距離は触れるか触れないか、もう誤差の範囲だ。

     ――その瞬間、気の抜けたインターホンの音が部屋中に響きわたる。お互い至近距離で固まって、しまいには閉じていた目を開いて。……あぁ、そういえば昼は出前を頼んでいたんだったか。

    「あの……多分出前の配達ですよね。わたし、受け取ってきます!」
     彼女は先程までの余韻などなかったかのように僕から手を離そうとする。まぁ切り替えができるのは結構だが、出前に負けたとあっては恋人の風上にもおけない。 離れようとするところを捕まえて、場面はインターホンが鳴る直前のシーンから――さぁ、もう一度。

     案の定、想像通りになった。一度箍が外れてしまえば、セーブなどもうどこへやら。これからのことが思いやられる。……もちろん心配なのは僕自身のことではなく、僕に苦労するだろう彼女の方だ。散々待たせた好意の片鱗だけで胸焼けしなければいいが、さてどうだろうか。


    リミッター解除とその結果 2021.9

     恋人の態度が変わった。
     そうやって友人達に相談を切り出すと、皆最初は破局の危機かと真剣な顔で話を聞いてくれる。けれど数分もたず、呆れた顔に変わる。
    「あのね、それで竹中さんがね……」
    「立香……相談って言ってノロケてくるのやめなよね」
     ――恋人が、わたしにベタ甘の態度をとってくる。今まで散々、ちゃんと女としてみてほしいだとか子ども扱いしないで欲しいと願っていた。けれどそれが現実に起こるのがどういうことか私は何も分かっていなかったのだ。
     前はスキンシップなんて微塵もしない、そっけない人だった。お試し恋人の一ヶ月間、そこから延長した二ヶ月間で体感した。けれど今はどうだろう? お付き合いが三ヶ月を過ぎた頃、わたしから彼を抱きしめたあの日から、今までのは何だったのかというほどわたし達の関係は変わってしまった。

     インターホンを聞いて、玄関へと駆け出す。大急ぎで部屋のドアを開ければ、機嫌の悪そうな恋人がそこにいた。
    「いらっしゃい、竹中さん!」
    「……僕は確認せずにドアを開けるなと言っただろう。ストーカーでも飛び出してきたらどうするんだ。君はいつ被害に遭ってもおかしくないんだからもっと慎重に暮らしなさい」
     呆れ顔の彼が言う、そのセリフが既に前とは違う。前なら多分、セールスや宗教勧誘だったらどうする、と言っただろう。なんというか、わたしに好意を持っていることや魅力的だと思っていることを変化球を投げるように表現してくる人だ。
    「もう、ちゃんとモニターで確認してるから大丈夫ですよ!」
    「まぁそれならいいが……」
     玄関先で話しながらも、わたしはドキドキしている。ドアを閉めてロックして、それから靴を脱いでしまえば……彼の態度が劇的に変わると知ってしまったから。大きな靴が狭い玄関に並ぶ。私の靴の隣にあると、大人と子どもくらい差があるように思う。彼は背が高いから、靴のサイズも大きいんだろう。靴を脱いで私の目の前に立つと、いつも通りなんてことない顔して私を抱きしめる。
    「……久しぶりだな」
    「そ、そうですね……」
     喫茶店では毎日のように会っている。だからこの「久しぶり」はそこに対してじゃなくて、わたしの部屋に来るのが二週間ぶりだからだろう。彼は屈むような体勢でわたしを抱えながらため息をついた。首元をくすぐる吐息に、いつまで経っても慣れない。ここにきた時の彼は大抵こんな感じで、これは過酷な仕事の合間に疲れを癒しているのだ、とかなんとか。
    「まずはお昼ご飯にしましょうか」
    「ん、そうだな」
     ご飯の用意をするには部屋に入らなきゃいけないのに、彼は言葉では同意しながら全然わたしを離してくれそうにない。互いの体温で温まりながら、部屋に入るまでに長い時間をかける。……彼は普段、言葉で語るよりも態度で表すことが多い。それから、時々かけられる好意の言葉が私を耐えられないほどドキドキさせる。

    「ちょっと、竹中さん」
    「うん? ……もう少しだけ、いいだろう?」
    「ダメですよっ!」
     とにかくこの体勢は彼が喋るたびに息がかかる。その度にどうにかなりそうで、もうわたしは会話を続けるので精一杯だ。
    「前から思っていたが……君はとりわけ耳が弱いな、立香」
    「っ……⁉︎」
     髪をかき分け、至近距離で彼が囁く。とびきりの良い声で。それから楽しそうにわざと耳に息を吹きかける。
    「あ、ちょっと!」
    「それから。存外僕の『声』に弱い」
     弱点なんてとっくに見透かされている。彼が家にやってくるだけで、玄関先からこんなに惑わされているのだ。
    「もう! いじわるするならお昼ご飯は抜きですよ!」
    「やれやれ、仕方のないやつだ」
     ようやく腕の中から解放された。でもまだドキドキと鼓動が早い。とにかく彼の気が変わらないうちに部屋に戻らなくては。リビングへのドアノブを掴む。……途端に彼に手を掴まれる。
    「待て、立香」
    「な、なんですか!?」
    「そう警戒するな。ただの訂正報告だ。さっきのは『いじわる』じゃない」
    「ど、どこが!?」
     どこからどう見たってアレはいじわるに違いないのに!
    「――さっきのは『可愛がっている』だけだ」
    「かわっ……!?」
     そうしてわたしが固まっているのを見て満足したのか、この人は私を置いてさっさとリビングに入っていってしまうのだ。
     もう、やっぱりいじわるじゃないか! ここのところ恋人の態度が変わった。……いじわるしてくるようになったのだ。
    そう言っても友人達が生温かい目でこちらを見てくるので、最近のわたしは物申したいと思っている。
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