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    たまごやき@推し活

    アンぐだ♀と童話作家アンデルセンのこと考える推し活アカウント

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    カルデアアンぐだ♀、付き合ってる時空鯖ぐだワンドロライで書いたもののお題まとめ

    2020.8〜11

    ##FGO
    ##アンぐだ
    ##カルデア時空
    ##恋人

    鯖ぐだワンドロライ参加まとめ初めて

     勝手知ったるマスターの自室。自分にとってこの部屋は時に仮眠室、休憩室だ。何の気兼ねなく訪れ、好き勝手に滞在して帰る部屋。
     ――ほんの一週間ほど前まで、そうだった。

     シンプルな部屋のドアをノックする。鳴らし方は五回、立て続けに。独特な鳴らし方は部屋に入るまでの時間を短縮するために決めたもの。「誰が来たのか?」「用事は何か?」そんなもの一々聞かれていてはたまらないからだ。
     今まで大して気にとめなかったが、今日は彼女の返事が返ってくるまで不躾に扉を開いたりなどしない。第一、万が一トラブルが起これば以前とは違い、気まずいなんて一言で片付けられないのだ。
     誰も通り掛からない廊下の静けさを感じとっていながら、人通りのなさを今一度確かめる。シンとした廊下は邪魔者の一人もいない証拠だが、油断してはろくなことにならないのだ。
    「……ど、どうぞっ!」
     ためらうように発されたマスターの声は下手くそに上擦っている。残念ながら彼女が取り繕おうとしたらしい冷静さや日常など微塵も感じられない。だがまぁ間の抜けたセリフに校正を入れるのも面倒だ、そもそも編集は俺の仕事ではない。
    「入るぞ……立香」
     マスターは今から小一時間ほどの一時休業に入る。
     後ろ手で閉めた扉のロックが思ったよりうるさい音を立てるものだから、妙に耳に響く。普段はロックもかけず開けっ放しの、どうしようもなく無防備なこの部屋に、入室できる許可が降りているのは自分だけだ。

     今日、初めて恋人の部屋に招かれた。

     自分の部屋のくせに所在なさげにぽつんと佇む彼女は俺を呼んだくせにこちらと目を合わせようとしない。

    「呼んでおいてもてなしのひとつもなしか? 俺は淹れたてのコーヒーと焼きたてのケーキくらいは想定していたんだがな」
    「えっ、なんでそんなこと知って……!」 
     少し前、食堂で何やら慌ただしくしていた彼女を目撃した。オーブンから漂う香りはひどく甘ったるくて、オーブンに張り付いて集中している彼女はやたらとニヤけて機嫌が良さそうだった。さらにダメ押しでこの部屋の棚の中に見え隠れするパウンドケーキ。これを今出さなくていつ出すというのか。

    「驚かせようと思ったのに」
     渋々とした表情を隠すことなく全面に出したまま、彼女が戸棚からケーキを取り出す。予想通りコーヒーの用意も万端。これなら表面上は普段のダラダラとした休息時間と何ら変わりない。我が物顔で指定席に座れば、目の前のカップにコーヒーが注がれる。改めて考えれば恋人からもてなしを受けるなんてものは天変地異でも起きたかと疑うほどの出来事だ。

    「……なんか、アンデルセンいつも通りだね?」
     分かりやすく拗ねるものだから呆れてしまう。
    「あっ、もう今鼻で笑ったでしょ! そうやって自分ばっかり余裕みたいなっ!」
    「くだらない事にこだわっていないで早くケーキを切り分けてくれ」
     拗ねたままケーキを切り分ける彼女の横顔を盗み見る。

     不機嫌で力の入った唇は何か塗っているのか、むやみやたらに艶がある。服がいつものどうでもいい部屋着とは段違いだ。

     そんな状態で出迎えておいて、俺のことを「余裕だ」なんて考えているのだ。普段であればもう少し鈍くはない女のくせして。……馬鹿め、こちらの様子をろくに見ないからそういうことになるんだ。

     ケーキを切り終わった彼女が気を抜いた瞬間を捕まえる。
     あぁきっと触れたら、この唇の艶はなくなってしまうだろうか。かたく閉じた唇はすぐ目の前だ。
     顎を掬い顔をこちらに向けさせれば彼女が抵抗もなくあっさり目を閉じるものだから、それを見て思わず――。

     ……長いまつ毛から目を逸らし、油断と隙だらけの額を中指で弾く。
     鈍く低い音に、思ったより威力が出たなと低級サーヴァントの身ながら思う。
    「っ……! アンデルセン!」
    「は、調子に乗るなよ。色気づくにはまだ早い」
    「そうやって子ども扱いするんだから!」
     子ども扱いなんてまったくとんでもない。一人前に扱って余りあるほどだというのに、これだから。 
    「お前こそ。俺を子ども扱いするとろくなことにならないぞ」

    (余裕があるなんて、とんでもない)
     唇の艶がなくなる程度で済むなら苦労はしないがそれは難しい。
     少なくとも彼女がこの部屋でまともに目を合わせられるようになるまでは、自粛期間だ。……まぁ結局のところ長時間待ってやるほどの甲斐性もないだろうが。

     何も知らずに額を擦っている彼女を横目にケーキを口に運ぶ。
     予想を裏切らない甘さを口に含みながら、行儀良く部屋を出られるよう自分に言い聞かせている。
     
     優雅なお茶会で済むのは今のうちだぞ。
     そんな疚しさが彼女に伝わっていないことだけが、今の俺には救いだった。


    あなたが誰を好きでも

    「マスターの好きな人、知ってる?」 
     無邪気な子ども達の問いかけに、ヒヤリとする。一瞬俺達の関係性が暴かれたのかと思ったが、様子を見るに違うらしい。
    「その質問は明らかに人選ミスだぞ。その手の甘ったるい恋の話などに俺を巻き込むな。そんなもの本人に聞けばいいだろう」
     子ども達を追いやってから、ふと思い返す。子ども達の気まぐれな遊びなら良い。
     しかし、立香の方が何かやらかした上で起きている出来事なら最悪だ。子ども達は誰彼構わず同じ質問を繰り返しているようだったが、さてどんな狙いがあるやら。

    「まぁ掻い摘んで説明した通り状況は思わしくない」
    「うそ、みんなに聞いてまわってるの!?」
    「残念ながらな」
     だからお前が俺の部屋に一人でやってきて寛いでいる、なんてことは避けるべき状況だ。……分かっていたが指摘してやらなかった。時間は有限だ。そもそも俺としては関係性を公にされるデメリットよりもメリットの方が大きい。例えばマスターに馴れ馴れしい者達に態度を改めさせられることだとか。
    「昼間に好きな人いるのって聞かれたんだよね」
    「それで? 馬鹿正直に答えた、と」
     大方、口を割ったのは好きな人はいるけれど相手は秘密だとかそんなところだろう。
    「う、だって……嘘つくようなことじゃないし」
    「関係性を秘匿したいと言ったのはお前の方だろう? 仕方のないやつだ」
     恋人がいると知らせるつもりがないのなら、いっそ『好きな人』なんてものもいないことにしておけば良いだろう。やるなら徹底すればいい。中途半端では足元を掬われるに違いない。
    「いっそ俺以外の代役を立てるか? ん?」
    「やだ!」
    「冗談だ。まぁお前であれば代役の受け手くらい星の数だろうが」
    「……アンデルセンは私が他の人を好きって言ってもいいんだ」
     想像以上に臍を曲げている。怒るというよりしょげている姿に、ろくな経験もない自分では挽回できるかどうか。
    「まぁお前が恋人の代役を立てる程度、目くじらを立てるつもりはない」
    「えっ!」
    「どれ、言ってみろ。俺の他に、『好きな人』の候補に上がりそうな男がいるのか? 俺が話をつけてきてやる」
    「話をつけるって……」
    「言うまでもなくカルデアは私闘厳禁だ。剣ではなくペンで、というのであれば俺も物書きの端くれ、それなりに負けるつもりはない」
    「あの、それ、何の話……?」
    「まったくお前も男の機微のわからないやつだな。……お前が名前を挙げた男共全員に恋人役を受ける気もなくさせてやるだけのことだ」
     唇を噛み締めながら押し黙る彼女が頬を染めたのを見るに、存外そう的外れな言動ではなかったらしい。
    「恋人の代役なんていらないよ……」
    「当たり前だろう。お前に付き合わされる哀れな代役の身にもなれ」
    「えっそっち!? ……妬いてくれたのかと思ったのに」
    「それは残念だったな。だがまぁ俺もそんな面倒事はできるだけ避けたい。代役が必要ないならそれに越したことはないだろう」
    「それは、そうだけどもっと、なんかこう……!」
     王道の少女漫画よろしい反応など、俺に期待するのが間違っているのだ。大体茶番にもほどがある。
     残念ながらお前が他に誰を好こうが、手放す気など微塵もないのだ。

     ――そんなこと、俺には今更すぎて、丁寧に解説してやるつもりはなかった。


    おめかし

     マスター業にメイクはあまり必要がない。走り回ると汗をかいてすぐ台無しになる。泥だらけになることも多い。だから、たまに美容にこだわりを持っているサーヴァント達からもらった様々なメイクアップアイテムはクローゼットの中に眠ったままだった。

    「そんなに広げると今日寝るところがなくなるぞ」
    「ここに広げれば寝る前に片付けられると思って」
     ベッドの上に広げているのはメイクアップのアイテム達だ。たまにこうしてながめて、少し使ってみようかなと考える。けれど結局、眺めるだけで終わってしまう。それを使う自分が想像できないのだ。
    「女の見栄も誇張も俺には縁のないものだが……そうも未練がましく見るくらいなら使ったらどうだ」
    「うーん、すぐ落ちちゃうと思うしもったいなくて。ここぞって時に使おうかなって」
     メイクは私にとって日常じゃない。使うのはなんだか憚られる。そうやって今日も結局広げたものをまたしまい込んで、使えないまま。
     使ったらどうかとアンデルセンに言われて、私が答えを濁すのもいつものことだった。

     数日経ったある日のこと。アンデルセンの部屋でのんびり過ごしていると彼が思い立ったように可愛い小瓶を出してきた。
    「立香。俺には用のない代物だからお前にやる」
    「これって」
     マニキュアだ。なんでアンデルセンがこんなの持ってるの、貰っても私も使わないよ、とかそんな返事をしようとした。
     でもぞんざいに瓶を渡してきたのに、目の前の彼が思ったより真面目な顔をしているから何も言えなくて。
    「クローゼットの肥やしにするなよ? 今がここぞという時、だ。そもそもそれは観賞用ではない、実用品だ」
    「で、でも……塗ってもすぐに剥がれちゃうよ」
     汗で落ちてしまう顔のメイクと比べると、たしかに爪に塗ったマニキュアは落ちづらい。けれどすぐダメにしてしまうのは明らかだった。
    「まったく、お前はこれだから。外面を飾り立てる自己満足の品など、もうお前のクローゼットの中に溢れかえっているだろうが。……手ではなく足の爪に使え」
    「あっ……!」
     言われてみればたしかに、足の爪に使うことができる。礼装もしっかりした靴のものが多いし、剥がれずに長持ちするかもしれない。けれど問題はそこではない。
    「せっかく塗っても隠れちゃうんじゃなぁ」
    「……隠れなければ意味がないだろうが」
    「えっ?」
     目の前で彼が深いため息をつく。恋人を見るとは思えない呆れ顔。
    「これだから現代人は読解力が低下してるだの言われるんだ」
     うんざり顔の彼がすぐ横に詰め寄ってくる。
    「な、なに」
    「――俺しか見ないから普段隠れようが問題ない」
    「っ……! アンデルセン!」
    「おいうるさいぞ。耳元で喚くな」
     彼に抗議しながら、けれど小瓶を手の中にぎゅっと握り込む。
    「お前は使う使うと言いながら結局しまい込んでごまかしそうだ」
    「心配しなくてもちゃんと使うよ! 疑うんならここで塗っていってもいいけど」
    「は……? 今、ここでだと? 随分と度胸があるのだな。お前にとっては靴下の一枚や二枚、上着を脱ぐのと大して変わらないらしいが風紀委員長とやらに捕捉されるぞ。こんなところで無駄に美脚を晒す暇があったらさっさと自分の部屋に戻って休め」
    「え、あ、ちょっと!」 
    「……おやすみ」

     早口で捲し立てたかと思えば思いもよらない力で押されて、いつの間にか部屋の外に弾き出されていた。
     普段であれば廊下に誰か歩いていないかくらいは確認するのに、それもない。
     ……あんなに慌てている彼を、初めて見た。 
    幸いにも、誰もいなかった廊下で一人、崩れ落ちるようにしゃがみ込む。 
     例えば足の爪に塗るにはタイツが邪魔だとか、乾くまでかなりの時間がかかるだとか。油断してそんなことは考慮に入れずに喋ってしまった。いつもみたいに彼が私を子供扱いして、からかうみたいに指摘したならまだ平常でいられた。
     それが、あんなに慌てて。……見たことのない顔色で必死に私を追い出すのだから。
    (思ったより、ずっと意識されてる、みたいな)
     くすぐったい感覚に、もうしばらくは頬の熱が引きそうにない。胸がいっぱいだ。

     淡い青色の小瓶を握りしめたまま、それが彼の髪色に似てるなと思ってしまって。
     ……マニキュアはすぐ使うと言ったのに、こんなことではしばらく使えなさそうになかった。

     
    もっと構って

     カルデアのマスターは数多のサーヴァントと契約を交わしている。人数が増すほどに、一人一人と交流できる時間は減るのだ。
     それは当然、サーヴァントとしては古参の立場であっても……恋人、と呼べる立場であっても同じことだ。

    「アンデルセン、いつも思うけど見てるの暇じゃない?」
    「暇なものか、戦力の増強は俺にとっても無関係じゃない。この毎日のレイシフト地獄に耐えうる後釜が召喚されるのなら俺も休みがとれるだろう? お前ほどではないにしろ、俺にとっても死活問題だ」
     マスターが新たなサーヴァントを召喚すべくリソースを注ぎ込むのはいつものこと。厳かとも言える召喚の場を俺が野次馬よろしく見学するのもいつものことだ。
     聖遺物なしでの召喚では通常、マスターの性質に似た者が召喚されるというが……このカルデア式の召喚ではそうとは言えない。だが、何の因果か俺のマスターの幸運値はどうにも、俺と似たり寄ったりだ。
     リソースを注ぎ込んだ分だけ見返りがあると限らない。大半は戦力増強など夢のまた夢。案の定、今日も結果はいつも通り。マスターは暑苦しく俺に抱きついているが、日常茶飯事な分回復も早いだろう。
    「やっぱり運命力が足りないのかな」
    「そんなこと、俺が知るか。だいたいお前、戦力はあればあるほどいいが、現状でどうにもならないほどの戦力でもないだろう。毎度懲りないやつだ」
    「う、うん。それはそうなんだけど」
     幅広い戦力を有していながら、何かとリソースを散財したがる。
    「戦力が増えれば色々できることが増えていいなと思ってるよ。あのでも、戦力が増えなくても、アンデルセンが慰めてくれるから……」
     だから、結局私にとってはどちらでも。俺を抱えるようにしたまま照れたように彼女が言うものだから、いよいよどうしようも無い。
     機会やリソースがあればすぐに新しいサーヴァントを喚びたがるくせに、召喚を試みると毎回嬉しそうに俺に報告してくるくせに。今さらそんな揺さぶりをかけるのだ。
    「人理修復を背負うマスターの台詞としては褒められたものじゃないな」
     ため息をついてみせる。マスターとして如何なものか? だがまぁ、恋人としてであれば、及第点だろうか。悪くはない。
     実のところ、戦力が増えようが俺が連れ回されるのは変わらないだろう。増えようが増えまいが自分の仕事に変わりはない。俺はいつの間にかすっかりフィールドワーク漬けになった自分の生活に慣れてしまった。俺にとっても新しいサーヴァントが増えようが、彼女を慰めてやることになろうがどちらでもいいのだ。
     気まぐれに彼女の頭に手を置けば、大人しく俺の手に身を委ねてくる。警戒心のカケラもない姿はいっそこちらが心配になる程だ。

     ――新しいサーヴァントにばかり構うな、俺で妥協しておけ、など。
     無駄に口を滑らせることのなかった自分に安心しながら、俺は戦力よりも得難い自由時間を過ごしたのだった。


    内緒話

    「マスターはどういう人がタイプ?」
    「ええっ!?」
     何気ない質問だった。いわゆる恋バナ。まるで学校に戻ったみたいだ。教室でお弁当を食べながらする、よくある話題。
    「タイプとか言われても」
     人の少ない時間の食堂。サーヴァント達がたくさん集まる時間は過ぎている。今この場所にはここだけの話ね、なんて次の瞬間には筒抜けにするようなサーヴァントもいない。
     でもここでは話しづらい。……だって、今すぐ近くに恋人が座っているのだ。周りのサーヴァント達は事情を知らないから、配慮なんかしてくれない。
     誰にも言わない、『ここだけの話』。好きな人には内緒にしてね、なんて言うけれど……一番聞かれたくない人はすぐそこにいるのだ。
     恋バナに慣れたサーヴァントが誘導尋問のように私の好みを聞き出してくる。
     ふうん、じゃあ知性派の方が好きなんだ?  面倒見が良い人が好きなの? 
     甘やかしてくれる人が好きなんだ?
     どこかで止めなきゃと思うけれど、ヒートアップした彼女達の質問は止まらない。その会話から抜け出せるまでにかなりの時間がかかった。

     その日の夜のこと。 
     部屋の扉をノックする音が響いて、思わず持っていたペンを落とした。立て続けに五回――アンデルセンだ。
     昼間の、内緒話になんかならない筒抜けの恋の話。そんなのを聞かれたから、できるなら今日は二人きりを避けたかった。……けれどそれ以上に、訪ねてきてくれたことが嬉しい。できる限りの時間を一緒に過ごしたいのだ。
    「…………どうぞ?」
    「そう身構えるな、大した用じゃない。いつも通りの暇つぶしだ」
     こちらを見る顔はひどく楽しそうだ。……悪そうな顔。我が物顔で私のベッドを占領してくつろぎながら、なんてことない世間話みたいに昼間の話を引き合いに出す。
    「しかしお前は付き合いがいいな。馬鹿正直にベラベラと」
    「だって、皆の聞き出し方が上手いから」
    「『甘やかしてくれる人が好きなんだ?』」
    「…………!」
    「は、お前も中々まわりくどい奴だ、立香。一体誰に似たんだか」
     彼の手がベッドを軽く叩く。控えめな動作で、我が物顔で、こちらを見る。
    「どうした? 甘やかしてほしいんだろう」
     誘われるようにベッドに座る。挑発的な言葉とは裏腹に、私の頭を撫でる手はひどくやさしい。いつだって丁寧だけど、今日はより一層。甘やかし放題だ。
    「あのね、昼間のは……もっと甘やかしてほしいとか、甘やかしてくれるからアンデルセンのことが、好きだとかそういうのじゃなくて」 
     自分から白状するのは恥ずかしい。けれど彼にこんなに優しくされるとそれはそれで落ち着かないのだ。
    「アンデルセンが相手だから、いつも私がつい甘えちゃうなって……そういう話なんですけど」
     「そんな話を俺にしてどうする。それこそ『内緒話』に留めておくべきだろうが」
     早口でそう言った彼の、首元がいつもより熱い。そんな違いに気がつかないフリをしながら、ゆったりとした眠気に身を任せる。
     ……彼にもたれかかったままの体勢では、彼の顔色はよく見えない。それだけは少し残念だった。


    嘘つき

     カルデアのシミュレーション技術は、偽物であれど本物に近い印象を与えるのに長けている。嘘を本当にするほどの技術力には目を見張るものがある。元は火気厳禁の無機質な部屋が秋の風景に変わり、目の前にはご丁寧に焚き火のセットまで現れるのだから。
    「何だか野営してるみたいだよね。炎だって本物みたい」
    「実際の野営もすでにお手の物だろう。わざわざ選ぶシチュエーションか?」
     シミュレーションルームは娯楽の少ないカルデアでも人気が高い。使用したいのなら予約は必須だ。ついでに目の前の彼女は、そんな予約必須の部屋よりも一層スケジュールが詰まっている。まぁレア度の高い組み合わせに囲まれているが、めでたくも何ともない。
     いわゆる「久しぶりのデート」と呼べる状況で野暮な野営地を選ぶセンスはいかがなものか? 
     二人でシミュレーションルームを使おうと提案され、勝手に期待した自分が愚かだった。それでもでてきたものが野営地だなど、情緒がないにも程がある。彼女には哀れな男のため息ひとつくらい、甘んじて受け入れてほしいものだ。
    「まさか色香のカケラも感じられない野営地を逢瀬の場に選択するとはな。大方この状況にもその焚き火で芋が焼けるかどうか、くらいの感想しか出ないのだろう?」
    「もう、そんなことないよ!……だって、あの、本当の野営地じゃ二人きりになれないから代わりにと思って」
    「は、何を言うかと思えば」
     野営は当然レイシフトした者達の拠点として使われる。野営の準備から火を囲んだ作戦会議、その上就寝、後片付けと数えてみれど、常にマスターは人に囲まれた状態だ。二人きりなど難しい場所の筆頭だろう。
     しかしまぁ、焚き火でどんな食べ物が焼けるか考えるくらいがせいぜいと思いきや、なかなか踏み込んでくる。さっきまで賑やかにしていたくせして、野営地の選定理由を白状した途端に静かになるのだ。
     ――こんなろくでもない野営地が、彼女の言葉ひとつで一等地へ様変わり。
     腰掛けている倒木も高級ソファに、焚き火も暖炉に。後は寒さに震える彼女に手渡す柔らかなブランケットのひとつも持っていれば最高だろう。
     まぁそんな気の利いた物は持ち合わせているわけもない。自分の今の手持ちでは、せいぜい白衣が役に立つ程度だろうか。この胸焼けするほどの空気にすっかりあてられているようだった。
     しかし白衣を脱ごうと手をかけ、はたと気がつく。大した温度を持たない上着より、彼女を確実に温められる方法があるじゃないか。
     隣の彼女との距離感、僅かな隙間をも塞ぐように彼女にもたれかかる。
    「アンデルセン!?」
    「……秋の森は冷える。風邪を引いて責任を取らされてはたまらないからな」
     室内の森に大した寒さはない。シミュレーションなのだから。……それでも今だけは都合よく寒いことにする。そこまでお膳立てすれば流石に彼女もそこまで空気の読めない女でもない。俺の身体にも、彼女の方からもたれかかる重みが加わる。

     シミュレーションの嘘ひとつ、今は本物で構わない。僅かな時間だが、穏やかな休息地で過ごす休暇は何よりも得難いものだった。
     

    夏の終わり

    カルデアは年中冬景色。平和に四季を感じさせるのはシミュレーターの仕事だ。暦の上ではギリギリ夏の今日、マスターに僅かな休養の時間が与えられていた。
    「海だと? こんな時期に何のつもりだ。もう夏も終わりだぞ」
    「シミュレーターなんだから関係ないでしょ! それに私、海水浴のお客さんがいなくなったくらいの時期の海、好きなんだよね」
     つまるところ、マスターはシミュレーターで仮想の海を楽しみたいらしい。
    「なんならスイカ割りとか、バーベキューとか花火もできるし」
    「その手のイベントはもう散々やっただろう。ネタ集めにもならん」
    「でもほら、いい休憩になるよ」
     カルデアのレジャー参加を促されるのは珍しくない。だが過去を振り返れどここまでしつこいほどに参加を促されるのは珍しい。
    「なんだ、今回は妙にこだわるな。バーベキューなら調理場の連中と」
    「三十分だけ! ……二人きりになりたい」
    「は……?」
     団体レジャーでなく、一対一の外出。これが世間一般での『デート』に分類される誘いと気がついてしまったのが敗因だ。
     真っ白な原稿用紙を放り出して、正気にかえった頃にはすでに身体は砂浜の上、パラソルの下、あたり一面の夕焼け空に包まれていた。
     シミュレーターの使用が許可された時間は短く、どうも名目上はマスターの気分転換と少しの休息となっているらしい。そこにこっそり俺を滑り込ませている。
     もちろんレイシフトとは違い許可は必要ない。ただ、俺達の関係性を考慮に入れるなら逢引き程度のイベントだ。
    「こんなシチュエーションを設定したくせに、海に入らないのか?」
     海を選んだわりにただ砂浜に座っているだけだった。恋人を誘ったのだから海で水着のひとつやふたつ披露してバチは当たらないだろうに、いつもの礼装姿。……さすがに水着の一枚くらい披露してもバチは当たらないと思うが、ままならないものだ。
    「うん。のんびりするために来たからいいの。ほら、クラゲがいるかもしれないし」
     のんびりという割にはかしこまった姿勢で座っているばかりで堅苦しい。今さら、二人だからと緊張する間柄でもないだろうに、海というシチュエーションにあてられているらしい。
     その上、貴重な三十分を本当に二人きりになるためだけに使用するつもりらしいのだ。なけなしの休憩時間をわざわざ……無駄遣いもいいところだ。
     それにいっそ無駄にするのならもっと、それらしい過ごし方がいくらでもあるだろう。
    「まぁ海に入らないのは構わないが……休むのもお前の仕事のうちだぞ。こんなビーチでいつまで正座しているつもりだ?」
    「うわ、ちょっと!」
     サーヴァントと人間の力の差ははっきりしている。すこし彼女の袖を引けば、体勢を崩すのは容易い。すぐ隣にいれば当然、バランスを崩して自分の方に彼女が倒れ込んでくるのも予定通りだ。
     一瞬の間に自分の膝上に彼女の頭が乗りかかりる。彼女がそこから慌てて飛び起きようとしてもまぁ、当然俺が押さえてしまえば力で敵うはずもない。
    「無駄に力を浪費しないでしばらく横になっていろ。海に入ってクラゲに刺されるよりよほどマシだ」
     しばらく彼女が反論しようと口を動かしていたが、結局最後には観念したようだった。
    「……アンデルセンって時々強引だよね」
    「さて、どうだか。付き合いが長くなればサーヴァントはマスターに似てくるという説があるぞ」
    「もう、私はそんなに強引にしてないよ!」
     しばらく口だけは喧しく動かしていた彼女は相変わらずの図太さで、数分もすれば安らかな寝顔を見せていた。強引かは別として、恋人の膝で眠りこける度胸はさすがに俺にはない。
     案の定、三十分なんてとっくの昔に過ぎ去っている。もうすぐ喧しい連中が痺れを切らしてここに乗り込んでくることは明白だ。俺達の関係について明言はしていないものの、この状況を見られては言い訳のしようもないだろう。
     まぁそもそも今の時点で俺達の関係が周囲にどう認識されてるかは、また別の話なのだが。
     ……とにかく今はどうも、彼女を起こす気にはなれない。
     こんなありふれていて平和そうな、間の抜けた顔を見るのは恋人だけの特権でもあるのだから。あと、もう五分だけでも。夏の終わりまであと少し。
     夕陽に溶けるような彼女の髪を梳きながら、邪魔が入らないよう願うばかりだった。 


    深夜零時

    「……今日はダメだ。さっぱり進まん」 
     ペンを置き、投げ散らかしたボツ原稿に囲まれながらため息をつく。食堂で夜食でも見繕うべきか。
     ――今日、彼女の新しい礼装が仕立てられた。
     当然俺が彼女の試着の場に立ち会えるはずもなく、まだ着た姿を見ていない。
     明日になれば当然新しい衣装を身に纏い、レイシフトに旅立つだろう。……袖を通した姿を初めて目にする男は戦闘狂のサーヴァント達の誰かであって、俺ではない。
     そんな、ささやかな事実が執筆の邪魔をする。

    「あれ、今日はあんまり捗ってない?」
     何度目かのため息の途中、息を止める。独り言に突然返ってくる返答など、心臓に悪いにも程がある。
     しかし振り返らなくとも訪ねてきたのが誰かは分かり切っている。……マスターだ。
    「なんだマスター、いたのか。人の部屋に立ち入るならノックをしたらどうだ?」
    「ごめんね、したけど返事がなかったから……」
    「返事がない所へ勝手に侵入するやつがあるか! 大体お前、こんな夜更けに……」
     後ろを振り返る。数時間ぶりの運動に身体が軋ませながら、淑女のマナーのなんたるかも知らない小娘に小言を並べるつもりだった。
     だがそんなことは振り返った途端に頭から飛んでいってしまった。

    「あの、どうかな?新しい礼装なんだけど」
     はにかみながらこちらを見ている視線に、期待の色が乗せられている。
     格式高い正装姿。華やかな飾りの多い格好は、手持ちの礼装の中でも珍しいだろう。
    「は、本職が作っているんだ。間違いがあるわけないだろう」
     彼女が聞きたいのが礼装の出来についてでない。もちろん、理解はしているのだが。
    「ちゃんと似合ってる?」
     最近になって、こういった時の彼女の問いはなかなか攻め込んでくるようになった。ごまかされないとばかりに言葉を選んでくるようになったのだ。
    「まぁ露出が少ないのはお前向きだな」
     俺が見ていないところでも着るのだから、重要なポイントだ。
     愛らしいだとか、綺麗だとか。耳触りの良い言葉が返ってこないと彼女は知っているから、それ以上の追求はしてこない。少し不満そうにして、それだけだ。
     ただ、今日は俺の方が少しばかり『気が向いた』のだ。
     明日になれば普段使いになる、おろしたての礼装を着た彼女を眺める。いつもは訪ねてくるはずもない夜遅くに、わざわざ俺の部屋に訪ねてきた。ノックをして返事がないのに侵入してくるほど常識知らずでもない。……一番初めに、ここへ来たのだ。
     そういう趣向は、悪くはない。
     あぁ特に、自分だけの特別扱いなんぞ慣れていないような男にとってはより一層。

    「……それじゃあ、礼装も見せ終わったしもう戻るね」
    「まぁ待て。まだ慌てるような時間ではないだろう」
    「え? でも……」
     もうすぐ深夜零時。すぐにでも日が変わるだろうか、そんな時間だ。
     御伽噺なら魔法も解けて見窄らしい姿に戻るのだろうが、ファンタジーでもないこの場所では、魔法も解けなければ目の前のおろしたての服も変わらない。
     俺だってめかし込んだ努力に見合う対価くらい払う、なけなしの甲斐性ぐらいはあるつもりだ。
    「アンデルセン、どうしたの?」
    「よく似合っている」
    「えっ」
    「――すぐに帰したくない程度には」
     何より今夜は……零時の鐘がなれども逃してやるにはもったいない。明日になれば誰の目にも触れてしまうこの礼装は、今だけ特別、自分だけ見ることができるのだから。

     進まない原稿は見ないふりで、彼女の手を取る。
     時計の針が零時を過ぎても、彼女の姿は魔法がかかったままのようだった。

     
    独占

     マスターは一人、サーヴァントは星の数ほど。となれば当然、一人一人とじっくり話す時間を作るのは難しい。
     ――付き合っていると明言していない関係では、なおさら特別な時間を作るのは困難だった。
     深夜の夜食もゲーム大会のお誘いも、本の読み聞かせ役のお願いも今夜は丁重にお断り。譲れない用事があるのだ。

     そっと廊下に出て人気がないのを確認する。飲み会の開催される食堂は避けて、早足で。
     入室前のノックは必要ない。誰かに会う前に急いで部屋に入りたいからだ。
     急いで部屋に入って扉を閉めたらすぐにロックを。それから扉を部屋の中から叩く。ノックは5回。
     そうすれば本棚の向こうから彼が顔を覗かせる。 
    「早いな。障害に引っ掛からずたどり着くのが上手くなったじゃないか」
    「それはもう。特訓してるからね」

     ここは私の秘密基地――恋人の部屋だ。

     マスターの立場上、誰かを特別扱いはできない。平等はとても難しいなと思う。
     他の女性サーヴァント達とアンデルセンが話していてもヤキモチを妬いてはいけないし、子どもサーヴァント達がアンデルセンに本を読んでとせがむのを見て羨ましいと思っちゃいけない。
     でも、この部屋で二人きりの時だけはそんなことは考えなくていいのだ。

    「今日はこっち!」
     彼の腕を引いて、ソファの方へ誘導する。ソファなら、隣に座ることができるからだ。
    「おい。そんなに引っ張るな、マスター」
    「立香」
    「……立香。急かさなくてもちゃんと座る」
     並んで座るだけでも、普段ではなかなかできない。アンデルセンはマスターと積極的にスキンシップをとろう、なんて性格ではないし「マスター」として接するなら隣の席はずっと遠い。
     これから少しの時間だけ、マスターはお休みだ。

     ――それなのに、こんな時に限って来客のノック。
     部屋の中の音は外に聞こえていないはずだけど、思わず口を閉じる。
     彼は人付き合いを面倒がっているように見えて、世話焼きだからなんだかんだ言って交友関係のあるサーヴァントが多い。
     ……まだ、来たばかりなのに。

     これからやるべきことは、アンデルセンに来客をむかえてもらって、それから私はマスターとして普通に遊びにきてたことにして。
     それで、挨拶もほどほどにじゃあ私はそろそろ戻るねと言わなくてはならない。
     後何時間かはいられたはずの部屋を出るのは惜しいけれど、仕方ないのだ。

     アンデルセンに代わって、ドアの向こうへ返事をしようと口を開く。
    「っ……!?」
     言葉を発する前に口を押さえられて、声は出なかった。
    「ん、ん……!」
    「静かにしていろ。欠陥住宅ではないにしろサーヴァントの耳を侮るなよ」
    「…………!」

     それはつまり。
     居留守してごまかすつもりなんだ……!

     来客のノックが続く中、私達は小声で会話を続ける。
    「アンデルセン、居留守は良くないよ!」
    「なに、このくらい目くじら立てるほどでもない。今日に限らず原稿に詰まればよくやる」
    「いや、でも……」
    「なんだ。この時間は休業したいんだろう? なかなかどうして、お前も律儀なやつだ。性根がそれだからロクな息抜きまでできやしない」
    「そんなことないよ、ちゃんと休んでるし……」
    「馬鹿め! 身体の方じゃない、精神の方を言っているんだ」
    「精神……」
     そうは言っても、こうやって無視するなんてマスターとしては良くないのだ。

    「……お前は恋人が二人きりで過ごそうと言っても知らぬ存ぜぬ、皆に平等であれと?」
    「えっ」
    「それで? もう帰るのか、立香」
    「……!」
     
     帰るな、俺のそばにいろ。
     直接的な言葉ではない。
     けれど言外にこれでもかと釘を刺される。

     結局、ノックの音は聞こえなかったことにして居座ることに決めてしまった。
     満足そうに私の頭を撫でる彼の目が言っている――よくできました。

     ……今だけ、マスターはお休みだから。
     誰にするでもない言い訳を一つこぼして、頭を撫でる彼に体重をかけるように寄り添った。
     

    紅葉狩り

     秋は紅葉狩りの季節だという。日本特有の言い回しだがつまるところ、秋色に染まる木々を見て楽しむらしい。自給自足のための農園はあれど、観賞用植物の乏しいカルデアでは、シミュレーター以外で見られない風景だ。
     日本出身のサーヴァント達曰く、もみじがいいだの、イチョウがいいだの。故郷を懐かしむ彼女が良い表情をしてそんな会話に混ざって、久しぶりに紅葉が見たいだと言った。
     俺と彼女の故郷が違うことなど今さらだ。こうして「日本特有の」話題が出れば、会話に紛れ込もうとは思わなかった。いかに聖杯で知識を得られようが、そこに俺が懐かしめる経験は微塵もないからだ。郷愁に浸るのであれば、自分の役目はそこにはない。……日本の話で盛り上がる食堂を密やかに離れたのはそんな意図からだった。

     今日は特に急ぎの予定もない。図書館で足早に用事を済ませて自室に戻る。図書館から自室への道すがら誰に会うこともなく、密やかに帰ってきた。
     白衣の下には隠蔽していた貸出図書。早急に中を確かめ、返却するべきだ。図書館司書に秘密厳守と依頼すれば、この本を借りたと知られることもない。ひとまず自室に誰も来ないよう人払いが必要か。考えながらドアを開ける。
    「アンデルセン!」
    「…………マスター」
     自室のドアを開けた瞬間、見えたのは彼女の姿だった。いつ来ても構わないと言ったのは俺の方だ。……今となってはなぜ気軽にそんなやりとりをしたと過去の自分を締め上げたい衝動に駆られるばかり。
     自室まで慎重に運んできたくせに、最後の最後で爪が甘い。片手に持った本はもう隠しきれない。
    「あれ、何か借りてきたの?」
     何も知らない彼女が手元を覗き込む。
    「いや。待て、これは……!」
    「…………もみじだ」
     隠しきれなかった本の表紙を眺めて彼女が言った。
     『秋の折り紙』と表紙に描かれたその本はカルデア内のほとんどの人間に必要のないものだ。よりによって表紙に大きく載っているもみじやイチョウの葉を見て、彼女が目を輝かせる。――この表情は、気が付かれたに違いない……!
    「これどうしたの?」
    「なに、ただの手慰みだ。俺が切り絵を嗜むのを知っているだろう? それと同じだ」
     俺を見る熱視線に気がつかなかったことにしたい。答えなど分かっているかのようにニヤついている悪趣味な表情を隠しもしないのだ。
    「私は折り紙のもみじも好きだよ」
    「別に感想は求めてない」
    「……ありがとう」
      
     彼女を故郷へ帰してやれない自分にできることは、せいぜいがシミュレーター室で紅葉狩りに付き合うことくらいだ。この本は、どうせ本物を見せてやれないのならせめて手ずから……と借りてきたものだった。
     まぁ偽物のもみじを拵えたところで紅葉狩りになりもしないと分かっていたが、そこはそれ。――物語に命を吹き込むように、作ったものに宿るものもあるのだ。俺が彼女にできるのは、故郷の思い出を聞いてやることではない。新しく、与えることだ。
     深く意図を聞いてこないあたり、彼女がどこまで俺の意図に気がついているのか分からない。
     それでも彼女はもみじに負けず劣らず、紅く染めた顔ではにかんで見せる。いちょうよりも鮮やかな琥珀色の瞳を輝かせながら、こちらを見る。 
     見たことのない彼女の故郷の紅葉よりも、俺にはその色の方が好ましい。

     こうして結局本を隠蔽することに失敗した俺は秋の風景に想いを馳せる彼女と折り紙の紅葉狩りを始めたのだった。 


    宝物

     マスターの部屋にはサーヴァントから受け取ったさまざまな品が眠っている。値段もつけられない逸品から、値段をつけるのも馬鹿らしい品までより取り見取りだ。
     何でもかんでも受け取って、クローゼットにしまい込んでいる。
    「今に服をしまう場所もなくなるぞ」
    「うーん……服が増える予定もないしなぁ」
     マスターの部屋の床強度が危ぶまれる今日この頃。せめて二割は減らせとの指令が出て、マスターはようやく大掃除を始めた。
     俺は締切から逃避していたところに掃除のことを知り、何かネタになる珍品でもないかと彼女の部屋を訪ねていた。
     しかし、そもそも当のマスターが寄り道ばかりでメインの掃除は進んでいない。
     掃除中というのはどうしてこうも、読書が捗るのか。マスターは奥から山のように出てきた本を積み上げて読み始めていた。
     ……ここで気になることがひとつ。夏のイベントでマスターが買って行った俺の本だけが、どこにも見当たらないのだ。
    「マスター、この部屋の本はこれで全部か?」
     俺の本はないのか訊ねるなど、自意識過剰のようで憚られる。だが、何を貰っても丁寧にしまい込むクセして俺の著書だけ見つからないのは一体どういうことだ。
    「えっ? いや、他にも少しあるかな……?」
     やけに煮え切らない彼女の返事に、思わず詰め寄る。
    「お前は整理整頓がなってない。一箇所にまとめてしまわないから掃除がしづらくなる。いい機会だから本は全部ここに出せ」
    「あっでもほら、今の配置で満足だし」
     さて、慌て始める彼女から予想するに、もう少し揺さぶれば面白いものが見られそうだ。
    「本を出すのは何か都合が悪いのか?」
    「そんなことない!」
    「そうか、それは何よりだ。ところでここにはカルデアに召喚されたサーヴァントの本がところ狭しと並んでいるが……俺の本はどこにも見当たらないな」
    「……!」
     質問に息を呑む彼女の態度が答えのようなものだった。
    「見当たらないが、捨ててはいないだろう? そら、出してみろ。今さら隠し立てするような物でもない」
     それにしても恋人の著書だけ選り分けておくなんて、彼女もなかなかいじらしいことをする。
    「いいけど……笑わないでよ」 
     観念したように彼女がクローゼットの奥から箱を引っ張り出してくる。
     おそらく俺の著書だけ選り分けてしまってあるのだろう。箱いっぱいの本を想像して箱を開ける。
    「これは……」
     予想通り、俺の本が並んでいる。しかしそれだけではない。中身はガラクタだらけだ。
     それは恋人になった一日目に二人で開けたクッキーの空箱。あるいは気まぐれで俺が渡した切り絵細工。
    「まったく、お前は。こんなものを一箇所にまとめておいてどうするんだ」
     他のものと選り分けて、まるで宝物でもしまっているようだ。
    「……時々、これを眺めて癒されてる」
     俺の本でいっぱいの箱をからかってやろうと思ったのに、そんな余裕は微塵もない。とんでもないものを開けてしまった。 
     「まぁ、収拾など個人の趣味だ。好きにしろ、俺がとやかく言う物でもない。……クローゼットの奥にでも戻しておけ」
     自分に所縁のある品が何より丁重に扱われているからと言って、浮かれるべきではない。……とはいえこんないじらしい恋人には少しくらい感謝を返すべきではないか。たとえば、抱擁とキスぐらいのことを。
     こうして、大掃除は結局大した進展もなく終了したのだった。


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