水面下の恋人らしさ「アンデルセンと手を繋ぎたい」
「やめておけ。引率の保護者になりたいのか?」
「引率って……恋人なのに!」
そっけない。部屋に二人きり、隣に座っている今しかないと思ったのに。
「実状はどうあれ世間の評価ではせいぜい良くて姉弟といったところだ」
「評価とか別に気にしないのに」
彼は普段、「批評は飯のタネ」とか言ってるくせにこんな時ばかり世間体の話をするのだ。
「馬鹿を言うな。少しは気にしろ」
「脱稿後に脱ぎ散らかす人に言われても」
「お前、今日はやけにこだわるな」
「だって! あの、わたし達付き合い始めて結構、長くなるし……」
お付き合いを始めて三ヶ月以上経っている。そんなに経てば色々、少なくとも手を繋ぐくらいみんなする。……多分そうに違いないのだ。
「もっと、恋人だって自慢したいのに!」
厄介ごとに巻き込まれたくない、と彼が言うのでわたし達の関係は誰にも伝えていない。気がついている人もいるだろうけれど、直接指摘されたことはない。
「つまり何か? 恋人らしく振る舞えと? ――世間体など関係なく手段は俺に任せると、そういうことか?」
「う、うん……」
表現は若干過激な気がするけど、つまりわたしはもう少しアンデルセンには恋人っぽくしてほしいのだ。
「よし分かった、提案したのはお前だ。後で後悔するなよ」
「! 後悔なんてしないよ!」
「は。どうだか」
まさか、了承してもらえるなんて……! ダメ元でも言ってみるものだ。
この時のわたしは「手段を任せる」ことについて深く考えていなかった。
「あれ、この時間に食堂に来るの珍しいね?」
「ちょっとした休憩だ」
翌日、昼時で人の多い食堂にアンデルセンがやってきた。しかもすんなりわたしの隣の椅子を引いて座る。これは何だか、恋人っぽい……!
けれどアンデルセンが座った後もわたしの周りに他のサーヴァントが集まってきて、みんなで話をしているうちに恋人らしさは少し薄まる。
(…………?)
みんなで雑談している中、椅子の上の右手に何かが当たっているのを感じた。気になって視線をやると、アンデルセンの指が僅かに触れているのが見える。
(ぐ、偶然?)
近くに座っているから、意図せず当たったのだろうか。でも触れているのに気が付かないわけない。いやいや、でも。みんなの話に加わりながら、わずかに触れる指に惑わされる。
「……っ⁉︎」
「どうかしたの? すごい顔してるけど」
「えっ、いや、何も?」
右手の甲をアンデルセンの小指が伝っている。するり、するり、昨日まで頑なに触れてくれなかったくせに遠慮のひとつもなく。
(ちょっと、何してるのっ!)
念じるように見つめても相手はこちらを見ていない。周りの話にいつもの毒舌で相槌をうちながら、優雅にパンを口に入れているだけ。知らないふりして、片手間に伝う指を止めない。
終いにはわたしの手の上に重ねるように手を置き始める。指の間に絡む彼の指に、昨日手を繋ぎたいとせがんだのを思い出す。……この形が「手を繋ぐ」になるのかよく分からない。
周りの会話なんてもう頭に入らなくて、ただテーブルの上からは見えない手の熱さに気を取られる。抗議しようともう一度彼を見て、ようやく目を合わす。
(――手段は俺に任せると言っただろう)
聞こえたわけではない、彼の目線がそう言っているように見えたのだ。悪そうな顔で一瞬こちらを見てすぐ、またテーブルに視線を戻してしまう。けれど絡んだ手はいつまで経ってもそのままで。
わたしの恋人はけっこう意地が悪い。今さらそれを思い知らされる。……やっぱり少しは世間体を気にしてよ、なんて今になって言えないじゃないか。
席を離れられないまま、右手を使えないまま。
――わたし達の関係が周知の事実になるまでそう時間はかからなかった。