まるで所有印をつけるような「これ、アンデルセンにもらってほしいの!」
「なんだこれは……コマンドコードか?」
自分の記憶の中で一番近しい品を思い浮かべる。
強化用の種火に始まり聖杯、夢火、その他諸々。マスターが俺に寄越した品物は数多くあれど、これは初めて受け取るものだった。
「また何かの強化グッズか? いくら強化を施したところで俺が騎士になるわけでもあるまいし……よく懲りもせず貢ぐものだな。これを受け取った瞬間に地獄のような周回に連れ出す気か?」
薄っぺらいワッペンじみた紅い印にはさて、一体何の効果があるやら。マスターの物好きは今に始まった事ではないが、どうせ周回をさせられるのならまぁ……役に立つ物を受け取って悪いことはない。
「周回は関係ないよ」
「それは何よりだ。また特効がどうのと騒がれては堪らない。もう寝るから詳しい説明は明日にしてくれ」
実の所、俺は限定品が自分の元に舞い込んでくることにすっかり慣れてしまった。マスターが日々自分の強化に勤しんでいるのは重々承知している。執筆作業の合間で疲れていて、説明を詳しく聞くのは明日でも遅くないと考えた。
――だから受取拒否で返品してやれば良かったものを、事の重大さに気がつかずに受け取った。
それはその翌日、相変わらず迫る締め切りに苦しみながら仮眠から目覚めた後のことだ。まぁ一応は受け取ったものだからとズボンのポケットにワッペンらしきものを突っ込み、それから食堂で何か軽食でもとろうと自分の部屋を出た。
あぁ、そういえば受け取ったものの正しい扱い方を知らない。俺の他にも受け取った奴がいるかどうかそれとなく確かめて調べておこうか、などとゆとりを持って考えられていたのはそこまでの話だった。
「あれ? 違うんだ。てっきり君が貰ったんだと思ってたけど」
「何の話だ」
廊下に一歩出れば他のサーヴァント達がわんさか押し寄せてこちらを値踏みするように見てくる。行き交うサーヴァント達はどいつもこいつも互いの姿を確認しているようで実に滑稽だ。
行き交うサーヴァント達が探しているのはこのカルデアでたった一人だけが受け取ったらしい印。言わばマスターの「一番」だとか、そんな意味合いを持つのだとか。……まあカルデア内のサーヴァントの尾ヒレや背ビレの付いた噂話ではどこまでが本当だか分かりはしない。
いや、とにかく。
話を聞くに、どうも俺のポケットの中に入っている品物がそれに該当するらしい、とはさすがに察しもつく。貴重品であることは明らかだ。他のサーヴァントの中に貰った者は俺以外にいない。
貰ったところで能力が強化されるわけではない。特効なんてものとも関係ない。ただ、「特別」だと、そんな主張だけの印が何の役に立つのか。
それにその、なんだ、目をかけられている自覚はそれなりにあったものの、まさかこの場でたった一人だけなどと限定されるとは。それがたかがお気に入りサーヴァントの印という意味合いだけとしても、俺には少しばかり荷が重い。
特別だなんて、そんな毒のような言い回しで振り回さないでほしいものだ。俺が欲する特別と、あいつが与える特別が同じとも限らないだろうが。
「あ、マスター!」
タイミング悪く通りかかった彼女にサーヴァント達が群がる。あいつも大概、間が悪い。これを放置すればもっと面倒なことになるのは確かなことだ。群がっている奴らはあの印の行方を聞くに違いないのだから。
「……そういえばお前から説明を受ける予定になっていたな」
「えっ、ちょっと、アンデルセン……!」
周りの話を中断させ、彼女の手を取り無理矢理連れ出す。そもそも連れ出すこと自体があの印の行方を明らかにしているようだが、まぁここに留まるよりは逃げの一手だろう。
俺を特別だなんて括るなら、それに見合うサービスの一つくらい許容範囲に入れても構わないはずだろう?
人攫いよろしく注目の的を掻っ攫う。
「な、何、もう、急にどうしたの⁉︎」
……初めてその細い手を取ったところで、彼女の頬が赤く染まるの横目で見る。あぁどうやら自分が思っていることはそう高望みでもないらしい。
――彼女の部屋まであと何メートル、徒競走なみのペースで駆け抜けて部屋の鍵をかける頃になっても、掴んだ手の熱を冷めやらぬままだった。
確認したいことが多すぎる。だがまぁ、まずはこの品物を贈った意図について事細かに問う必要があるだろう。
鍵のかかった密室に二人きり。尋問のような質問コーナーはまだ始まったばかりだった。