見張り役はいつまで?「アンデルセン、また見張りを頼んでもいいかな?」
「断る。もっと護衛向きのサーヴァントを捕まえてこい」
「そんなこと言わずに!」
レイシフトの最中、こんな会話はよく起こる。
日帰りできないレイシフトで、さらに野宿の必要が出た場合。俺は外を見回りするでもなく、休息を取るでもなく……見張り役に指名されてばかりだ。
まぁサーヴァントであれば睡眠は必要ない。とはいえ仕事よりも休息が望ましいに決まっている。何より見張りの時間は下手すれば戦闘よりもよほど気を張るのが問題だった。
洞窟の中、マスターの隣で横になる。微動だにせず、僅かにでも滅多なことを考えないよう細心の注意を。
そんなもの、どうあっても穏やかに過ごせるはずがないのだ。
「何度も言っている通りお前は曲がりなりにも年頃の娘だ。いくら俺がただの幼気な少年に見えるとしても、はしたなく抱き枕代わりにするべきじゃない」
「でも何だかんだ言っていつも折れてくれるよね」
「折らせている側がよく言う。まったく面の皮の厚い奴だ!」
俺がこの姿だから生暖かい目で見られるか舌打ちされるだけで済むのであって、もしも俺が別の見た目年齢で召喚されていたのならとんでもないことになっただろう。
「だって、アンデルセンは体温が高いから毛布がない時に隣にいると助かるんだよ」
彼女がやたらと俺を野宿の見張りにしたがる理由。いつも決まった言い訳だ。
「お前、次からは毛布を持ち込め。俺を巻き込むな」
「持っていくものがいっぱいあるから毛布は邪魔になるよ」
今日こそは指摘するべきか、「俺がいない時には毛布を持ち込んでいるくせに」と。指摘すればこんな悩ましい状況はすぐに解決するはずと分かっていて、口を閉ざす。
それでは解決と同時に二度と俺が見張り役に指名されることもなくなると知っているからだ。俺だけが見張り役と称して抱き枕にされている現状に文句は言えど、解放すると言われればそれはそれで気に入らない。
呆れたようにため息をつく。形式的なポーズには最早相手を萎縮させる力などなく、彼女は待っていましたとばかりに俺の白衣の中へと飛び込んでくるのだ。
「やっぱりアンデルセンは温かいね。毛布はしばらくいらないかな」
「毎度のことながらサーヴァントを暖房器具代わりにするなどお前くらいのものだぞ」
甘やかしている自覚は、ある。それが自分でコントロール不能なものであるのも気がついている。昔散々振り回された感情に、懲りずにまた囚われているのだ。
用のない火を消した後、薄暗い洞窟で男女一組。洞窟の入口にかけられた魔術で、外を見張るサーヴァントには中のことなど分からない。なんとも俺に都合が良すぎてトラップでも仕掛けられていそうなお膳立てぶり。
「おやすみ、アンデルセン」
「……おやすみ」
俺の着ている白衣に包まれるようにして、彼女が眠りにつく。こっちの気も知らずに俺の胸元で早々に寝息を立てるのだ。その方が暖が取れるとかなんとか。
好き勝手しているのは彼女の方だ。しかし、この体勢ではまるで俺の方が彼女を好きに腕の中に留めているように錯覚させられる。
眠ってしまった彼女は当然、俺が少し身動きしたくらいでは起きない。あと少し、と腕で引き寄せれば温もりを求めるように身を寄せてくる。こんなにも警戒心無くマスター業が成り立つものだろうか。
昼間に少し砂埃にさらされた彼女の髪を梳かすように手のひらで触れる。ただの見張りが図々しく出来る範疇を超えているのは承知の上。油断して男を隣に置くのが悪いと自分のことは棚に上げて、夜は更けていく。
――結局また、今日も指摘するタイミングを逃した。
彼女にとって俺は単なる子供体温のカイロにすぎないのか……あるいは。それ以外にも思うところがあるのか。
今度こそポーズではない深いため息をつき、なるべく彼女から目を逸らして朝日を待つ。すっかり冷え切った洞窟の中、反響するように自分のため息が響く。
まだ、心の内は聞けそうにない。