お年玉はまた後で「明けましておめでとう! さぁマスター、今がお年玉の出し時だぞ?」
年越しが終わって新しい年が始まり、一通りの挨拶周りが済んだ。そうして皆が寝静まった早朝の来訪者。眠い目を擦りながら扉を開けてみればアンデルセンが得意顔で立っていた。
「あけましておめでとう……わたしまだ眠いんだけど」
たった今ノックの音で起きたばかりだ。一方アンデルセンは元気そうを通り越してテンションが高い。多分年越しも関係なく執筆作業をしていたのだろう。そうでなければこんな朝早くに彼がやってくることはない。
「そうか、お前は起きたばかりだろうが、俺は眠ってすらいない」
心なしか新年からやつれて見える。
「アンデルセン、少しは休んだほうがいいよ」
「なに、心配しなくともこれから休む」
自室のようにわたしの部屋へ入り込むと、ベッドへと滑り込む。
「ちょっと! わたしのベッドなんだけど」
「何を今さら。そんなことは知っている」
我が物顔で横になる彼の堂々した態度。相変わらず意識しているのがわたしだけなのが悔しい。
「そんなところで何をしている? いつもはまだ寝ている時間だろう」
彼が指先でベッドマットをつつくように叩く。隣に来いってことだろうか。ただ仮眠を取りにきただけど言っても、流石にそれは緊張する……!
けれどアンデルセンは新年の挨拶ついでに徹夜後の睡眠不足を解消したいだけなのだ。
「それにしてもお年玉制度はすごいな! カルデアにおいては子どもか大人かも曖昧なものだが、もちろん俺は貰う側に入るのだろう?」
「アンデルセンはどっちかって言うとあげる方じゃない?」
「何だと? は、これだから大人に分類されてもろくなことはない」
少しも意識していないフリでベッドへと辿り着く。さすがにのびのびと横になるのはどうかと思って、壁にもたれたまま膝を抱える。
「お前は自分の縄張りで何をそんなに小さくなっているんだ」
気がついた時には彼がわたしの横にぴたりと寄り添っていた。
「とてもこれから寝る体勢には見えないが?」
からかいまじりの声にわたしと彼の余裕の差を感じる。
でも今日はもう新しい年。
きっと今年は去年よりも恋人を驚かせられる彼女になるんだから……!
わたしをからかう彼の両頬を捕まえて、顔を近づける。唇が一瞬触れた。静かになった室内で、エアコンの音だけが響く。
「ゆ、油断してるからそうなるの!」
勇気を振り絞ったのだから少しくらいはときめいてくれないだろうか。伏せていた目をそっと彼の方に向ける。
「えっ……!」
「……なんだ、人の顔を不躾に」
こちらを見つめる彼の珍しい赤い顔に、おもわず眼を見張る。照れた顔なんて全然見せてくれない恋人にこんな顔をさせただけでも幸先の良いスタートだ。
そんなの、見なくちゃ損に決まってる!
「アンデルセン、照れてる?」
「くだらないことを聞くな」
「もう、余所見しないでよ」
「チッ……趣味が悪いぞ」
彼を慌てさせられることなんて滅多にない。珍しい事態に今が攻め時と、今度は額に唇を落とす。たまにはわたしに夢中になってくれなくちゃ。
「新年早々はしゃぎ過ぎだお前は。……まぁ加減する必要がないのならそれはそれでいいが」
「……え?」
「俺を焚き付けた責任は取れるんだろう? 今日はかなり余裕がありそうだ」
サーヴァントの膂力は一般人とは比べ物にならない。
わたしが気付いた時には見慣れた天井を背景に彼の得意げな顔を眺めているだけだった。
「年が明けた程度で人間そう変わりはしない。さては今まで出し惜しみしていたな?」
普段大声を出して笑う彼がただ口角を上げるだけのすました笑顔を見せる。
「お年玉とやらをせびりに来たつもりだったが……それよりも良い収穫があった。最大限『油断』してやる。どこまで反撃できるか試してみろ」
どうせ油断なんてしてくれないくせに……! 楽しそうに目を細める彼は、もう仮眠には興味がなさそうだ。
「反撃って……そんなんじゃなくて、わたしはもっとドキドキしてほしいだけなのに」
「…………」
「アンデルセン?」
「あぁまったく、これだからお前は! そんなもの、もう充分間に合っている!」
「わっ……!」
スプリングを軋ませながら、二人で毛布の中に埋もれていく。
「クソ、これで無自覚というのだから手がつけられない。そら、もう寝るから起こすなよ。お前もさっさと寝ろ」
「え、ちょっと……!」
彼は言うが早いか、わたしに背中を向けた体勢でさっさと眠ってしまった。
(こ、このタイミングで寝るの!?)
……結局わたしばかりが緊張させられているような気がする。なかなかうまくいかない新年の幕開けに次の作戦を立てながらベッドへ潜る。
新しい年の幕開けは温かな添い寝から。
あれこれと考えていたはずが、いつの間にかすっかり夢の中へと落ちていた。