右手の指輪「あっコレ可愛い!」
レイシフトでなければ辿り着くこともできないだろう異国の露店で売っている雑貨。こういうものって、どうしてこんなに欲しくなってしまうんだろう。
「こんなところで必需品以外を買い求めるだなんて、お前も心のゆとりができたな」
「アンデルセン」
「治安はそれなりとは言えあまり好き勝手にうろつくな。あいつらが暴走しては俺の手に負えない」
今日のレイシフトメンバーはバーサーカーが多いからそんなことを言うんだろうか。……でも本当は「彼が」わたしを心配してくれているからそう言うのだと分かっている。賑わう街の中でわざわざわたしを探してくれたのだから。
「大丈夫だよ、すぐ終わるから」
「……それを買うのか?」
「うん。あ、ちゃんと食糧の買い出しは済んでるよ! 多めに貰ってて、好きなもの買っていいって言うから……」
「まったく、またそうやって甘やかす」
お姉さん、あるいはお兄さんのようなサーヴァント達に甘やかされている自覚はあった。サーヴァント達がすぐに駆け付けられる距離で、けれども一人きり。マスターとして気を張らなければいけない時間から解放されて、さらにはわざわざこの人が迎えに来ている。……甘やかされて、気遣われているから。きっと少しくらい寄り道して帰っても怒られないだろう。二人でゆっくりしておいで、と言われているような気がする。正直とてもありがたい。
「さっさと買って本来の買い出しに戻るぞ。追加の買い出しを頼まれている」
やっぱり二人でゆっくりしておいで、の意味らしい。
「うん、ちょっと待っててね」
金色か、銀色か。赤青緑に色とりどり。どれも可愛くて迷ってしまう。そもそもたくさん並んでいるけれど、合うサイズはあるだろうか。
「ーーこれがいい」
「!」
迷いなくひとつ手に取って、さっさと会計を済ませてしまう。
「ちょっと!」
「なんだ、気に入らないのか?」
「そうじゃないけど……自分で買うつもりだったのに」
「こんな安物ひとつくらい、払ったうちにも入らない。気になるのなら酒の一つでも奢ってくれ!」
「その見た目でお酒は問題あるでしょ」
「馬鹿め、俺は童貞だぞ。外野からの倫理観絡みの野次などに興味はない」
ああ言えばこう言う。とにかくこうなるとわたしは言い合いで勝てるわけもない。
「……ありがとう。お酒はちょっとダメだけど、今度何かお返しするね」
こう言ってもどうせ、「期待してない」だとか言われてしまうんだろうど。
「お手並み拝見といこうか」
予想もしていなかった返答。誰かに期待したりすることがあまりない彼だから、そんなふうに言うのは珍しく思えた。
「さぁ、買い出しに戻るぞ。……ついでだ、街にいる間はこれをつけていろ」
「えっ!」
するりと勢いよく持ち上げられた右手とは裏腹に、ひどく丁寧に指に通される銀色の指輪。……薬指。指輪についている青い石はキラキラ光っているけれど、もちろん宝石ではない。街中の露店で売られているような物なのだから。
「これ……」
「そんな安物でも多少の『虫除け』くらいにはなるだろう。ーーさっさと行くぞ」
「あ、待って!」
いつも歩調を合わせてくれる彼と歩幅が合わない。斜め後ろから見える少し赤く染まった耳。こういう時の彼は決まって照れている。
これが安物のおもちゃのような指輪でも、彼のくれたものを身につけているのが嬉しい。浮かれてしまう。それでも……。
(左手だったら、お嫁さんになれたのになぁ)
賑わう街の中ではぐれないように、早足の彼の腕を捕まえながらそう思う。
ーーこの指輪の意味を知るのは、それからずっと後のことだった。