潜む橙纏う青「新しい礼装の候補だと?」
「うん、たくさんサンプル貰っちゃった。どれがいいと思う?」
マスターのベッドの上に色鮮やかな布が広げられている。透き通った淡い水色、深い海の底の色、快晴の空の色。真っ青に染められた大量の布地。
「どうもなにも、青以外の候補はないのか?」
この中から見繕えと言われればもちろん、それくらい容易だ。しかし、新しい衣装を作るというのに色の選択肢があまりにも狭い。
彼女は暖色系の礼装を多く持っているが、今回は珍しく青系統の候補ばかりだ。
「その、青がいいって言ったらたくさんサンプルをくれたんだけど……」
青を纏う理由。
探るように彼女へ視線をやる。目の前の女の態度や表情が、俺の考察はほぼ正答だと告げていようが、ともかくまずは確かめることだ。自分にとって起こりえないイベントが挟まれれば感覚もおかしくなる。
それから目についた布をひとつ取り上げ彼女に合わせながら考える。なるほどこの色もなかなか悪くはない。
「アンデルセン?」
「この深い青はよく見慣れている。何せ毎日目に入るからな」
「えっ」
「あぁこちらの水色もだ。鏡を見ればたやすく見られる」
「……えっと、」
反応を見るに、自分の人間観察力もそう捨てたものではないらしい。正しく読み取れていたようだ。
いっそ何かの錯覚であれば気が楽なのだが、幻覚の類ではなさそうだ。にわかに信じがたい。
いや、まさかテンプレの、砂糖でも煮詰めたような理由で服を選んだと言うのか。……俺の身につけているものや、あるいは髪がその系統だからと言って、わざわざ礼装にしようなんてやつがあるか?
「青を纏いたいなどある種の殺し文句だな、まったく」
「もう、良いでしょ別に!」
「――お返しに橙色でも纏ってやろうか?」
「っ……! また、そうやってからかうんだから」
不機嫌そうに顔を背ける彼女に「嫌でもないくせに」、などと言ったらさすがに叱られてしまうだろうか。
彼女は青色、俺は橙色。
まぁさすがに公衆の面前で俺もそこまで過激な主張をする気はない。だいたい俺が普段着ないような色など着てみろ、ロクなことになどならないに違いない!
――だからポケットに忍び込ませた橙色のハンカチの存在は、まだ彼女でさえ知らないままだった。