牽制なんてつゆしらず「別に構わない」
好きだと、恋人になってほしいと伝えた時の彼の返事だ。その時は浮かれて気がつかなかった。――気持ちを詳しく聞いていない。
例えば「俺もお前が好きだ」とか、そんな言葉をもらっていない……! 恋人になって構わないなら色良い返事に違いない、はずだけど。
例えばデート。締切に追われる彼を部屋から連れ出すのは大変だ。わたしの方から彼の部屋に行こうとすると断られる。
あるいは手を繋ぐこと。彼の手を取ろうとすると避けられてしまう。偶然にも思えて追求できないけれど、タイミングが悪いだけと思えない。
そんな彼がしてくれる唯一の恋人らしい行動は、わたしの部屋へよく訪ねてくることだ。ベッドの上に遠慮なく寝転がり、本を読んで寛ぐ。気を許している恋人みたいだ! ……でもそもそも、彼がこんな風に振る舞うのは恋人になる以前からの話だった。いや、でも前は毎日のようには来なかった。だから、訪問の頻度だけが変わったことだ。
付き合う前と何一つ変わらない態度はいっそ、わたしの告白も彼の返事も夢の中の話だったのではないかと思うほど。
「――だからね、もう少しくらい彼氏らしくしてほしいって言ったほうがいいのかな? 言わない方がいい? どう思う?」
今、食堂にはサーヴァントが集まっている。集まったのは恋愛相談相手にはこれ以上ないほどのエキスパート達。(だとわたしが勝手に思っている)告白する前も色々相談にのってくれた。恋愛経験の豊富な女性陣の意見と、それからわたしにはさっぱり分からない「男心」の分かる男性陣からの意見はとても助かる。
「……? あれ、みんなどうしたの?」
いつもならすぐ色んな意見をくれる。それが今日は皆口を閉じて、お互い目配せし合いながら何とも言えない顔をするのだ。
「マスター、長話は終わったか? 俺はお前の部屋に用事があるんだが」
「アンデルセン!」
皆が口を閉じた理由は彼がいたからだったらしい。いつから、食堂にいたのだろう。話の途中で来たのなら皆も教えてくれればいいのに! 多分、話はほとんど聞かれてしまったに違いない。……だけど彼は話の内容に一切触れてこないのだ。追求しづらくて、さっきの話には触れずに彼と話し始める。
「用事って?」
「また部屋に眼鏡を置いて行ったままだ。回収しに行きたい」
そういえば最近はわたしのベッドを占領して昼寝してることも多かった。ベッドサイドに置いたまま忘れていったらしい。
「用が済んだならすぐ行くぞ。締切が近いんだ」
「え、ちょっと……! ごめん、皆話はまた今度ね!」
彼に急かされるまま、手を引かれて席を立つ。わたしより少し前を早足で歩く彼の表情はよく見えない。彼に引かれる手を見て私は思う。
これ、もしかしてはじめて手を繋いだ、にカウントして良いのだろうか?
部屋までの数分、少し浮かれながら歩いたわたしは温かくなった手のひらに意識がいくばかり。そのうちさっきまでの話を聞かれたかも、なんてすっかり忘れてしまったのだった。
「マスターにとっては単なる気の迷いの一種だろうが、まぁ関係性が変わったのは事実だ。あいつの立ち位置は今、俺の恋人であるのは間違いない。その上で聞くが……恋人のいる女の部屋に男数人が押し入るなど、マナーがなっていないと思わないか? あぁいや、お前達のような輩に行儀の良さを期待するのが間違いか。ともかくだ、恋愛相談だか知らんがお前達は……」
マスターに男ができた、数日後の話だ。
かねてから恋愛相談を聞いてきたサーヴァント達は成就を祝い、マスターの部屋で祝杯をあげた。酒の入らない真昼間のパーティー。開催時間は小一時間ほど。
その数時間後にこれだ。恋愛相談に協力した男は全員圧をかけられた。……マスターには知られないようにして、だ。
「――だからね、もう少しくらい彼氏らしくしてほしいって言ったほうがいいのかな? 言わない方がいい? どう思う?」
そのセリフがマスターの口から出た時、彼女の想い人はすでに食堂の入り口にいた。マスターに教えてやるべきか、と思ったところで口元に人差し指を当てる、悪い男の姿が見える。
全て聞いて、だが指摘せず、さらには部屋に置いていった眼鏡の話なんてしてくる。おそらくわざとだろう。
恋人の部屋で眼鏡を外して、それを忘れていった話。実状をよく知らない奴らから見れば完全にマーキングの一種でしかないのだ。よく彼女の部屋で眼鏡を外すような間柄だと、『俺の女に手を出すな』と、言外の主張。けれど彼女は主張されてもその意味がピンとこないのだろう。
相談相手として頼ってくるマスターと、その恋人の板挟みだと男性陣は思う。
彼女に近づく男は全員許さない、とばかりの態度で牽制する。挙げ句の果てには余計なお世話だからもう相談を受けるな、とまで言うのだ。こんな独占欲の塊なのに、マスターから聞く人物像と乖離がありすぎる。メッキが剥がれるのも時間の問題だろう。何も知らずに、けれど嬉しそうに恋人と手を繋いで出ていくマスターを見送る。
(……まったく、何が『別に付き合っても構わない』なんだか)
構わない、どころじゃない。恐ろしいほどの執着。だが、あまり茶々を入れて馬に蹴られたくはない。食堂に残されたサーヴァント達は胸焼けのする現状に頭を抱えるばかりだった。