美味しいもの 新しくできたばかりのお店でのランチ。流行はしっかり押さえている彼らしいデートコース。
わたしは「取材に付き合え」の言葉がデートの誘いなのだと気がつくまで、取材じゃなくてデートがしたいとヤキモキしていた。
いつものように二人分の食事がテーブルに並ぶ。彼は取材用のメモ帳を、わたしはスマホを取り出す。
ああでもない、こうでもないと眉間に皺を寄せて取材結果をまとめる彼は相変わらずだ。冷めちゃうよと言っても、いつも感想も熱いうちの方がいいんだと言ってきかない。熱いうちに食べた方がきっと美味しいのに!
「いつも言っているだろう。待っていないで先に食べていろ」
「うん、でもわたしも写真撮るから」
スマホを構えて話題のランチをズームアップ。
と、見せかけてズームバック。
テーブルに乗った料理を全部写すフリして、向かい側の彼まで画面の中に収める。
メモをとっているときの彼は目つきがいつもより鋭くて、気だるげで……なんというかそう、色気がある。写真を撮ってもいいかと許可を取った時には見られない、この表情を残したくて。
「お前もよく飽きないな」
「だって、美味しいものは写真撮っておかないと!」
本当は食べ物はオマケ程度しか写っていない。
「……美味しいもの? まだ食べてもいないくせに。物好きはほどほどにしておけ」
呆れ顔の彼はいつの間にかメモを終えている。
二人揃って食事に手をつければ、今回は当たりが外れか、なんて話をして過ごす。
食事を終えれば二人並んで街を歩いて、その後夕方解散。
「じゃあ、今度は家に差し入れに行くね」
ホントは少し、寂しい。けれど明日も予定があるし、早めに帰らなきゃ。
「待て、今日の予定は空いているんだろう? 少し寄り道していけ」
「寄り道?」
最寄りの本屋とかだろうか。
「……ここからなら俺の家まで一駅だろう? 今度と言わず、今差し入れても構わないぞ」
いつも差し入れは別にいらない、と言うのに彼らしくない。家に少し寄るくらいは構わない、どころか誘ってもらえるのは嬉しいけれど。
「まぁ俺は差し入れよりの権利よりも肖像権を主張した方が良いだろうな」
「……肖像権?」
「しらを切る気か、今すぐ暴いてやっても構わないぞ? 例えばそうだな、清廉潔白だというならさっきの店でお前が撮った『美味しいもの』の写真でも見せてみろ」
「な、なな、なんで!?」
完全にバレている……! そんな、今まで指摘されたことはないし、気がついている様子もなかったのに。
「なんでだと? 馬鹿め、そんなもの見ていれば分かるに決まってるだろう」
「……!」
いきなりさらりととんでもないことを言う。だってそんなの、まるで、一緒にいる時はいつもわたしのことを見ている、みたいじゃないか。
「まだまだ詰めが甘いな、立香。俺のことをよく見ていないからこんなことになるんだ。残念だったな」
やれやれ、とため息をついた彼に危機感を覚える。これ、そんなに怒ってはいないけど後からずっとからかわれるやつだ……!
「あの、勝手に撮ってごめんね」
「なに、どこぞの掲示板に貼り付けるわけでもないだろう。俺がうるさく指摘する理由はない。ただ、まぁ……」
細められた目はメモをとっている時よりずっと鋭い。思わず一歩後ずさりした瞬間、逃がさないと言わんばかりに二歩距離を詰めてくる彼と、じりじり見つめ合う。
「味見もせずに『美味しいもの』なんて言わずに確かめてから判断した方がいい」
わたしの返事も待たずに手を掴んでどんどん歩いていく彼に、脚がもつれそうになりながらついていく。
ああこれは、ちょっと寄り道なんてのじゃ済まないかもしれない。でも明日は予定が入っているし、あまり遅くなると困るのだ。
けれど、斜め後ろからどうにか彼を説得しようと目を向ければ……珍しく彼の赤く染まった耳が見えたものだから。説得の言葉のひとつも浮かばず、黙ったまま手を引かれて歩き出す。
一駅の電車が何時間にも感じる中、電車の中でも私を逃さないとばかりに彼はわたしの手を掴んだままだった。