半身のぬくもり 最近、マスターがやたら俺との距離を詰めてくるようになった。隣に座るのは構わないが、寄りかかってくる。どうにかならないのか。
そのまま彼女が眠ってしまう日が多くて、こちらは途方に暮れている。温かくなる左半身をどうにもできないまま、じっと耐える日々が続いているのだから。
一体何に耐えているのか? 語るほどでもない。
例えば無遠慮に寄りかかってくる彼女の――肩を抱いてみたりなど。つまるところ、俺は彼女に触れても良いのか?
距離を詰めて眠るのを信頼の証としても、少し油断が過ぎるのではないか。仮にもなんだ、俺達は恋人関係のはずなのだが。
今日も間抜け面で口を開けている姿を横目に、本を読む。マスターも隣で本を読んでいたはずだが、あっさり眠ってしまった。
「気を抜いていると食べられるぞ」
そんな度胸がこちらにあれば。しかし、能天気な顔で寄りかかってきているのだ、あちらから触れてきている。少しばかり仕返ししたところで、かわいいものだろう。
すぐ横の彼女の肩に手を添えるのは簡単だ。相手は眠っていて、どうせ気がつかない。大体、バレたところで勝手に触れたくらいで怒るような相手じゃない。
彼女の背後から腕を伸ばし、肩を目掛けてそろりと手を伸ばす。――どうしてこうも想像通りにいかないものか。たった数センチの距離が長い。
「ん……」
「!」
そうこうしているうちに今日も事を起こす前に彼女が目覚めてしまうのだ。
「なんだマスター、起きたのか」
「うん……また昼寝しちゃったなぁ」
彼女は図々しく寄りかかったまま。こちらばかりためらっているのが馬鹿みたいだ。
「っ……おい、何をしている」
「うん?」
彼女が俺の手を握っている。さっき俺が彼女に触れられず投げ出したままの手に、ためらいもなく。
「アンデルセンの手、結構大きいね」
初めて手を繋ぐのなら数回共に出かけた後で、温かい日向の中。例えばシミュレーター室で都合の良い草原なんかを出して、そうだ、花畑でもあれば満点だ。……そんな幻想じみた計画など、知りもせずブチ壊す。
何なんだ照れもせずこの小慣れている感は。きっと俺が肩を抱いたくらいじゃ動揺しないのだろう。俺ばかり翻弄されるのは面白くない。
勢いをつけられるタイミングは今だけ。彼女から触れられたこの瞬間ならさほどの照れなく捕まえられるのだ。先程あれほど触れられなかった肩を一気に引き寄せて近づける。
きっと何事もなかったように対応するだろう。彼女の様子をそっと眺める。
「……!」
引き寄せられた彼女の赤い顔。少しの身動きもなく。見間違いかと見返して、それでも決して幻ではない。
こいつは俺の手を簡単に捕まえて繋げるくせにどうして、俺から触れたらこんな反応をするんだ。黙ったまま固まる彼女はいつになくしおらしい。
ようやく察知する。あぁどうやら緊張しているのはこちらだけ、ではないらしい。
――もう少しだけ会話はいらない。
温かくなる身体の片側に意識を集中させるだけ、寄り添うだけの休息時間。何もしていないくせして、時間の流れがとても早かった。