ひとりだけ、自分だけ レイシフト中にわたしが今いるのとは全く別の世界からサーヴァントが呼び出しに応じてくれることがある。目の前には同じサーヴァントが二人……もう見慣れた光景だ。
けれど世界が違うことで、そのサーヴァントも全く異なる姿で現れることがある。
ハンス・クリスチャン・アンデルセン。ずっと一緒にレイシフトしてくれている私のサーヴァントと全く同じ名前。
「それじゃあその、アンデルセン、さん……今日はお世話になりました」
「こちらのマスター共々、君にはこれからも縁がありそうだ。使い慣れていない敬語は必要ないよ。そんなことよりも締切間際に僕を喚ばないようにだけ気をつけてくれれば良い」
「え、あっ! じゃあ、これからよろしく……?」
「まぁ僕のマスターの方がレイシフト経験が浅いのだから……僕がこちらに来るよりも、君のサーヴァントにサポートを求めることの方が多いだろうけどね」
ぽん、と頭に軽く乗せられた手が大きくて、相手が「大人の姿」であると意識させられる。わたしが普段関わっている「彼」と比べると口調が柔らかでなんだか落ち着かない。普段は辛口のアンデルセンと同じような声で、優しく話しかけられるのはくすぐったい感覚だ。
……彼もこれくらい私を甘やかしたりしてくれないものだろうか。
「おい、目的の素材は集まったんだろう? 余計な道草を食ってる暇があるならさっさと帰るぞ」
「アンデルセン」
目の前の小さな彼は私のサーヴァントだ。似た声でもこんなに態度が違う。何だかんだでレイシフトには付き合ってくれるものの、レイシフト先に長く留まりたくないらしい。
でもレイシフト中の方が近くにいられるから、わたしはいつだって少しでも長くレイシフトしていたい。
「いや、でもほら! せっかくアンデルセンが二人揃ってるしちょっと話したりとか……」
いつものアンデルセンの言葉を借りると、これは良い取材になるんじゃないだろうか。
「俺は異世界の自分との対話よりも穏やかな休暇が欲しい」
今日は機嫌が悪いらしい。こんなに急かすように帰りたがるアンデルセンは珍しかった。
しばらく私達の様子を眺めていた異世界のアンデルセンは急に納得したように頷いた。
「――なるほど。だがまぁ、そんなに警戒する必要はないよ。僕もこうしてここに借り出されるよりは拠点に戻りたいと思っている。……僕のマスターがコーヒーを淹れて待っているからね」
「!」
最後にあちらのマスターのことを付け加えた時、ふっと表情が穏やかに、優しく変わった。余計な言葉など加えなくても分かる絆の深さと愛情に、思わず顔が赤くなる。自分のマスターのことが大事なんだ……! これは絆十五では?
彼と似た顔の作りでそんな顔をされると、自分に対してのものではないと分かっていても照れてしまう。
彼はこんな風にわたしを想ってはくれないのだから。
異世界のアンデルセンが帰っていくのを見送って、わたしもサーヴァント達と一緒に帰る準備をする。きっと帰ってからもマスターと一緒に過ごすのだと思うと、その関係がすごく羨ましい。
「お前はああいう男が好みなのか」
「えっ……?」
ああいう男。異世界のアンデルセンのことを言っているんだろうか。
「好みって、そんなのじゃないよ! 『わたしの』アンデルセンもああやって甘やかしてくれたら良いのにな〜って思っただけで!」
勘違いされたくなくて、慌てて言い訳する。
二人は同じアンデルセンだ。あの声も、興味がなさそうにしながら世話焼きなところもよく似ている。だからざっくり分類すれば好みだと言える。
けれどわたしが今まで一緒に過ごしてきたのは異世界の彼ではない。わたしが好きなのは異世界のサーヴァントではなかった。よりにもよって本人にそんな誤解をされたくない。
「…………」
「な、何?」
じとりと睨みつけるようにこちらを見て黙られるとものすごい迫力だ。顔が綺麗な人の無言の圧力。
ぽん、と小さな手が頭に乗せられる。髪を押さえるように動かされている手は、明らかに頭を撫でている。
「⁉︎」
「満足したか? ――もうあの男を喚ぶなよ」
「え、なっ……何で」
「あれはお前のサーヴァントじゃない」
「それはそうだけど」
あくまでサポートに来てもらっているだけだ。わたしのサーヴァントではないことは分かっている。
「お前のキャスターはあいつじゃなくて俺だ!」
「……!」
そんな、まるでわたひと異世界のアンデルセンが親しくするのは嫌、みたいな。
ふん、と鼻を鳴らすと彼は一足先にカルデアに戻ってしまった。わたしはと言うと混乱したままレイシフト先に取り残されたまま。
喚ぶなと言われた矢先に、今すぐ異世界のアンデルセンを借り出して相談がしたいくらいだった。
どう思います? やっぱりさっきの……ヤキモチだと思いませんか?