知りたがりの彼女 キャンプ地から戻ったマスターの機嫌が悪い。
しかもそれは、明らかに自分に向けて何か不満があると言った様子で……二人きりになるのをあからさまに避けられたまま数日が過ぎた。
レイシフトにはついていかなかったから、もう長いこと会っていないというのにこの仕打ちは何だ。
「マスター、不満があるのならハッキリと口に出して言え。俺は何でもさりげなく察してほしいなどというワガママな要望に沿ってやるつもりはないぞ」
ようやく廊下でマスターを捕まえて、文句を言ってやる。
「だって……」
拗ねた様子の彼女を見て、思い当たる原因を考える。最近脱稿して全裸で駆け回ったということもない。当然のことながら火遊びの相手がいるわけでもなし。
こんな態度の原因は分からない。理由を事細かに聞くには、それなりに時間が必要そうだ。
細かい話を聞くために自分の部屋まで彼女を連れ出して、ソファに座らせる。
「それで? 一体何の不満だ」
「……キャンプで大人のアンデルセンに会ったの」
「青年期の俺がレイシフト先にいたことは俺も聞いている。それがどうした?」
「大人のアンデルセンが、『僕』って言ったの」
「は?」
「言葉遣いも私の知ってるアンデルセンとは違った」
「それが一体どうした」
彼女の話は要領を得ない。
「どっちがホントのアンデルセンなの?」
「何を言っているんだか。どちらも俺に変わりはない。本物も偽物もあるものか。いいか、サーヴァントというものはすくなからず喚ばれた姿に性格が引きずられるものだ」
「でも、アンデルセンは大人でしょ。……中身は」
どちらも中身は同じ大人に寄っているのに性格の違いがあるのが気に入らないらしい。
「馬鹿なやつだな。中身の精神の違いなど……いいか? レイシフト先の俺とカルデアのこの俺は似て非なるものだ。どちらも本物だとしても、形は違う。それにしても……」
自分の知らない側面を見て不機嫌になる姿は微笑ましい。彼女は大人の俺の彼方が本性で、それを今まで隠していたのではないかと考えているのだ。隠していることが気に食わなくて、俺を避けた。
相手のことは何でも知りたい、知らないことがあるのは嫌だ。ーー子どものような独占欲。
『俺のことが全て知りたい』という告白に他ならなかった。これまた随分熱烈なことだ。
慎ましやかに見えて、彼女も存外に欲張りじゃないか。
「お前は本当に俺のことが好きだな」
「……うん」
ここで取り繕ったり、否定をしないから彼女は厄介だ。だが、俺の言葉を肯定して擦り寄ってくるのは、そう悪い気分ではない。
すぐ隣の彼女の頭を撫でながら、俺も随分と惑わされたものだと思う。
「アンデルセンのこと、やっと分かってきたつもりだったのに……レイシフト先のアンデルセンが全く知らない人みたいで何かショックだった」
「全てを知ったつもりになるのは早いぞ、立香」
正直に告白すれば、俺はあの大人の姿で召喚されなくて良かったと思っている。世の中の体裁や常識に今の姿の自分よりはとらわれているだろう青年の体裁を保った自分では……彼女の隣を選ぶのは難しかっただろう。
(もっと知りたい、程度で十分だ)
全てを知ったと満足せず、俺を求めてほしい。
まだ知らないことがあると思っていれば、飽きずに済むだろう。
そう思っているあたり、俺も想像以上に誑かされたものだ。
「でも、ちゃんと知りたいんだもん」
「知りたいと言った割には、散々俺を避けたくせに」
「それは……」
「近くにいる方がよく見えることもある」
反面、近くにいては分からないこともあるのだが、まぁ俺に都合の悪いことは説明しないことにしている。
都合の悪いことを彼女に提案していないという事実も、彼女が知らない俺の側面だ。知らせるつもりは今後もない。
「ほら、知りたいんだろう? もっと近くで、暴いてみたらどうだ」
「!」
彼女はこうして肩を引き寄せて向かい合えば、目を閉じるようになった。それだけでも『俺のことを良く知っている』と言えるだろう。
だがそんなこと、彼女は全く自覚していないのだろうな。
「まったく、目を閉じていては見えるものも見えないだろうが」
「えっ」
そうして『勘違いだった』と慌てて目を開けたばかりの彼女に、唇を落とす。互いに目を開けたまま、目の前の相手がすぐに視界に入る。
「な、なんで」
目の前で目を閉じたり開いたり、赤くなってみたりこちらを恨めしそうに見つめてみたり。
彼女はいつまで俺に翻弄されていてくれるだろうか。奇襲をかけてもすぐに対策されてしまいそうだ。
「アンデルセンの馬鹿……」
「何だ今更。知らなかったのか?」
馬鹿みたいに年頃の娘に入れ込んで、愚かにも縁を繋ぎ止めるのに必死になっている。
そんなこと、彼女には知られないくらいで都合が良い。