これと同じものをください 好きな人とお揃いの何かが欲しい。
例えばペン、マグカップ……何でもいい。
だから、こっそりとダ・ヴィンチちゃんに相談したのだ。『誰にもバレないように』と念を押して。
それが完成したと知らせを受けて、急いで受け取りに行った。受け取った後は決して誰にも見られないように部屋に戻ってきて、急いで部屋の鍵をかける。
ミッションコンプリート。
「はぁ〜、良かった!」
「何だ、自分の部屋に戻ってくるにしては珍妙な動きじゃないか、マスター」
「…………」
自分の後ろから聞こえる声はまさしく、わたしの受け取った品を一番見られたくない人だった。
「楽しそうだな。良いネタの気配がする」
「アンデルセン、来てたの?」
「あぁ、暇つぶしにな。……何だ、用がなくても来いと言ったり、来たら来たで今度は何で来たのかと尋ねてみたり、情緒不安定なのか?」
確かに、彼には用事がなくてもいつでも来てねと言った。けれど、彼は何度言ってもこの部屋には来なかったのに。
それが、こんな狙ったように都合の悪いタイミングでここにくるのだ……!
「仕事を終えたばかりで、全て脱ぎ捨てて散歩でもしようかと思っていたんだがな。気が向いたからここに来たんだ」
「あ! じゃあ、食堂でコーヒーでももらってくるね」
「飲み物はもう準備している」
逃走失敗。
テーブルの上にはコーヒーが置かれている。
「それにだ、マスター。俺は飲み物なんかよりも……お前が後ろ手に持っている箱の方に興味がある」
「これは! 別に何でもなくて、」
「何でもないなら俺にも見せられるだろう?」
「……ダメ」
「見せたくない、と言われるとどんなに下らないものでも貴重品のように見える」
起き上がって靴を履き始める彼を見て思う。
これは、すぐに逃げないと捕まる!
部屋の鍵を開けて逃げようとした瞬間、小さな手が扉を押さえているのが目に入る。
戦闘能力は低いだなんて、嘘をついてるんじゃないだろうか。
「どこへ行くんだ? 帰ってきたばかりだろう。ゆっくりしていけ」
そうして部屋の鍵をかけ直してしまう。
「……ゆっくりしていけって、ここわたしの部屋でしょ」
「ああ、そうだな。お前の部屋なんだ、俺のことなど気にせず羽を伸ばせばいい」
彼はとうとう扉にもたれかかって寄りかかって道を塞ぎ始める。わたしを逃さずに箱の中身を確かめる気だ。
「そんな面白いものじゃないってば……」
変なものではないけれど、知られるのは恥ずかしい。
「お前が隠し立てするような内容に興味がある。どれ、見せてみろ。何が飛び出てきても他の奴らには内密にしておいてやろう」
「絶対ダメ! 諦めて」
彼にさえ知られなければいい箱の中身なのに、無茶なことを言う。
じりじりとわたしの方に迫ってくる彼から遠ざかるために、こちらもそろそろと後退する。
「あっ……!」
でも抵抗したところで、サーヴァントの身体能力には敵わない。一気に距離を詰められて、あっさり箱を奪われてしまう。
「まぁこのサイズの箱に入るものなど、相場が決まっているだろうが……何だつまらん。やっぱり眼鏡か」
「っ……!」
細長い長方形の箱。一般の眼鏡ケースよりも趣向を凝らしたデザインで、一見して眼鏡ケースとは分からない。中を見られなければ、ごまかせると思ったのに。
「マスター、視力が落ちたのか? あれだけ海原や原っぱにもレイシフトして遠くを見る機会も多いだろうが…………これは」
箱の中身を取り出して、眼鏡のツルを適当に摘み上げながら眼鏡を覗き込んでいた彼が動きを止めた。
眼鏡を凝視しながら顔を赤くする彼の顔を見て察する。『気がつかれてしまった』と。
ーー箱の中には黒縁の、彼がかけているのと全く同じ色とデザインの眼鏡が入っていた。それは視力矯正など全く必要ないわたしの、伊達眼鏡だ。
さらにダメ押し情報。ダ・ヴィンチちゃんが残したメモが見えている。
『これを使ってペアルック写真が撮りたいのなら、いつでも声をかけてくれたまえ!』
気まずい。
普段おしゃべりな人の沈黙は、いたたまれない。
「……返してくれる?」
「お前、これは一体何だ」
眼鏡だよ、見れば分かるでしょ。
そう言いたいけれど、彼が求めている答えはもちろんそんなものじゃない。
ちらりと彼の様子を見る。
……わたしの眼鏡を目の前にして恥ずかしそうにはしているものの、引いている様子はない。
こっそりと作ってもらったのに、バレてしまうなんて。でもこうなってしまっては、話さないわけにはいかない。うまくごまかそうとしたって、彼には分かってしまうだろうから。
「あの、怒らないでね……お揃いのものが欲しかったの。眼鏡じゃなくても良かったんだけど」
新しくお揃いの小物や雑貨を揃えても良かった。だけど、本人にバレずに持ちたいとなると、すでに彼が持っているものと同じものを手に入れるのが早い。だからダ・ヴィンチちゃんに協力してもらったのだ。
「そうか……その程度、どうと言うこともないが」
彼は目線をあちこちにやっている。
『お揃いが欲しい』なんて、告白したのも同然だ。こっそり好きな人と同じものが持ちたいだけだったのに、こんなことになるなんて。
「どう考えてもお前にはこの眼鏡は似合わないだろう」
「!」
彼にしては遠回しなこれは、お揃いを持ちたくないということだろうか。
「いいか、お前にはもっと細いフチの眼鏡が合う」
「……ん?」
「黒も悪くはないがもっと……」
彼が語り出した『私に似合う眼鏡とは』の談義は妙に細かい。眼鏡フェチなんだろうか。
「どうせ持つのならもっと似合うものを身につけろ。自分に似合うものが分からないのか? その眼鏡はこのまま俺が返却してもっと似合うものに変えさせる」
「ええっ!」
全然分かってない。わたしに似合うものじゃなくてお揃いが良かったのだ。
「……大体、揃いの小物が欲しいなら眼鏡じゃなくともペンだとかハンカチだとか、都合の良いアイデムがいくらでもあるだろうが」
彼はどちらかと言えば人と馴れ合うのを好まない。
例えば『なぜお前と同じ物を持たなければならないんだ』とか、『人の真似をして楽しいのか?』だとか。そういう否定的な意見が出ると思ったのだ。
「もしかしてお揃いにしたのは、嫌じゃないの……?」
「ふん、お前が俺と同じ物を持とうが、別に構わない。好きにすればいい」
それからへの字に口を結んで、そっぽを向く。
告白をしたわけじゃない。
ましてや返事をもらったわけじゃない。
同じ物を持っても構わないと、そう言われただけだ。
……けれど、それはまるで気を許されたみたいだ。
「じゃあ、ペンとか作ったら貰ってくれるの? わたしと同じのでもいい?」
「別に書ければ何でもいい。……と言いたいところだがそれは俺の商売道具だ。書き心地がよく、長く使っても疲れないような物なら貰っても構わない」
「! じゃあ、いいペンを作ってもらう!」
「お前に任せておいて俺の希望通りのものが完成するのか? 作成依頼の前に俺の理想を聞いておけ」
こうして彼はわたしに眼鏡を、私はペンを送って交換することになったのだった。
ーー彼とお揃いのペンで手紙を書いたなら、叶うと思っていなかった恋も叶うかもしれない。
ペンと一緒に綴った手紙を渡したら、彼は受け取ってくれるだろうか。