海の音 流行には敏感だ。流れに乗っておけば原稿がボツになりづらい。つまり実際に俺が好んでいるか、好んでいないかは関係ない。世の中の多数の者が好むであろうものの内容を確かめる作業だ。
「そのゲーム、面白い?」
他の用事のついでに聞いたような口ぶり。随分前から何か言いたげにこちらを見ていたのは気がついていた。
この娯楽商品は俺の趣味ではないが世間の口コミが高いのはよく分かる。しかし、この昆虫採集というやつは早朝からプレイしないと図鑑を埋めることもできない。夜遅くまで原稿に苦しめられている人間に向けたものではないな!まったく、サーヴァントとはいえ睡眠をそんなにも削れば思考能力も低下するというものだ。コンプリートまでどれほどの睡眠が犠牲になるか分からない。
「……ふーん」
聞いておいて気のない返事。何となく聞いてみただけで興味はないですよ、というスタンスを必死に維持している。
徹夜する作家にはどうあっても不向きなものだが、マスターにはちょうど良いかもしれない。世の中の流れを知れば役立つこともあるだろう。そんなに気になるのなら貸してやらないこともない。普段であれば俺が流行のチェックのために集めたゲームを貸してくれとうるさいのだから、今回だってそうすればいい。
「別にいい。わたし、虫に興味ないもん」
臍を曲げる原因は、このゲームにはない。虫だけではなく魚も釣れる、家具を作ってもいい、あるいは花を育てて……そんな選択肢を増やしても機嫌が戻らないと知っている。
ーーところでこのゲームだが、海岸で貝殻が拾えるんだ。
「貝殻も興味ない!」
相変わらず話を聞かないマスターだ。話は最後まで聞いてから判断しろ。ゲームでは貝殻を拾うのみだ。あとは金に変換されるだけ。
だが俺は長時間のプレイで目が疲れてきた。景色の良い田舎にレイシフトでもして、身体を休めたい。
ーーそうだな、海がいい。金にもならない貝殻がたくさん落ちているようなところだ。俺に有給休暇を寄越す気があるなら、一番良い海の音が聴ける貝殻を探してやる。それを踏まえて本題に入るが……貝殻に興味はないのか?
「興味ある! 今すぐレイシフトしよう!」
しばらくはゲーム機に触れられなさそうだ。わがままなマスターの要望に応えるためにゲーム機の電源を落とす。
目的地は青い海と白い砂浜、目的はよくある貝殻。目の前に降って湧いた有給休暇。たまには流行から逃れてゆっくりするのも、悪くはない。