深層心理、ぬいぐるみ「よくできてるよね、コレ」
丸い筒型の小型マスコット。もちだのぬいだの俺には知らぬことだが最近のマスターのお気に入りの玩具だ。
「毎日よく飽きないな。ぬいぐるみと戯れるなんてメルヘンっぽい行動を見せつけるとは…もう俺はその手のものには懲りていると言っただろう」
「だってこれ、アンデルセンにそっくりでしょ。可愛いし」
可愛いはやめろ。
目の前にある綿の塊は、どうも俺をモデルに作られているらしい。……小さな手の中に収まって、心なしかニヤけた顔でこちらを挑発しているように見える表情のつくり。
そんなものに可愛いだの、果ては礼装にくくりつけて持ち歩きたいなどと言っているらしい。どうかしている。
おい、ぬいぐるみの頬をつつくな。
溜息の一つもつきたい、そんな空間から抜け出して執筆に没頭したのはつい数時間前の話だった。
部屋をノックする。
「マスター、いないのか?」
中を覗けばもぬけの殻。あれでもマスターという忙しい身分だ、出かけていることもしょっちゅうある。よくこうやって部屋のロックもかけずに出歩くものだから、使わない合鍵に錆でもつきそうだ。勝手知ったる部屋へと入って、勝手に持ってきた本をテーブルへ置く。
「あれは…出しっぱなしにしているのか」
たくさんの小さなぬいぐるみがテーブルの上に並んでいる。
「種類が増えているな」
前までここにあったのは俺に似せた青色。それからマスターに似せたオレンジ色。あとは他にもいくつかうるさい女達を模したものがあったはずだ。
今日増えたのはこのカルデアにもいる男の英霊のそれ。ーーいや、それが複数増えたからどうということもないのだ。例えばテーブルの上のオレンジ色がやたらと新しい玩具に囲まれていたとしても。
しかし。ぬいぐるみの並びはまるでこのカルデアでサーヴァント達にちょっかいをかけられているマスターのような状況だ。棚の上に綺麗に整列されていたものが、ままごとの後のように放置されている。
まぁ他人の部屋なのだからどこに何を置こうと勝手だ。だがこの部屋に入り浸る者として、多少住み心地の良い環境を整えることを許可されている。
「整理整頓のできないやつめ」
あいつによく似たオレンジ色と、どこにでもいるありふれた青色を掴んで運ぶ。そのままテーブルの端の方に寄せるようにして配置しておく。
能天気な面をしたオレンジ色のぬいぐるみの頭を人差し指の腹でさらりと撫でながら観察してみれば……たかがぬいぐるみだがよくできている。
まるで花でも飛ばしそうな、にこやかでいかにも害のなさそうな雰囲気は、やっぱりあいつによく似ているのだ。
そんな風にぬいぐるみを撫でながら、ふと気配を感じて目をやれば隣の青色の目つきが鋭くなった気がするものだから、俺も耄碌しているらしい。
「……馬鹿馬鹿しい。物に魂が宿るなんぞ、英霊だけで十分だろう」
オレンジ色と青色だけを棚に戻して整頓する。
「男の嫉妬なんて、どこの世間も見苦しいものばかりだ」
ただのぬいぐるみ。それなのにどうして、並ぶ二つが幸せそうに見えるのか。青の隣にオレンジを配置してしまうのは一体何の呪いだ。
「ーー締切に追われて頭が沸いているのか? 俺は」
自室に戻ってさっさと寝てしまおうと部屋を後にする。こんな開けっ放しの部屋では、小物の配置を動かした犯人など分からないだろう。
ドアを開けて部屋を出ようとした瞬間に後ろから物音が聞こえたような気がしたことも、どうも何かが動く気配がしたことも、沸きっぱなしの頭を冷やさないことには判断できない。
ぬいぐるみはぬいぐるみ同士でよろしくやってくれ。…できるのならマスターにちやほやなどされずに。そんな風に考える頭の中を追い出しながら、執筆作業に向けて頭の中身をすり替えて、今度こそ部屋のドアを閉じた。