またのご来店をお待ちしています「お二人用ならあちらのサイズがおすすめですよ」
店内のベッドに二人並んで天井を見上げていたら店員が話しかけてきた。二人揃って間抜け面を晒している。
「い、いえ! 一人用を探しているので!」
慌てて彼女が言い放つ。店員とどうにかやり取りを終わらせ、また売り場に二人きりになる頃……俺達の間には微妙な空気が流れていた。
彼女がそろりと寝転んでいたベッドから離れる。
「わたし達、一緒に暮らしてるって思われたのかな?」
妙な空気を無理やり飛ばすように、明るく彼女が言った。
「は、ベッドサイズがデカい方が売上が上がるからだろう。ノルマ制の職場は戦場だ」
「たしかにおひとり様でもシングルよりセミダブルの方が広々使える、とは言われたけど」
実際のところ売上とは関係なく、展示のシングルベッドに並んで転がっていたらまぁ、多少は関係性を疑われるだろう。ただ買い物に付き合わされている俺としては全くの誤解だとしか言いようがない。
「大きいサイズのベッドにしようかな」
「よせ、どうせ大した広さもない部屋だ。持て余すだけだぞ」
「広々してていいでしょ」
「店員の思う壺だ。ノルマ制の糧になりたいのか?」
「――アンデルセンがわたしの部屋に泊まりに来られるようになる」
「……は」
あぁ、こんな時に限って思い出してしまうのだ。
終電に間に合わない、締切が近い、来客用の布団がない……この部屋のベッドでは狭くて二人で並べないから。
何度も言い訳で塗り固めて彼女の部屋から帰る道すがら、後ろ髪をひかれながら体裁など放り出してしまおうかと思ったものだ。首の皮一枚で繋がった理性でどうにか体裁を保っているに過ぎない。
「馬鹿め、それでは終電に間に合わない」
「でも始発には乗れる」
「それに締切も――」
「終電で帰ってもどうせ書かないで寝るでしょ!」
逃げ道を順当に塞がれる。長い付き合いだ、彼女は当然俺が帰る理由がベッドのサイズなんて関係ないことは気がついている。ダブルだろうがキングだろうがもちろん帰るに決まっている。
分かっていて、外堀を埋めているのだ。
「お前は厄介な女だよ、まったく」
外堀を埋められては仕方ない、そんな流れを望んでいる。いったいいつからこんなにも厄介者になったのか。
「だってこうでもしないとアンデルセンは帰っちゃうでしょ」
……少しばかり、自分が原因である気がしないでもない。
「この後遊びに来るよね? この前チャーハン作ってくれるって言ってたし」
確かに言った。だがそんなのは終電で帰る確約があってのこと。明日の朝日を拝むつもりであの部屋を訪ねられるわけもない。
「楽しみにするほどのものでもない。どうせお前の方がまともなものを作れるだろうが」
「……じゃあ、来ないの?」
――その表情は、反則じゃないか。
体裁も明日の予定も投げ捨て、唆されてしまいそうになる。まぁもちろん、それもここが家具の展示場でなければの話。こんな所を勝負所に選ぶ彼女はまだまだ詰めが甘いのだ。
「また今度。そのうちな」
「……またそうやってはぐらかす」
あからさまに拗ねた彼女が俺の心の機微に気がつくまではまだ、誤魔化せると思っている。それもいつまでもつやら怪しいものだが。
「それはそうとベッドはまた今度にしておけ。どうせ買うならもっと長持ちしそうなものを選んだ方がいい」
「うーん……」
考え込む彼女の横で自分もまた思考に沈む。
さて、新しいベッドを買われてしまう前に言い出すべきだろうか。
どうせすぐベッドを買い直すことになるのだから今一人用を買う必要はない。
サイズは二人用で、長持ちするものがいい。
――買い物は日を改めて、適当なサイズの指輪を選んだ後にでも。