俗に言う、「いい雰囲気」だったのだ。
寒波が身に染みる時期に入り、室内を暖かくした上で毛布を肩に掛けて、ソファに腰掛けていい酒を飲んで、ふんわりとした雰囲気の中でかち合った視線が、特有の甘ったるさを含んでいたとき。
ああ、キスしたいんだな、と自然と理解出来て、コルテスはバレルを見る目を細めた。
手の甲でバレルの頬を撫ぜると、バレルの視線が一瞬手に向けられ、そしてすぐにコルテスの目に戻される。
拒絶の姿勢を見せなかったバレルに確信して、顎に指を置いて顔を上げさせ、顔を近付けた。
柔らかい唇が重なり、キスは受け入れられた。ウィスキーの苦くも甘い独特の香りを感じながら何度か表面だけを緩く重ねて、擦り合わせて、そこから食むように唇を動かし顔を揺らしていく。
「ん……ふっ」
「は……っ」
リップ音をわざとらしく大きく鳴らしながら、蓄えられた大きな髭の擽ったさを感じつつ、隠れるように潜む唇を暴いて、角度を変えて何度も重ねては離れる。
ただ表面を触れるだけのそれから徐々に深く味わうように変わり、舌の先端同士が触れ、歯列の間を滑り込ませて激しさを増していく。
バレルの頭をソファの背もたれに押し付け、バレルの腕がコルテスの肩に回り、身体が密着して体温を共有する。
優位に立つのはいつだってコルテスの方だった。それが当たり前だと思っていた。良くしてやって、満足させつつ自分も同じくらい良い思いをする。
そうして自らの所有物だと提唱するバレルを、ずっと手中に留めておくために、特に色事に関しては優位でありたかった。
のだが。
「ん……んっ」
ぐるりと一周させるように舌を絡ませ、呼吸をしようと一旦唇を離した途端、バレルが隙間を埋めるように唇で塞いできた。と同時に、コルテスの長い舌の裏に自らの舌を滑り込ませ、浮かせた先端を歯で緩く食まれて外に引きずり出され、唇で咥えられ、ちゅる、と吸われる。
思いがけないバレルの行動に思考が遅れを取り、とっさに動けなかった。
水音の弾ける音とともに舌が離され、しかし間髪を容れずに今度は舌を上顎に擦り付けられ、その異様な感触にぞわりと背筋が粟立って頭の奥が痺れる。
一言目に思うのは、思ってた以上にキスが上手い。
二言目に思うのは、今、完全に主導権を奪われた。
自分が翻弄するつもりだったというのに、むしろ翻弄され始めている。
まずい、と反射的に舌を引っ込ませようとした、が、勘付かれたようで逃さないというように舌を追いかけて捕らえられ、再びバレルの肉厚な舌で絡めとられていた。
舌の上をなぞり、どちらのものかももうわからない唾液がコルテスの喉の奥を伝うのを感じて、咽る前に音を立ててごくりと飲み込んだ。
「ん、っぐ……」
最後に一度、駄目押しをするかのように唇を重ね、そして軽いリップ音と共に離れた。
ぺろりと唇を舐めながら、少し上気した頬を見せつつもとくに何も表情を崩していないバレルと対象的に、コルテスはただぽかんと口を緩く開いて忙しなく瞬きをする。
そんな状態が意外らしかったバレルは、訝しげに首を傾けた。
「コルテス?」
「……あ、いや……すげぇな……って」
「?」
バレルの舌に完全に飲まれたことも、頭がぼんやりとしてしまったことも、すべて酒のせいでいつもの調子が出なかったせいなのだということにして、コルテスは乾きかけの唇を一度舐めた。