アネモネに似た赤い花アネモネに似た赤い花
かつての地球の自然環境を再現したアナクトガーデンで見られる唯一の花。
花冠にしたり、とびきり綺麗な一輪を見つけて、特別大事な人に捧げることがチャイルドの間で流行していた。
ティルも例外ではなく赤い花を集めた。摘まれた花は幾日たっても萎れることがなく、ティルはゆっくりと時間をかけて花を集め、柔らかな花弁を傷つけないように丁寧に花冠を編んでいく。
同室のイヴァンは手伝いをするでもなく、ティルが編む姿をただ眺めていた。出来上がった花冠を捧げる相手は誰なのかと探りながら。
ある日の自由時間は女子部との合同プログラムがあった。それを知ったティルは寮棟へ駆け戻り、花冠を持って帰って来た。その様にイヴァンは胸の奥がずしと重くなる心地を覚えた。
アネモネの花言葉は『真実の愛』
ならば、このアネモネもどきの花言葉はさしずめ『偽りの愛』であろうか。
偽りの愛を育む花冠ならくれてやればいいのだ。イヴァンの思考はそうは思えなかった。ティルが心を込めて花冠を編んだことは真実であり、その行為の原動力はまさしく愛に他ならず、偽りを冠する花であっても愛のこもった贈り物に違いは無い。
ティルの愛が他に注がれるのだと結論に至った瞬間、イヴァンは衝動的に花冠を奪った。そして花冠を踏み潰した。めしゃりと無機質な破壊音と共に花冠はひしゃげた。ティルは一瞬のことに何が起きたのかわからずぽかんとしていたが徐々に事態を飲み込み激高した。
泣き声に近い叫びをあげてティルはイヴァンに掴みかかり、その頬を殴った。よろと体勢を崩しながらイヴァンはティルの肩を掴み、殴り返す。双方勢い余ってもつれるように地面に転がるも、殴り合いは止まらない。周囲のチャイルドたちが怯えて騒ぎ出し監督システムへの通報も行われた。
最初に殴られた頬が孕んだ熱がじわじわと痛みに変わる。不思議と痛みで体が竦むことは無かった。イヴァンは体格の差を活かしてティルに馬乗りになりその頬を、庇う為に翳された腕を、手を殴る。全身に熱と痛みが駆け巡り、なんともいえない高揚にイヴァンから笑みがこぼれる。ずっとこうしていたいと思った矢先に警備システムが駆けつけイヴァンとティルは取り押さえられた。