がくてんオメガバース(仮)ヒート前のオメガはぼんやりしていることが多いとよく言われている。
それは、完璧主義である現代の天使とて、同じなようで…
「ん…てん…」
遠くで誰かが呼んでいる。
誰だろう?よくわからないや。
「天!聞いてる?」
がしっ、と天の細い肩を掴んで軽く揺する大きな手に我に返る。
「わっ!あ、ごめ…」
天を呼んでいたのは龍之介。
これから楽が合流して歌番組でTRIGGERが新曲を披露する予定だ。
楽屋に一番に到着していたのに衣装どころかメイクまでしていないありのままの天の姿に何度名前を呼んでもぼんやりしたまま返事がなくて。
「天らしくないな。ぼーっとしてる。体調悪い?」
「ううん。大丈夫……」
ごめんね、と力なく笑う天に龍之介はまさか、と思った。
そして、天の前に膝をついて視線を合わせて、天の額に大きな掌を付ける。
熱ははい。
と、なるとアレしかない。
「もしかして、ヒート近い?」
龍之介の問いに細い肩がぴくり、と揺れる。
ベータの龍之介は天のヒートには全く反応しない。いわば龍之介の傍は今の天にとっては安全な場所なのだ。
「……うん…」
素直に天が頷くと、龍之介はくしゃり、と天の髪を撫でる。
「わかった。天はここ居て、俺が帰ってくるまで楽屋から出ないで。」
「龍…?」
立ち上がった龍之介を見上げる。
「姉鷺さんにリスケ依頼してくる。いくら番がいてもこんな状態の天を外に出してなにかあったら楽に申し訳が立たないよ。それに天、すごい汗だ。辛いはずだよ?」
天の額には汗が滲み、心なしか息が荒い。
「楽がいないときは俺が天のボディガードを任されてるんだから。中には番がいても関係なく当てられるアルファだっているから余計にだよ。今日は帰ろう。ね?大丈夫だから」
責任感が強い天に罪悪感を持たせないように、と穏やかに笑う。
まずは天の身の安全が最優先だ。
確かに番がいてもヒートに当てられて理性が保てないアルファがいることは天も聞いたことあった。
もし身近にいたとしても、被害に遭っていないのはきっと龍之介と…今はここにいない楽が守ってくれているからだ、と思う。
「ん…ありがとう、龍」
だからこそ、天は今日は抵抗しないで龍之介の提案を呑むことにした。
もし、強行で出演したとしたとして万一のことがあったら迷惑をかけてしまうから。
「俺が戻るまで誰が来ても開けちゃだめだよ」
そうしっかり天に言い聞かせて慌ただしく楽屋をでた龍之介が、カツカツとハイヒールの音とともに戻ってきたのは数分後。
「天!大丈夫?!」
「姉鷺さん…」
龍之介の背後から天の前に飛び込んで来たのはTRIGGERの頼もしい相棒であるマネージャーの姉鷺だった。
熱を帯びた天の手を握り、膝を付いて天に視線を合わせる。
「龍から聞いて慌てちゃったわ。ごめんなさいね。次のヒートの予定日聞いてたのに私ったら…」
そう言って姉鷺は額に滲んだ天の汗をそっとハンカチで拭った。
「今日の仕事はリスケしたわ。そして明日から大事を取って1週間オフにしたわ。楽も今日の仕事終わり次第あんたに合わせてオフにしたから。もし何かあっても延長できるようにスケジュール調整もできるから安心してちょうだい」
「すみません…」
天が謝罪を口にすると、
「謝ることないわ。それ以上に今まで頑張ってきてくれたんですもの。ワタシからのご褒美よ。あ、でも落ち着いたらまたバリバリよろしくね♡」
ふふ、と笑みを浮かべる。
「…はい」
その笑顔に天は安堵してようやく笑みを零した。
「番になってから始めてのヒートでしょ?色々気をつけてね。」
「気をつける…?」
「番になる前のときより色々激しいって聞いてるわよ♡あの子理性ちゃんと持つのかしら…天のこと、壊さないか心配だわ。」
「あ、姉鷺さん!」
姉鷺の言葉に天は頬を染める。
そう。
TRIGGERのリーダーでありアルファの中でも最強クラスのカリスマを持つ八乙女楽が選んだのは
同じグループのセンターでありオメガである天だった。
互いを「運命の番」と受け入れて天は楽に自分の項を差し出し、楽はそこに一生消えない所有印を刻んだ。
それから数カ月。
じくり、と天の項にくっきり残る番の証が疼くたび、天の身体に熱が帯びる。
それが紆余曲折あってようやく番となって初めて来たのヒートのサイン。
身体がパートナーを求めている証拠だ。
姉鷺はパン、と手を叩き。
「そうと決まったら、龍は楽が合流したらこのまま収録よ。天の抜けたフォローお願いね。あんた達なら心配ないわ」
「はい」
「天のナイト役はワタシが代わるわ。責任持ってあんた達の家に送るわ。もちろん玄関までね。」
「…ありがとうございます」
姉鷺の頼もしい言葉に龍之介が頭を下げる。
「龍、ありがとう。よろしくね。また連絡する」
「あぁ。」
龍之介が頷くのを見て、天はゆったり微笑み
「さぁ、行くわよ」
天の荷物を持った姉鷺が天を守るように肩を抱き楽屋をあとにした。