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    翠蘭(創作の方)

    @05141997_shion
    一次創作/企画/TRPG自陣&探索者のぽいぴく
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    翠蘭(創作の方)

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    以前課題として提出したものに、加筆修正を加えた短編

    金魚 人間の血液は赤い。成分の一つである赤血球の中にヘモグロビンが含まれていて、酸素と結びつくと鮮やかな赤に染まる。二酸化炭素と結びつくと赤黒くなる。人間以外の生物では赤くないものもいる。たこや貝などはヘモシアニンが含まれているから、酸素が結び付くと血液は青く変化するし、中には緑色の血液を持つ生き物もいるという。

     昔、我が家には金魚がいた。赤い金魚だ。小さい頃に縁日で貰って来たらしい。らしいというのは、私が当時のことを全く覚えていないからである。ただ、あの金魚は縁日で貰ったとのだという事実だけが残っている。がらがついているわけでも、コブがあるわけでもない。その子はどこにでもいる普通の金魚だった。
     金魚は日に日に大きくなっていった。一匹しかいない水槽を、自由に絶え間なく泳ぐ。その姿はまるで、体を巡る血液のように思えた。その小さな体にも流れているだろう血液。金魚の赤は金色を帯びていて、人間の血液には似ても似つかない色だったけれど、水面に日が当たり、それが下まで届いたとき、体はキラキラと輝いていて、美しかった。あの体の心臓はどのくらいの大きさで、どの程度の速さで動いて、血を流していたのだろうか。今になって考えてしまう。平べったいあの黒い目は、こちらをどのように見ていたのだろう。餌を食べるためにその丸い口を水中ではくはくと動かす姿は、今思い出しても少し笑ってしまう。
     ある時、金魚が一匹増えた。古株とは大きさが違った。あの子を飼い初めてから六年近く経っていたのだ。毎日のように餌を食べ続けていたのだから、縁日で売られているものよりも大きくなっているのも当たり前だった。一匹では持て余していた水槽を、二匹で優雅に泳ぐようになった。ちょうどいい大きさだと思った。
     それからまた数年が経って、新しく金魚を受け入れた時、その金魚の小ささに不安を覚えた。この大きさでは食べられてしまうのではないか? 金魚は雑食だ。金魚でなくとも、魚は自らより小さな個体を食べてしまう。それが卵から生まれた稚魚であっても。
     幸いにもそのようなことはなく、安堵した。水槽は、お世辞にも広いものだと言えなくなってしまった。
     同じ年の夏に、しばらく家を空けた。私の家では毎年、夏に親戚の家に行く。その時はどうしても、金魚を室内に置いて行くのだった。
     その年は例年に比べて暑かった。それでも金魚は毎年無事に生き延びているから、今年も問題ないだろうと、そう思っていた。

     親戚の家から帰ると、金魚は死んでいた。水槽の水は白く濁っていて、すぐに中を確認することはできなかったけれど、一匹も生きていないことは明らかだった。古株も新参も、一匹残らず水面に浮かんでいたからだ。死んでから何日も経過していたのだろう、金魚たちはふやけていた。綺麗な赤色は見る影もなく、白くなっていた。その体には食い散らかされた跡があった。先に死んだ個体をついばんでいたのだろう。金魚は雑食だから。共食いをしたところで、結局水温に勝つことはできなかった。共食いの痕跡だけを残して、ぷかぷかと浮かんでいる。室内には熱い空気と、生臭い臭いだけが漂っていた。

     帰宅したのが夜だったため、翌朝になってから死骸を庭に埋めた。
     庭を掘り返しながら、死ぬのはあっけないと思った。十年間大事に育てても、飼い始めて幾何いくばくっていなくても、数日目を離した隙に死んでしまった。どんな人間にも死は平等に訪れる、とはその通りだった。
     土の中にその体を入れて、「金魚は水の中でしか生きられないから」と思って水をかけた。古株に土を被せながら、やはりお前は大きかったのだなぁなんて思った。先に埋めた金魚よりも幅があって、ふっくらとしていて。少し広くて大きい穴を掘って正解だった。
     相手は魚で、こちらとの意志疎通はできなかったけれど、この金魚が光を浴びながら泳ぐ姿が好きだった。土の中に横たわり、白くふやけて、齧られた痕の残る体ではなく、赤い体を金に光らせながら、悠々と泳ぐ姿が好きだった。だから、土に埋まる直前まで、水に浸っていてほしかった。
     もう戻らない姿に思いを馳せ、土を穴に埋め戻す。
     暑い日だった。蝉が煩く鳴いていて、陽射しが照り返していた。墓石や墓標のような目印は一切なく、暫くすれば場所もわからなくなるだろうと、埋めた個所を眺めながら考えていた。

     そういえば昔、画用紙に大きく金魚の姿を書いたことがあった。水槽の中で、その金を帯びた赤は十年間生きていた。今は、暗く冷たい土の中で眠っている。
    「ドロシー」
     君の血の色は結局わからなかったな、ドロシー。そんなことを考えるのは可笑おかしいだろうか。
     君は普通の金魚だったけれど、とても綺麗だったよ。こんな終わり方になってしまったけれど、最期まで幸せだっただろうか。
     立ち上がった足元に、ぽたりと雫が落ちた。
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