幸せな夢を断つ話 四 特に何事もなく翌日を向かえた未だったが、昨日見たあれがなんなのか、気になって考え続けていた。そのため若干寝不足気味である。授業にも身が入らなかった。休めばよかったものを、と思うかもしれないが、依宵との約束を反故にしたくはないと、半ば無理矢理登校していた。
(先輩が知ったら、今すぐ帰れって言われる、だろうな)
現在は頭痛もなく、寝不足以外には異常が無いため、心配ないと自己判断していた。
それに、彼女との昼食の為だけに無理をしているわけではない。
昨日の頭痛は、夕焼けに起因していた。そして頭痛に苛まれながら、未は月待依宵の幻影を見た。思い出せない記憶が依宵に関係しているのは明白だろう。彼女に会って話をすれば思い出せることがあるのではないか、未はそう思っていた。
昼休み。終業の鐘と同時に、足音が聞こえる。
「迎えに来たよ~!」
「……月待先輩」
思わず顔をしかめる。
「廊下は走らないで下さい。大声で、呼ばないで下さい。迷惑です」
「ごめんごめん」
「先輩も、澪みたいな、こと、を、……?」
どうして、ここで妹を思い出したんだろう。
「妹さんも、こんな感じだったの?」
「いや」
少なくとも、小中学校は給食だから、こんな風に未の教室まで来たことはない。それでも、澪がはしゃいで未の教室に向かっている記憶を、鮮明に思い出していた。
……そもそも、依宵がこのように駆けてきたことはあっただろうか。
(これは、一体)
「大丈夫?」
こちらを覗き込む依宵と目が合う。
「具合悪いの?」
「いや、考え事をして、て。大丈夫です、行きましょう」
「そう? 無理しないでね」
依宵は、そのまま廊下を歩いていってしまった。これも珍しいことだ。普段なら即刻保健室行きではなかっただろうか。後ろを歩く。鮮やかな赤いリボンが、深い緑の髪が、黒いセーラー服が、彼女の歩みに合わせて揺れている。
その後ろ姿に、なにかを見た。
悲しそうな声、風にたなびく制服のスカート、夕焼けに溶ける髪飾り、包帯とガーゼが、赤く染まっている。
あぁ、苦しい。
「どうしたの」
依宵が駆け寄ってくる。廊下を走っては行けないと、先程伝えたばかりなのに。
「っは、う、あ」
また立っていられなくなって膝を着いていたのかと、未はそこで気がついた。頭が痛い。呼吸が乱れている。声が上手く出せない。
「大丈夫 しっかりして!」
焦ったように覗き込んでくる、未を心配する依宵の目。その目が、諦めに染まっていた光景を、知っている。
「ねぇ、未! しっかり……」
「ねぇ未」
あの日の依宵の声が、重なる。
「あ」
急激に頭が冴える。視界がクリアになった。自分が置かれている状況も、彼女のことも、ここが何なのかも、はっきりわかる。いや、思い出した。
思い出してしまった。
「……そう、か」
「ひ、未?」
「そうか、僕は、もう、」
理解っていたのだと。
目の前の彼女を見ながら思い出していた。
あの日のこと。あの日、燃えるような夕暮れの中で彼女と交わした、約束のこと。
「月待先輩」
こちらを見る深い緑の目。目の前で目を閉じた夏宵のことを思い出す。
あぁ、やはり、夏宵は彼女にそっくりだ。
「僕は、貴女のことを」
──弔わなければいけない。