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    つよし

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    ラギレオ ドムサブユニバース

    #ラギレオ
    laguerreio.

    この世は支配する側と、される側の二つに分けられる。第二の性、ドムとサブ。人を支配したいと思う者、されたいと思う者。その欲求には決して抗えないとされている。


    ───────────────────────────────


    「よっと」


    寮長室のクローゼットの扉から溢れ出た洋服を手に取って、次々とハンガーに通していく。軽く叩いてシワを伸ばしてからラックにかける動きを繰り返していると、山の終わりが見えてきて達成感から「ふぅ」と腰に手を当てた。


    「も〜!先週片付けたばっかなのに、なんでこんなぐちゃぐちゃになってんスか?」


    愚痴をこぼしながらも底で洋服の山に押し潰されていたシワまみれのシャツに手を伸ばす。すると、指先にチッと鋭い痛みが走って反射的に手を引いた。指先を見る。小さな直線が走って、そこからわずかに血が滲んでいる。
    傷んで木がささくれ立ってでもいるのかと中を覗き込む。そこにあったのは、木の隙間に深々と挟まった真っ白な封筒だった。


    「なんだろ」


    破らないように慎重に引き抜いて、封筒の表裏を確認する。上等な紙質のそれには、もう何ヶ月も前になる消印と宛名だけが書かれていた。宛名は勿論の事、この部屋の主であるレオナ・キングスカラーだ。


    「あの人こういうの、すぐ捨てたり失くしたりするんスよね」


    こういった手紙や書類の管理も雑に一任されている身として、封筒内に二つ折りにされた紙をそっと抜き出して中身を確認する。そして、そこに書かれていた『ダイナミクス診断結果』の文字に目を丸くした。

    「え?」

    『レオナ・キングスカラー sub』『検査の結果、貴方はsubだと診断されました』
    たった数行の文字列を、何度も何度も繰り返し目で追う。封筒の中にはその紙の他に、一冊のパンフレットが入っていた。
    『sub性との上手な付き合いかた』
    そんなタイトルが名付けられたパンフレットの表紙には、首輪を着けた女性が朗らかな顔でパートナーと思しき男性と寄り添うイラストが描かれていた。





    「─このように、思春期の家庭環境や精神状態などが起因してドム、もしくはサブ性が産まれる事もあると言われている。先程も説明した様にドムとは…」


    教壇の前をゴージャスなファーコートを翻しながら、クルーウェルがハッキリとした口調で教材を読み上げた。


    デイヴィス・クルーウェル、見るからにして完全なドムだ。多くの生徒が「サブでなくても服従してしまいそうになる」と口を揃えて言う。


    「要するにサブってドMって事だろ」「俺まだ見た事ねぇ」「ドムだって公言するヤツはたまに居るけどさ」「サブだなんて分かっても言えねぇよな」


    背後から聞こえてくるヒソヒソ話を耳にしながら、手元にある配られた教材に目を落とす。
    subと書かれた項目欄には「尽くしたい」「かまってほしい」などと、その特性が箇条書きにされている。
    その書かれた単語一つ一つのいじらしいイメージと、あの横柄な我らが寮長があまりにも結び付かなくてオレは唇をへの字にひん曲げた。


    (まっさか…あのレオナさんが…)


    サブだとは、信じられない。
    昨今の研究で、第二性であるドムかサブか判断づけられるのは後天的な要因が大きいとされている。
    それを踏まえて考えてみる。
    あの人が自身の家柄に思うところがあって、鬱々としたものを抱えていることはマジフト大会の一件でハッキリと分かっていたし、もしもそれが影響してサブになったのだとしたら…何とも言えない気持ちになる。あのマジフト大会の、ざらついた砂が喉元に入り込んで呼吸を奪っていく中で苦し紛れに見たレオナさんのオーバーブロットした姿が、一瞬脳裏によぎった。


    (あーあ、見なけりゃ良かった)


    意図せずに近しい人間のプライベートな部分を覗いてしまった。あの薄紙一枚を見てから、そんな居心地の悪さに悶々とした気持ちになっている。


    (でも、オレには関係ねぇし)


    あの人がサブだからと言って、今までと何も変わらない。誰かに言うつもりも毛頭無いし、今まで通り尽くして、それ相応の報酬を貰うだけだ。そう思っていた。確かに、そう思っていた。─あの、机の上で、粉々になったブレスレットを見るまでは。





    用立てを済ませる為にいつも通りレオナさんの寮長室に出向く。部屋の主はオレが何から何までしつらえたベッドの上で気怠げに寝転がっており、オレの突然の訪問にもなんの反応も示さない。
    リドルくんから渡しておくようにと頼まれた書類を目につきやすいようにアクセサリートレイを重しにして机の上に置いた。その時、テーブル上に置かれた、この部屋には不釣り合いなひび割れたガラス細工のストラップが目に入った。欠けたいびつな紺色の石に、麻で編んだ紐が括り付けられている安っぽい出来のストラップだ。
    それは、俺が失くしたと思っていたばあちゃんから貰った御守りだった。


    「レオナさん、これ」
    「あ?なんだそれ」


    ストラップの部分を持ち上げてレオナさんに見せると、脆くなっていたであろうヒビの入った部分からぽろりと石の破片がくずれ落ちて、軽い音を立てながら足元に転がった。


    「ああ、今朝踏んじまった…。そのガラクタ、お前のだったのか?」
    「ガラクタって」


    レオナさんは上体を起こして寝ぼけ眼でその石を確認した後、至極どうでもいいと言った様子で再び頭を枕に預けた。
    その物言いと態度に、ずくずくとこめかみが痛むような苛立ちを覚えた。
    たしかに、ばあちゃんは水晶だと言っていたがどう見てもこれはガラス玉だ。掌の上に乗せて角度を変えて見ても、破れた面がにぶく光るだけで、レオナさんが普段身につけている高価な貴金属の煌めきにはあまりにも劣っている。比べるのもおこがましいレベルの代物だ。


    「…大事なもんだったのか」
    「いや、いいっス。別に」
    「…床に落としてたお前も悪ぃだろ」
    「は?」
    「…んだよ」


    ガラにもなく聞き返す言葉に怒りが滲み出て、ベッドに身体を預けていたレオナさんがむくりと起き上がった。


    「謝れよ」


    憤りのまま吐き出した言葉が、重い空気の部屋に響く。
    言った瞬間に後悔した。あーあ、ケンカ売っちまった。こんなくだらない理由で。怒鳴られっかなぁと顔を上げると、そこにはバツが悪そうに耳を下げたレオナさんが居た。


    「………悪かったな」
    「…アンタでも、謝れるん
    スね」
    「お前が謝れっつったんだろ」
    「そうッスね」
    「なんだよ、宝石でもくれてやりゃいいのか?そこらにあるやつ好きなだけ持ってけよ」
    「そんなもんいらないっスよ」
    「ならどうすりゃいいんだよ」


    謝罪の言葉に驚いたのも束の間、人に謝り慣れていないその態度はいつもと変わらず横柄で、それが人を煽っている事に気付いていない。


    「…これ、オレのばあちゃんが作ってくれたお守りだったんスよ。レオナさんから見たらガラクタでしょうけど…」


    その先の言葉を紡ごうとしたが、これ以上口を開くと怒りが増してまた下手な言葉を吐きそうで、一呼吸置いてからツバごと言葉をごくんと飲み込んだ。


    「まぁ、失くして気づかなかったオレも悪いスね」


    自分に言い聞かせるような、沸沸とした苛立ちを抑え込むための言葉だった。これでいい。翌朝、オレから改めてレオナさんに謝ろう。「昨日は生意気言ってすみませんでした。でもレオナさんも酷いッスよ」そんなような言葉で、この件はきっと何事もなく終わるだろう。これが、処世術ってやつだ。そう決めたオレは、割れたストラップを握り締めて、そのままレオナさんの顔を見ずに静かに寮長室から出ていった。





    翌朝、わざとらしいほど明るい声を作って寮長室の扉を叩いた。挨拶をしながら部屋の中に入って窓を開けようと歩みを進めると、視界に嫌なものが入ってきて、そこで足を止めた。
    テーブルの上、レオナさんがいつも身につけている高そうな金のブレスレットが粉々になっている。まるで、力任せに叩き割ったみたいな形で。
    それを見た瞬間に、ひどく胸がざわついて、肋骨の内側にある心臓が痛く軋んだ。これは、レオナさんがオレに見せるために自分で壊したものだ、とすぐに確信した。自戒のつもりなのだろうか。こんな事をされて、オレが許すとでも思っているのだろうか。


    「レオナさん、これ…」
    「あぁ」


    レオナさんは、粉々に砕け散ってブレスレットの形を成さなくなったものを指差すオレを見て、「それでいいだろ」とでも言いたげな、にんまりとした表情を浮かべていた。
    信じられない気持ちになった。
    これがこの人の謝罪の形だとしたら、あまりにも人を馬鹿にしている。大切なものを壊してしまったから、自分の大切なものを壊すだなんて、そんな事をされて喜ぶ人間だとでも思われているのか。


    「…わざとやってんスか?」
    「…あ?」


    きょとんとした顔で聞き返される。なにが悪いのか、とんと分かっていないようだ。この人は、まるで良いことと悪いことの分別がついていない子供みたいだ。どくどくと血管が波打つような静かな怒りに突き動かされて、唇が開く。


    「かまってほしいってやつっスか?」
    「…ぁあ?」
    「あ〜、命令すりゃいいんでしたっけ」
    「なにが…」
    「しゃべんな」


    今自分が、どんな顔をしているのかは分からないが、オレを見つめるレオナさんの瞳がわずかに不安に揺らいだ気がした。


    「これって効いてるんスか?」
    「ッ…」
    「ああ、効いてるんスね」


    レオナさんの唇が、言葉をつくろうと小さく震えている。もし喋れていたとしたら、なんて言ったんだろうか。きっと、疑問の言葉だろう。「なんでお前が俺に、命令できるんだ?」そういうたぐいの。


    「レオナさん、オレってドムなんスよ」


    NRCに入学する際に、あれこれ色んな診断を受けた。その中の一つがダイナミクス診断だった。診断結果のあの白い紙に書かれたドムの文字を見て、苦い顔をしたのも覚えている。
    オレの産まれたスラムじゃ、サブは金持ちのドムにゴミみたいな扱いを受けてこき使われていた。
    オレはそれを見るたびに胸糞悪い気持ちになっていたから、ドム性が発露するとオレもこんなクソみたいな人間になるのかな、なんて考える事もあった。
    第二の性がサブってだけで、これだけ虐げられてドムに従うことを強いられるんだと思うと、サブに同情もした。
    そして、ドムに疑問を抱いたりもした。何が楽しいんだろう。支配欲と言うものだろうか?と。目下オレが欲しいものはずっと、明日生きていけるだけの食べ物や、金に代わるものだったから、人に対してそんな狂った感情や執着心を抱くことなんて、到底理解が及ばなかった。


    「ら…」
    「喋るなって、言ってるじゃないスか」


    かすかに開いた唇が、オレの名前を呼ぼうとしたのを強い語気で止めると、レオナさんは唇を擦り合わせるようにして黙り込んだ。拳が屈辱的に震えているのを見て、これが俗に言う“命令”かと感心した。サブが本能的に抗えないとされている、ドムの言葉。コマンド。


    「ねぇレオナさん」


    あの教材に書いていた、ドムの特性である「守ってあげたい」や「信頼されたい」のワードが何故かふと頭に浮かんで薄ら笑いを浮かべる、
    オレが今、この人に対して抱いている感情はそんなあたたかなものではない。紛れもなく、この人を自分の思うがままに動かしたいと言う狂ったドムの支配欲だ。


    「オレが今からどうやって人に謝ったら許してもらえるのか、レオナさんに教えてあげるんで、しっかり命令聞いてくださいね」


    そう言ったオレを見るレオナさんの表情が、あの日のグラウンドで見た姿になんとなく似ている気がして、何故だかわずかに胸が痛んだ。
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