いつか、と願う思いおいらにとって最高な母ちゃんは、母ちゃんの家族にとってはそうではなかったらしい。
交通事故で帰らぬ人となった母の葬儀でおいらの引き取り先の事で親族は揉めていた。
歓迎されない空気に居た堪れなくなっていたおいらに、救いの手を差し伸べたのは父親だと名乗る男だった。
突然、葬儀に現れた目立つ男2人はおいらの父親と伯父だと名乗った。
「俺のところに来るか?」
おいらに選択肢などなかった。歓迎されないくらいなら、差し出された手を取りたかった。実際、その人が本当に父親なのかなんてどうでもよかった。自分を受け入れてくれるなら、どこだってよかった。突然できた家族に戸惑いながらも、その暮らしに密かに胸を弾ませていた。
実際においらが生活するのは伯父さんの家だった。伯父、リュウガさんのマンションは一人で生活するには広いのでは?と言いたくなるほど立派なところだった。与えられた一室に運び込んだ荷物は思いの外少なくて、それをみたリュウガさんは「必要なものがあれば言いなさい」と気にかけてくれた。
さて、肝心の父親はというと、どうやら一所に留まる人ではないらしく、ふらりとリュウガさんの家に現れてはすぐ何処かへ出かけていた。
「息子がいれば落ち着くかと思ったんだがな…」
と、リュウガさんが頭を抱えているのをみたことがある。母ちゃんから聞かされていたまんまの人だな…というのが、おいらの感想だった。
『何者にも囚われない自由な人。雲のように掴みどころのない、そんなあの人が好きだったから、縛ることなんて出来なかった』
そんな父、ジュウザを好きになったのだと母ちゃんは言っていた。だから、リュウガさんには悪いが、親父はあのままでいいと思っている。たまに、元気か?と顔を見せてくれるそれだけでおいらは満足だった。
そんなことよりも、おいらの悩みは目下リュウガさんだった。初めてみた時から綺麗だとは思っていたけど、一緒に生活するようになってますます惹かれてしまっていた。自分を受け入れてくれる人、というだけじゃない。スキンシップをねだれば、全く拒否しないのだ。いい歳して甘えるなんて恥ずかしいと思っていたのに、リュウガさんにはどうしてもかまって欲しかった。仕事終わりに疲れて帰ってきたリュウガさんがソファで一休みしているのを見かければ、後ろから近寄ってハグをしたりした。
「どうした?」
と振り返るリュウガさんの水色の髪が目の前を横切る。とても綺麗なそれに目を奪われつつもおいらは抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。
「お疲れみたいだから、癒してるんだよ」
正直、男のおいらが癒しになるとは思えなかったが、それでもリュウガさんは振り払うこともしなかった。それは助かる、なんて微笑んでくれる。
もっと近づきたい、本当は正面から抱きしめたい。だけど、恥ずかしくてそれはできなかった。こんな風に、誰かに甘えたいと感じる日が来るとは思ってもいなかった。
「おいら、リュウガさんのこと好きだよ」
ポツリと漏らしてしまった言葉に、リュウガさんは驚いたように目を丸くしていた。その表情を見て、自分が何を言ったのか理解して慌てて体を離した。
驚いていたリュウガさんは、それでもすぐに柔和な笑みを浮かべた。
「俺も好きだよ、お前が甥でいてくれることが嬉しいくらいだ」
違う!そうじゃなくて……!と言いかけて口をつぐむ。きっと、この人は本気で言っているんだろうと思う。だからこそ、その言葉を否定できない。
「おいらも、嬉しい」
ただ、曖昧に笑みを返すしかできなかった。結局、それ以上は何も言えないまま、その日は終わってしまった。
それから数日経って、当然だが、おいらとリュウガさんの関係は相変わらずだった。
進展があるとすれば、おいらが積極的にリュウガさんに構うようになったことだ。今までは遠慮していたが、一度自分の気持ちを認めてしまったら止まらなかった。
リュウガさんは忙しい人だから毎日は無理だけど、少しでも時間があれば話しかけて、おいらを知ってもらおうと必死だった。もちろんリュウガさんのことも知りたくて沢山話しかけたし、隙あらば抱きついてみたりもした。最初こそ戸惑いを見せたリュウガさんだったが、次第に受け入れられたしたまに頭を撫でられたりもした。子供扱いして、と思ったが愛おしげに撫でられるとその手を払うこともできなかった。
そこに恋愛の情はなく、身内としての親愛しかないことは分かっていた。本当は下心にも気づいて欲しかったけど、身内だから許されていることを考えるともどかしかった。