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    異世界閉じ込め系のバナサ
    ほぼプロットなので話飛び飛びかもしれない
    肉体関係ありでナが多分40歳手前くらい
    お題箱でももらっていたのでやがて漫画でも似たようなシチュエーションを描く

    #バーナサ
    vernasa

    バナサみたいね「おまえ、異世界に来てみないか?」

     ベッドに寝そべりながら、頬杖をついたジンがそう言った。お馴染みのプトレマイオスの格好とは違う、たくましい青年の姿。黒い肌をした美丈夫の容貌は、なんとも蠱惑的で輝かんばかりの魅力に満ちている。同性だとしても、これだけの美男子に微笑まれては気の迷いを起こし兼ねない。
     バーティミアスは白い歯を覗かせ、にこりと笑った。

     昨晩脱ぎ捨てた服たちはどこへ行ったのだろう? 起き抜けのぼうっとした頭で、ナサニエルはベッドの中を手探りしながら、隣に寝そべるバーティミアスに一瞥をくれた。

    「でも簡単に行ける場所じゃないだろ?」

     ようやく探り当てたシャツを羽織りながら、今度は下着を探す。バーティミアスが「パンツならここだぞ」とナサニエルの下着を指先でくるくるともてあそんでいた。ため息をついて下着をぶんどると、さっさと履き直した。新しいのを履いてもよかったが、どうせすぐあとでシャワーを浴びるのだからひとまず間に合わせはこれでいい。ナサニエルは少し湿っぽいような下着の感触に眉をひそめながら、とりあえずの体裁を整えた。これで素っ裸のまま浴室に向かわずに済む。

    「で、なんだってそんな話に?」

    「地球じゃ身体が邪魔でしょうがない」

     バーティミアスは肩をすくめて答える。
     そして、低く掠れた声で「異世界だと肉体の壁なんかないからな、もっと深く交われる」とささやき、ナサニエルの腰に腕を回して引き寄せた。バーティミアスが形のいい唇でナサニエルの薄い腹をついばむようになぞり、いたずらにへそに舌を差し入れる。そのこそばゆい感触に「それやめてくれ」とナサニエルは身をよじった。

     ――異世界、か。

     そう思いながらもバーティミアスが語る言葉の意味を想像してしまい、昨晩のことも相まってぞくりと背筋が震えた。朝からなんて気分にさせてくれるんだ。ナサニエルは憎々しげに腰に巻きつく若い男を見下ろした。

     バーティミアスはそれから少しばかり異世界の話をしたが、どれも虫を誘き寄せる植物のような甘い誘い文句だった。異世界に溢れる無限の魅力たち。形や名前に縛られず、他者と自己の境界がない世界。その甘美な解放感は地球では到底得難いものだという。台詞だけ聞けばなんとも胡散臭く、怪しい勧誘だ。
     もちろん今になってまでバーティミアスを疑う気持ちはない。それらの言葉に他意はなく、純粋に異世界に招きたいという気持ちがあるのだろう。ナサニエルは少し考えた。
     プトレマイオスやキティがやってのけたことを、自分もやってみたい気持ちがまったくないと言ったら嘘になる。異世界に興味があるわけではない。むしろ異世界自体はどうでもよかった。ただバーティミアスという存在をもっと奥深くまで知りたい気持ちがなによりも強かった。自分が一番このジンを知っているのだと、そう思いたいのだ。
     だが自分にできるだろうか?
     心を身体から切り離すような芸当など、できる自信はない。ナサニエルにとっては異世界という場所はなにもかもが未知であり、未知ゆえに恐怖だ。キティが受けたような身体的ダメージへの不安もあった。自らの手を離れた場所でゆるやかに肉体が死んでいくという恐ろしさ。
     それに、異世界まで無事に辿り着けなかった場合のリスクも考えなくてはならない。プトレマイオスとキティは見事に異世界へと辿り着いたが、たまたま失敗しなかっただけの可能性だってじゅうぶんにある。なにせ前例が少なすぎる。そうでなくてももっと早い段階で、それこそ身体から離脱すらできずに終わる可能性も、ないだなんて言い切れない。そのとき、バーティミアスにどう説明したらいい? 失望させたくはない。けれどもきっとがっかりさせてしまうだろう。
     ほかにも、今新しく異世界というものを知ることによって、これまでの自分の人生観がすべて覆されてしまうのではないかというひどく後ろ向きな懸念もあった。考え方にせよ生き方にせよ、ナサニエル自身あまり柔軟な方ではない。
     バーティミアスはまるですぐ近所の公園に行くかのような調子で簡単に言ってくれるが、人間であるナサニエルにとって異世界という場所はあまりにも遠い。精神的にも肉体的にも、乗り越えなければならない壁は途方もなく高かった。

     腹に抱きついてくるバーティミアスの髪をもてあそびながら考える。それでももし、このジンともっと深く交われるなら――このジンをより深く知ることができるなら、それはたしかにたまらなく魅力的な話だ。

     「……ぼくにできると思うか?」ナサニエルはぽつりとこぼした。

    「昔のおまえには逆立ちしたってできなかったろうな。だが今のおまえならできるとおれは思ってる。体力がまだ残っているうちに来た方がいいだろう」

     バーティミアスは寝そべった姿勢のまま、なんでもない風にナサニエルを見上げた。平静を装っていても、異世界の色を湛えているその瞳の中には隠しようもない期待がちらついているのが見えた。
     ナサニエルはかぶりを振った。今までの人生、保身的な生き方が自分のよくないところだと散々思い知ったじゃないか。

    「やり方はキティに聞いてみるよ」

     前にも何度か聞いたことがあったが、今度は実践する側としてもっと詳しく聞ければよりいいだろう。しばらく会っていないから、久しぶりに会う良い口実になるかもしれない。彼女の快活なオーラに触れれば、きっと背中を押してもらえる。
     バーティミアスがぱっと上体を起こした。

    「心配ない、おれが教えてやる」

    「おまえが? でも……」

    「大丈夫だ。おれもプトレマイオスやキティからそのときの経験は聞いてるからな、詳しく話せる。わざわざキティの手を煩わせることもない。キティは娘の世話で大変なんだ」

    「いいじゃないか、たまには。ついでだし、おまえだってキティに会いたいだろ?」

     キティに娘が産まれてもうだいぶ経つ。ナサニエルは去年、キティの娘へ十歳の誕生日プレゼントを贈ったことを思い出した。
     「ガキのお守りはごめんだ」バーティミアスは渋い顔をした。さっきまでの爽やかさのかけらもない、所帯じみた表情。

    「もう十歳だ、昔より聞き分けのいい子になってるよ」

    「いい。子守りはもうおまえで懲りてる。娘の世話が落ち着いた頃に会いにいけばいい」

     乗り気ではないのはどうやら本心そうだった。これ以上問答を重ねても、快いイエスは得られそうもない。バーティミアスは再び寝転ぶと、ナサニエルの腹に顔を埋めた。再び唇が腹に押し付けられ、くすぐったい。
     キティの娘の世話が落ち着くまであと何年だ?
     ナサニエルにとってはまだまだ長い時間がかかるように感じるが、このジンにとっては瞬きをしている間の出来事に過ぎないのだろうか。そんなことを考えながら、異世界への行き方を頭の中で振り返った。


    ⭐︎


     その日はあっという間にやってきた。

    「異世界から戻ってきてしばらくは、おまえの身体も使いものにならないだろうからな」

     そう言いながら、解放する直前までバーティミアスは家中を念入りに掃除していた。異世界から戻ってきたナサニエルではバーティミアスを再度召喚することもままならず、その間に部屋は荒れ放題になるだろう、という予見だ。
     ナサニエルが異世界に行く間は、ほかの妖霊たちもすべて解放していく。ほかの妖霊たちを使役したままでは空っぽの身体に負荷がかかりすぎるからだ。
     かといって、無防備な肉体を置いて警備が一人もいないのは心許ない。代打としてしばらくは人間の召し使いをひとり雇うことになった。バーティミアスは「誰もいない方がおまえも集中できると思うが」とこちらもあまり気乗りしない様子だったが、こればかりはナサニエルも譲れなかった。異世界へ行く間のほんの数十分ほどとはいえ、帰ってきたときのことを考えれば、手伝いはいた方がいい。
     ただバーティミアスの言うことにも一理はあったため、異世界からの帰還後に呼びつけるまでは、召喚部屋のある三階には近付かないようよく言って聞かせた。

     そうして掃除を終え、召喚部屋に少し破損させたペンタクルを用意し終えると、ナサニエルはバーティミアスと向き合った。
     「向こうで待ってるぞ」バーティミアスは挑戦的な笑みを浮かべた。ふたりはしばしの別れに軽く抱き合い、額と唇を寄せ合った。

     バーティミアスを解放したあと、ナサニエルは早速出発の準備に取り掛かる。身を守るための薬草と鉄。銀でもいいだろうとは聞いていたが、成功例にはなるべく準じたい。
     一部が欠けたペンタクルの中に横向きで寝そべり、膝を抱える姿勢で目を閉じる。以前にキティから聞いたときのようにブランケットと枕を用意したため、硬い床の上とはいえ居心地はそう悪くなかった。集中できる環境のためには、ささやかだが必要な準備でもあった。
     妖霊の名を入れる部分に自身の名前を入れ、呪文を逆に唱えていく。聞いていた手順をなぞるように丁寧にやり、最後はバーティミアスの名を三度呼んだ。
     しんとした時間が過ぎていく。時計の針の音、遠くの往来から聞こえる車の音、自身の心臓が脈打つ音。なにも起こらない。
     しばらく待ってみたが状況は変わらず、五分は過ぎたような気がした。
     やはり自分には無理だったんだと、ナサニエルはどうしようもない虚しさに襲われた。こういうことはプトレマイオスやキティのようにある種の大胆さや素直さを持ち合わせた人間にしかやり遂げられない芸当だったに違いない。自分のような魔術師思想に凝り固まった人間にはあまりにも不向きだった。
     バーティミアスにどう話そうか。異世界行きが失敗したことを話したときのバーティミアスの顔を想像すると、ナサニエルそのまま床に沈んでいきそうなほどに気持ちが落ち込んだ。失望させてしまうだろうか、信頼が足りないからだと思われないだろうか。自分自身への落胆は計り知れなかった。

     時間の無駄だったと諦めかけたとき、不意にはるか上空から澄んだ鐘の音が聞こえた。

     半ばなげやりになりかけていた気分が一気に高揚し、ナサニエルは自身の身体が震えるのを感じた。目を閉じたままその音をもう一度聞こうと耳を澄ませる。
     再びクリスタルガラスを弾いたときのような美しい鐘の音が響いた。
     以前にキティから聞いていた通りであり、バーティミアスが語ってくれた事柄と一致する。異世界への〈門〉が開きかけている。
     繰り返しはるか遠くの高みから聞こえるその音を、なんとかもっと鮮明に掴みとろうと神経を研ぎ澄ます。鐘の音に意識を集中させるほどに全身から力の抜けていく感覚があった。引っ張られている。
     音を手繰ることによって、どんどんと自分の意識が上昇していく。ナサニエルは昔読んだ本に書かれていた東洋の民話を思い出した。これはまさに蜘蛛の糸を辿るカンダタのようではないか。

     おそるおそる目を開けると、うごめく世界が視界いっぱいに広がっていた。
     いつの間にか意識は肉体から切り離され、ペンタクルの中で眠る自分を見下ろしている。気付けば中年と呼ばれる年頃になった自分の姿。自分が見ている次元が歪み、本来なら見えないはずのものまで見えている。眠る自分とその階下の景色、それと同時に隣家のキッチンや反対の方角の家の中までも見えている。土の中、空気の壁、あらゆる空間が多角的に展開されているらしい。さながら四次元空間だ。
     急速に地上から引き剥がされ、視界が明滅する。激しいエネルギーのうねり。まるで嵐の中心に巻き込まれているかのようだ。飛び回っているのは石なのだろうか? 目まぐるしく移り変わる景色の中を泳ぎながら、いつの間にか四方を果てのない壁に囲まれていることに気が付いた。
     元素の壁だ! プトレマイオスやキティも今の自分と同じ体験をしたのだろうか。ここにくるまででもとても信じられないほどの情報量で、自分ひとりならば興奮と恐怖でパニックになってもおかしくはなかった。それでもふたりの先駆者のお陰でナサニエルの気持ちはずっと落ち着いていた。そしてただひたすらふたりに対する尊敬と畏怖の念を抱いた。ましてや初めてこれをやり遂げたプトレマイオスには、改めて敬服してしまう。なんという勇気と好奇心を持ち合わせた人物だったのだろう。

     〈門〉を超え、あらゆる事象がナサニエルの感覚に覆い被さってきた。うねりの中にちかちかと現れては消える光景。アンダーウッド邸、しかめ面をしたかつての師の顔、プラハの街並み、若かりし頃のキティ、ロンドン塔、ウィットウェル師匠、ウェストミンスター……。
     記憶だ。これがそうなのか。懐かしいアンダーウッド夫人の顔が一瞬現れてはすぐさまかき消えた。自分の想像と記憶を混じり合わせた夢の中のような光景が、目まぐるしく何度も何度も荒波のように入れ替わる。笑い声、なにかテープを逆再生したかのような耳障りな音。一方でうっとりするような旋律も聞こえてくる。
     あまりにも膨大な情報の洪水に、思考は霧散し、なんのためにここに来たのかわからなくなるほどだった。たしかに人間の肉体はここへは持って来られない。脳があっては処理しきれないほどのエネルギーだ。肉体は壊れてしまうに違いない。
     それでも最後、ここに来る前に地球で交わしたしばしの別れを思い出した。

    〔――バーティミアス!〕

     ナサニエルはありったけの力でバーティミアスを呼んだ。
     声を張り上げたつもりだったが、はたして声として出ていたのだろうか。バーティミアスはどこにいるんだ? 本当にここにいるのか? もしもバーティミアスが返事をしてくれなかったなら、ここに永遠に独りきりで閉じ込められてしまうのだろうか。
     ナサニエルは急に置いて行かれたようなぞっとする心細さを覚えた。何度もバーティミアスの名を呼びながら、エネルギーの波にもみくちゃにされる。背景に投影される記憶たちは水面の揺らぎのように色を変え、嫌な思い出とともに嘲笑の声が反響する。ナサニエルの不安がそのまま投影され、幼い頃のトラウマが蘇ってくる。
     バーティミアス、どこにいるんだ。返事をしてくれ! 次第に耐え難くなってきて、ナサニエルは今すぐにでも引き返してしまいたくなった。
     そのとき。

    〔無事に辿り着いたみたいだな〕

     バーティミアスの声がした。

     〔バーティミアス――ッ! どこだ?〕弾かれたように萎えた神経を再び集中させるが、激しく入れ替わる景色の中ではどこにいるのかわからない。周囲を探ろうにもバーティミアスを見つけ出せない。

    〔もう一度返事をしてくれ! バーティミアス、どこにいるんだ?〕

     迷子になった子どもが母を求めるように、がむしゃらに暴れたくる。存在しない手先でなんとか渦巻くエネルギーの濁流の中からバーティミアスを探ろうと必死になる。
     そしてすぐそばに気配を感じた。覚えのある安堵感に急速に身体の力が抜けていく。もっとも、ここでは身体などないのだが。

    〔落ち着け、大丈夫だ。キティは着いてすぐ自分の身体を作ろうとしてたぞ、おまえはできないか?〕
     
     あっという間に、目の前の世界が消えて見慣れた部屋になった。寝室だ。それまでの情報と混沌の渦から遮断され、当たり前の日常に戻ってきたかのように気分は凪いだ。突如訪れた静寂は痛いほどだ。目の前で、昨晩も抱き合った黒い肌の青年がベッドに腰掛けている。

    〔これは……?〕

    〔おれが部屋を作ったんだ、おまえたち人間はこうしてたやった方が落ち着くらしい〕

     ナサニエルはそこでようやく自分の形を意識した。今はなんの姿でもない。スライムのような、あるいはもやのように見える。これこそが自分の身体なのだろうか?
     なんとか地球上での自分の姿を模ろうとしてみるも、固形になることがそもそも難しく、水に浸してとろけた粘土の塊のようにしかならない。手足を生やすことさえ困難で、とても人型になんてなれそうにもない。
     バーティミアスがにやけた顔をしてそんなナサニエルを眺めている。

     〔もっとこっちへ来い〕とベッドから身を乗り出したバーティミアスが、ナサニエルを引き寄せた。少し力を加えられただけでばらばらになりそうな身体をなんとか整えながらも、大人しく抱き寄せられようとする。バーティミアスはそんなナサニエルに〔形を保とうとしなくたって大丈夫だ、肩の力を抜け〕と余計にくすくすと笑った。ナサニエルがここにきてから、バーティミアスの機嫌は普段よりもずっと良さそうに見えた。

     抱き寄せたナサニエルをあやすように抱え、ナサニエルが異世界の感覚に馴染むまでバーティミアスは待った。その間、ナサニエルは一生懸命に自分の手足を作ろうとするが、どうにもうまくいかない。四肢の代わりに四つの丸い突起をつけるので精一杯だ。頭が乗るはずの場所にはバランスが悪く大きなでっぱりが鎮座し、胴は不恰好に崩れていて頼りない。ようやく付けた四肢も頭も、すぐにとろりと流れてしまう。
     バーティミアスは後ろから抱きしめるようにしてナサニエルの不格好な丸い突起を握り、粘土をこねるようにナサニエルの指を作ろうとしていく。そうして誘導してもらっていると、なんだか形が整いそうな気がしてくる。ナサニエルは少しだけ自分の体の形の変え方を掴んだ。ただの半固形のパン生地のようだった塊が引き延ばされ、わずかに手のひらの形のようになる。ナサニエルは自身の体が変わる喜びを覚えた。

     ところが粘土遊びはそう長くは続かなかった。

     ナサニエルの手を握りしめていた褐色の手が、ナサニエルの手にずるりと入り込んだ。もし目があったなら、驚いてありったけに見開いていただろう。それを口火に、背後の存在がじわりと溶け出して自分の中に入ってくる。めり込んでいくといった方が正しいかもしれない。
     地球上では経験したことのない初めての感覚。あまりにも未知の感覚に、慣れ親しんだジン相手だというのに恐怖にも似た感情を覚えた。ないはずの背筋が凍りつく。

    〔ま、まて、なにをしてるんだ?〕

    〔最初に言っておいただろ? 異世界では境界なんてない。それの実践だ〕

     バーティミアスは強引なまでに事を進めた。
     この異世界においては臓器もなにもないが、例えるならば臓器の奥底からじわじわと侵食されていくような感触だった。自分の細胞のひとつひとつにバーティミアスが侵入してきている。全身の成分を余すことなく愛撫されているような、そのまま食われていっているような。原子と原子の隙間を縫うように互いの存在が深く食い込んでいく。形を保つために張り巡らされていた神経までもを解きほぐされ、ナサニエルは不恰好な姿を形作ることさえままならなくなった。形のない存在として溶け出していく心許なさを、燃えるように熱いバーティミアスの成分に絡め取られてゆく。それが快感なのか恐怖なのか判別がつかない。ただぞくぞくとたまらなく心が震えた。

    〔バーティミアス、怖い〕

    〔らしくないな。ビビってるのか? 大丈夫だ、心配ない〕

     笑い声。何度も大丈夫だと繰り返しながら、バーティミアスはお構いなしにどんどんとナサニエルの中に入り込んでくる。バーティミアスを体内に召喚したときの感覚にも似ているが、あれよりももっと深部を明け渡しているのがわかる。むずがゆく、心ごと浮いてしまいそうだ。
     そんな感覚に襲われながらも、ついにはふたつの成分はぴたりと重なり合った。ナサニエルの成分は一際大きくぶるりと震えた。

     バーティミアスと自分の境界がまったくなくなった気がした。きっと気のせいではない。実際にそうなのだろう。ふたつの色の液体がどうしようもなく混じり合っている。ひとつになったその液体を、いったい誰がもとの二色に戻せるのだろう?
     バーティミアスの心が自分の中にあるのを感じる。もはや分たれようもないほどに混じり合ってしまったことが、たまらなく心地よい。性交で得られる快感とは違うが、性交では到底得られない快感でもあった。余すところなくバーティミアスと重なっていることに対する、溺れるほどの安らぎ。永遠を知覚するとしたら、きっとこの感覚に相違ない。果てなき夢の中であり羊水の中だ。
     バーティミアスは異世界を素晴らしい場所だと言ったが、たしかにそうだろう。この感覚を味わってしまっては、地球における交わりがどれほど孤独に感じることか。肉体を邪魔だと言ったバーティミアスの言葉が今ならよくわかる。ナサニエルは初めての感覚に酔いしれた。

    〔気分はどうだ?〕

     バーティミアスの声。言葉などなくとも自分の感覚がバーティミアスへ伝わっていることはわかるが、それでもナサニエルへの馴染みの感覚に合わせてくれるために言葉を使ってくれている。その気遣いすら手に取るようにわかり、ナサニエルはたまらない愛おしさでいっぱいになった。

    〔ああ、悪くない〕

     それから少し話をした。話だったのか、相手の成分を介して伝わってきたことなのか。それはわからない。夢のような瞬間だった。その合間に、飽きず何度も互いの成分を貪り合って、絶え間なく混じり合っていく。自分たちはもともとひとつの生き物だったのではないかとすら思うほどに、今となってはあまりにも離れ難い。
     ずっとここでこうしていられたらどんなにいいだろう。全身を震わす安堵と快楽、幸福を体現した感触。バーティミアスから離れることを考えるとぞっとするほどの恐ろしさを感じた。今たったひとり自分だけで地球に戻ったら、いったいどれほどの孤独を感じてしまうだろう。バーティミアスのいない自分が、あまりにも不完全に思えてしまうかもしれない。
     そう、地球に戻ったら――

    〔バーティミアス、待ってくれ。今どれくらい経った? 戻らなくちゃ……〕

    〔まだたいして経ってない〕

    〔でも……〕

     バーティミアスの成分がナサニエルの成分をひときわ強くかき回した。今は脳などという器官も持たないが、それをかき混ぜられるように意識が霧散してしまう。大事なことを考えなくてはならないのに、どうにも考えがまとまらない。バーティミアスの成分がナサニエルの成分をついばんで、思考力を奪っていく。

    〔バーティミアス、でも、ぼく……〕

    〔ずっとここにいればいいだろ〕

     熱に浮かれた意識の中で、ただ義務感のように帰らねばならない気持ちだけがある。徐々になぜ帰らねばならないかが曖昧になってきたが、ふとペンタクルの中で死んでいく自身の肉体を想像した。バーティミアスがすぐさまそれを覆い隠したので、それはたった一瞬の想像でしかなかった。
     それでもその一瞬の想像は、強くナサニエルの成分を震わせた。絶頂感にも似た深い酩酊の中、理性を振り絞るようにして小さく尋ねる。

    〔……もし、このまま地球でぼくの肉体が死んだら、ここにいるぼくはどうなる?〕

    〔どうにもならない。今のままだ。肉体は魂がなくちゃ生きられないが、魂の存続に肉体は必ずしも必要じゃない。おれたちの存在がそれを証明してる〕

     バーティミアスは淡々と答えた。嘘じゃないだろう。そこに悪意やナサニエルを騙すようなことはひとつも混じっていない。混じり合っているために、それは透かして見るように明瞭にわかる。けれども、なにか――なにかを見落としている。
     嘘は混じっていないが真実も混じってはいない。器用にも、バーティミアスはこの状態でなお彼だけのブラックボックスを隠し持っている。この異世界はバーティミアスの城だと痛感する。ナサニエルはそれを探ろうとするが、赤子でもいなすように軽くバーティミアスに阻まれてしまう。

    〔でも……でも、ぼくは地球に帰れなくなる〕

    〔だったらなんだっていうんだ?〕

     ナサニエルがそう思い至るや否や、再び成分をかき乱された。〔いらないことを考えるな〕と叱責するように激しく渦に巻かれ、ナサニエルの思考は何度も散り散りになった。
     だったらなんだというのか。互いに離れたくない気持ちは同じで、その通りだ。
     ナサニエルはぼんやりと気付きかけていた。ほかでもないこのジンが橋を焼き落としたことに。帰らねばならない道を絶たれた。帰り道を失った。まんまと異世界に閉じ込められた。

     そのことが恐ろしくもあるはずなのに、恐ろしさを感じる思考さえも奪われている。なにを思うべきか、なにも考えられなかった。それどころか不思議なことに、なにか高揚感のようなものさえ感じる。ナサニエルの中にあるこの感覚は、バーティミアスのものなのだろうか。

    〔バーティミアス、今ほどおまえを悪魔だと感じたことはないよ〕

     バーティミアスが笑った。けたたましい笑い声。ナサニエルもつられて笑う。

    〔おおいにけっこう! おれは魂を手に入れたってわけだ!〕

     地球に残された自分の肉体が生きてるかどうかさえ、もうわからない。
     いったいいつペンタクルの中に横たわる亡骸に気付かれるのだろう。雇った召し使いは無事に遺体に気付いてくれるだろうか。はたしてそれは今日か明日か、明後日か。怪しげな実験の末に死んだ魔術師だと書き立てられるのかもしれない。
     キティに一言相談しておくべきだったな、とふとよぎったナサニエルのその考えさえ、バーティミアスにすぐさまかき消された。


    end
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     バーティミアスは白い歯を覗かせ、にこりと笑った。

     昨晩脱ぎ捨てた服たちはどこへ行ったのだろう? 起き抜けのぼうっとした頭で、ナサニエルはベッドの中を手探りしながら、隣に寝そべるバーティミアスに一瞥をくれた。

    「でも簡単に行ける場所じゃないだろ?」

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