物事にはタイミングってもんがある。そして今は最悪のタイミングだったって話さ。
「蛙の子は蛙か」
何度このいけ好かないやつに言われても、鼻で笑えた。あいつと俺は違う。俺に興味を持っていないあの男と同類と皮肉られても、痛みを無視できた。金庫の中身を見るまでは。あの動画を見るまでは。
気づけば蘇生しに来たクリプトを殴って、倒れ込んだこいつに馬乗りになって押さえつけていた。
「俺はあいつじゃねえ!!!」
治されないままの傷から血が溢れ出て、クリプトの白いコートを汚していく。ざまあみろ。唖然としていたヒヨンの顔が険しくなる。
「見苦しいぞシルバ。おまえはシンジケートの、あの男の…」
違う!
「Cállate!!!(黙れ!!!)」
こんなに叫んだのはいつぶりだ?
「どうした。図星だから気が立ってるのか?ハッ」
「…なんも知らねークセにうるせぇんだよヤブハッカー!」
「俺はおまえが思ってる以上に知っている」
なんだその得意げな顔。
「おまえはあの男のおつかいをしてまでご機嫌をとりたかったようじゃないか。それで?家族同然のシェの信頼を裏切ってまで得たものはなんだ?おまえを見てもらえるようになったのか?シルバ家のおぼっちゃま?」
視界が真っ赤になるっていうのはこういうことなのか。
俺はこいつをまた殴ろうとして、腕を振りあげて、振り降ろそうとしたさ。顔を庇おうとする仕草を見るまでは。
あの日の俺そのものだ。あの得体の知れない男に残された頬の傷を思い出して吐き気がした。俺はあいつ、じゃない! そうだよな? だって、あいつは、誰だ?
俺は、なんだ?
「…」
頬が熱い。なんか温いもんが濡らしてる。クリプトのコートには透明のシミができてる。なにがなんだか、もう、わかんねえ。
「…シルバ?」
俺、なんで怒ってたんだっけな。はは。なんか、どうでもいーな。
「俺は、シンジケートの息子じゃねえ」
「…なんとでも言えばいい。おまえもじきに正体を明か…」
「俺の…オヤジは……死んでたんだよ、キム」
クリプトが目を大きく見開いて俺を見てる。
「俺に興味がなかったのは、文字通り他人だったからさ。俺がどう生きようが何をしようが、関係ない。愛されないのは俺のせいじゃなかった。皮肉だろ? 本物は、もう、どこにも、…いねえ。どんなやつだったかも知らねえ。息子だってのに、成り代わってても気づけないねえ程度の関わりだぜ?ハハ…っ…くそっ…」
「…」
「俺のことをぐちぐち言うのはどーでもいいけど。あいつと…あの偽物とは一緒にするな。あいつは俺の父親じゃねえ。誰なのかも知らねえ」
俺は何と戦ってきたんだ?何に反発してきた?
「俺は…俺のオヤジがこの世に遺したものを、あいつの手から取り戻す。俺はシンジケートの息子じゃねえ。エドゥアルド・シルバの息子だ。そのためならスパイだってなんだってしてやるよ」
「シルバ、俺は…」
「あとで証拠をアネキから貰って来いよ。俺より信用できるだろしな。……ま、今の話も、どうせ信じてねぇだろうけど? シンジケートの息子サマとその幼馴染の言葉なんて嘘まみれだろうしな。それでいいと思うぜ?誰も信用しねえほうがいい」
「シルバ」
「殴ったのはわりい。あとでアネキに診るように言っておく。あとクリーニング代とかいるか?」
「シルバ!!」
また説教?皮肉?嫌味?今はちょっと、きちぃなあ。
「話を聞け」
立ち上がろうとした腕を引っ張られて戻された。掴まれてるとこがクソ痛え。馬鹿力かよ。
「まさか、あのオクタビオ・シルバにこんなことを言うとは夢にも思わなかったが…」
「んだよ」
「おまえが俺を助けるなら、俺もおまえを助ける」
「………は?」
「よく聞け。俺は…シンジケートを潰すためにここに来た。おまえの話が本当なら、利害が一致する。おまえは真剣なんだな?」
「……Si。今までのオクタビオ・シルバはしまいだ。遊びの時間は終わりらしいからな」
「いいだろう。今は………おまえの言葉を信じる。あとで俺のブースに来い。ある場所に案内する。そこで話そう。ゲームの施設内はあちこちにシンジケートの目も耳もある」
「…ああ」
おれは、なんだって利用してやるよ。